【ウスビ・サコ氏に聞く】日本の学校教育に感じる違和感

日本は大人が子供の未来を決めてしまっているように見える――。日本で初めてアフリカ出身者として学長となった京都精華大学のウスビ・サコ学長。西アフリカのマリ共和国で生まれ育ち、高校卒業後は中国の大学に留学して、日本へ。これまで言葉や文化の壁にぶつかりながらも、常に自らと向き合いながら歩んできたウスビ・サコ学長は、日本の教育をどのように見ているのだろうか。インタビューの1回目は、学校教育に対する違和感について語ってもらった(全3回)。

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社会のニーズに教育を合わせている
――日本の学校教育をどのように見ていますか。

一見したところ、学校の組織やシステムが整っており、子供たちはある程度、恵まれているように感じます。しかし、教育課程の内容を細かく見ていくと、学年が上がれば上がるほど、子供の個性を抑圧しているように見受けられます。

つまり、子供たちにとって負担がどんどん大きくなる学校教育なのではないかと、私には映っています。

――子供たちの負担が大きくなるとは、具体的にはどのような点で感じますか。

日本では文科省が定める学習指導要領が大きな影響力を持っており、そのために学年が上がるにつれて子供たちに求められるものが増えていきます。学習指導要領の内容は、みんなが知っていて当然だとされており、子供たちの精神的な負担はとても大きいと思います。

また、学習指導要領を意識するあまり、学校教育の中で多様性が認められておらず、全ての子供たちが似たような知識体系になっているのではないでしょうか。

「学校教育の中で多様性が認められていない」と指摘

私は以前、よく小学校を訪問していましたが、低学年の子供はとても元気で、いろいろな質問もしてくるし、好奇心が旺盛です。

ところが高学年になってくると、子供たちは総じて抑え気味になってきます。思っていることを言ったらいいのに、どこか「言っては駄目」という、目に見えないプレッシャーがのしかかっているかのようでした。

そして中学生になると、「中学生らしい質問の仕方」のようなものが透けて見えるようになります。本当は中学生だって、もっともっと自由でいいはずです。

このように、小中学校では子供たちを競争させないように、あたかも平等扱いしようとしています。しかし、高校になると大学進学や就職など、いきなり競争原理が導入されるようになっていきます。

全体を捉えてみると、日本の学校教育はどちらかというと、子供の成長に合わせるのではなく、社会のニーズに合わせてつくられているようなイメージを持っています。

大人が子供の未来を決めている
――他国ではこのようなことは感じませんでしたか。

日本とほぼ同じレベルの国(例えばOECDの国々)だと、学年が上がるごとに子供が学びの主体となり、子供自身がものを選び、リードしていくようになります。

例えば、私の子供たちが以前通っていたフレンチスクールでは、学年が上がるにつれて「あなたが思っていることを言いなさい」と、自分の意見を言わせたり、議論させたりしていました。

子供たちは、先生に言われたことをやるのではなく、自ら問題や課題に立ち向かいます。それによって子供たちの自主性が育っていくのです。

中学校から選択科目もたくさんあり、子供たちは自分で自分の学びたいことを考え、それを先生たちがフォロー、サポートするような形になります。

「もっと子供中心の学びにすべき」と提言する

一方で日本では、子供たちは先生に言われたことをせざるを得ないことが多いように見えます。それはなぜかというと、「先生はきちんと子供たちを見ているから、先生の分析が正しいであろう」と思われているからです。でも、本当にそうなのでしょうか。

私も大学の学長という立場になり、高校と関わることが増えて、感じていることがあります。日本の高校生の保護者が一番信頼しているのが、進路指導の先生の言葉です。「進路指導の先生が言ったから正しい」とか、「進路指導の先生が言ったから、こう進むべきだ」と考えている保護者が多いように見受けられます。

私がそう感じてしまうくらい、多くの場面で周りの大人が、子供の未来までをも決めてしまっているのではないでしょうか。

自分の能力を超えるチャレンジを
――子供たちの意思が見えないということなのでしょうか。

日本の子供たちは、小さいころは意思がはっきりしているのに、学年が上がるにつれて自分の意思を捨て、周りに合わせ、従うようになっているように見えます。

大きくなっても自分の意見をはっきり言う子は、「あの子は言うことを聞かない子だよね」「遠慮がない子だよね」などと、周りから良く見られないからでしょう。

そうして大人の意見に流されているから、子供たちは自分の能力を超える挑戦をしないのです。

例えば、進学先を決める際に、進路指導の先生から「ここまでがあなたの偏差値で、これ以上は無理そうだから、この学校にしましょう」と言われたら、そのままその意見に従ってしまう。

「子供たちのチャレンジをやめさせていないか?」と問い掛ける

行きたい学校があれば、チャレンジしたっていいじゃないですか。でも、学校側もなかなかそうしたチャレンジをさせません。「いや、この子には無理だろう」と、どちらかというとチャレンジを「やめさせる」方向に持っていくのです。

チャレンジして、失敗してもいいんです。そうすれば、ハングリー精神が生まれるかもしれません。その子のスイッチが、いつどこで入るかなんて分かりませんし、スイッチが入った途端、猛勉強して受かるケースだってあるわけです。

もっともっと、子供たちに挑戦をさせるべきです。そして、学校や先生は、その挑戦を後押ししてあげましょう。

(松井聡美)

【プロフィール】

ウスビ・サコ 京都精華大学学長。博士(工学)。1966年、マリ共和国生まれ。高校卒業と同時に国の奨学金を得て中国に留学。中国・北京語言大学、南京市の東南大学などに6年間滞在して建築学を実践的に学ぶ。1990年、東京で短期のホームステイを経験し、アフリカに共通するような下町の文化に驚く。91年に再来日し、同年9月から京都大学大学院で建築計画を学ぶ。同学大学院建築学専攻博士課程修了後も日本学術振興会特別研究員として京都大学に残り、2001年に京都精華大学人文学部教員に着任。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など、社会と建築の関係性をさまざまな角度から調査研究している。2013年に人文学部学部長、18年4月に同学学長に就任。日本初のアフリカ系大学長として、国内外のメディアから大きな注目を浴びている。著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)。


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