【ウスビ・サコ氏に聞く】教育とは常に変化するもの

AIに仕事を取られてしまう――。自分たちが生活をより便利に、機能的にするためにつくり上げてきたはずのAI社会に対して、人間がこんな思考に陥ってしまったのはなぜなのだろうか。2050年の未来を見据えて改革を進める、京都精華大学のウスビ・サコ学長へのインタビュー最終回では、グローバル化が進む社会でAIと共存していくために、教育はどうあるべきかを聞いた(全3回)。

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他国で起こっていることを他人事で見られなくなる
――グローバル化する社会において、どのような人が必要とされるようになっていくのでしょうか。

21世紀に入り、国境を越えて、ますますいろいろなことができるようになっています。そうすると、個人の居場所は特定の場所に限定されず、自分が活躍できる場所が「自分の居場所」になっていくでしょう。

あの国でこういうことが起こっている――。今後は、それを他人事とは見られなくなっていきます。全ての出来事は「どこかで自分の身に返ってくる」と捉えなければいけません。

例えば、どこにいても地球温暖化の問題に向き合わねばいけないように、地球規模で参画しなければいけないことも増えてくるでしょう。つまり、自分の家族や社会にだけ貢献するのではなく、地球規模で貢献する人間になっていく必要があるのです。

今後は地球規模で考えていかねばならない課題が増える

そうなると、自分一人では解決できないことも増え、他人と共にどう取り組んでいくかが重要になります。ここで言う「他人」が、必ずしも同じ文化圏の人とは限りません。だからこれまで以上に柔軟性や寛容性を持つ必要があります。

ある課題が目の前にあるときに、その課題にどう関わって、どうすれば解決策を見いだせるのかを考えられる。そして、自分で見いだせなければ、チームをつくって解決していける。今後はそのように考えられる人を育てていくべきだと思います。

――学校教育でも、もっと課題に立ち向かうような経験をさせるべきなのでしょうか。

そうですね。課題に立ち向かうための道具をちゃんと学校教育の中で手に入れないと、何かあったときに、「誰かが指示してくれないと、どうしたらいいのか分からない」という子ばかりになってしまいます。だからこそ、子供を中心とした教育にするべきなのです。

子供を中心とした教育とは、子供自身が柔軟な頭で感性を働かせ、自ら考え、組み立てていけるような教育のことです。子供たちの自由な発想を大人が抑え込むことなく、子供たちがその先へいけるように、先生や大人が支えていくようなイメージです。

AIと共存するために人文や哲学、リベラルアーツを
――AIと共存していくために、未来の教育をどのように捉えていますか。

今、「人間の仕事がAIに取られてしまう」と騒がれていますよね。でも、AI社会は本来、私たち人間が便利さや機能性、合理性を求めて開発してきたものです。それなのに、自分たちが理想としていたものができたときに、それに対して恐怖感を覚えてしまっている。

それはなぜかというと、AIを開発していく過程で、「人間とは何か」についての知識が養われず、議論を置き去りにしてしまったからです。私たちはどちらかというと、人間の外側にあるものに一生懸命で、AIと人間がどうやって共存していくのかについて、あまり深く考えてきませんでした。

AI社会では「人間とは何か」を考えていくべき

この便利になりすぎた社会で、みんなで共存しながら地球を守っていかねばならないと考えたときに、改めて人間の立ち位置や在り方を考える必要があると、私は考えています。

京都精華大学でも来年度から「2050年の世界」を見据えた2つの新学部を開設します。本学と同様、今、各国の大学では人文社会系の学問や哲学、リベラルアーツ(教養教育)を重要視していく流れになっています。

そうしたことを学びながら、日本社会の在り方を考え直す。あるいは、過去から未来の日本社会を考える。これからの時代を生きる人たちは、自分たちの選択で、社会をつくっていかなければいけないと考えています。

子供たちにもっと違う社会を見せよう
――Withコロナ時代はしばらく続きそうでしょうか。

それは当然でしょう。コロナが収まっても、またいつか別の感染症が流行する時がきます。人間社会から感染症が完全に消えることは、まずないと考えるべきです。

便利さ、機能性をつくり上げて、「もうこれで人間社会は無敵だ」と思っていたのに、目に見えない、いまだに正体が分からないウイルスが、われわれ人間を振り回している。まさに、先の見えない時代、変化の激しい時代に突入したのです。

ただ、われわれは感染症と共に生活するための方法をきっと見つけ出します。その結果、ライフスタイルも変わっていくでしょう。だからこそ、もう一度、「人間とは何か」「人間社会とは何か」に目を向けるべきで、教育もそうあるべきなのです。

――最後に、教員へのメッセージをお願いします。

日本ではずっと同じような教育がされてきましたが、教育というのは社会と一緒で、本来は常に変わっていくもののはずです。

その変化に追い付くために、教師はもっと余裕を持たなければいけません。その余裕は、必ずしも勉強に使わなくともよく、趣味に使ってもいい。教師は社会との関わりがとても大切なのに、そのための余裕をなかなか持てないのが現状です。

これから先、地球規模で考えなくてはいけない課題が増えてきます。未来の社会は、世界の若者がネットワークを築きながら考えていくべきです。だからこそ、子供たちがいろいろな世界を見られるような体制や、若者同士が交流できるようなシステムを学校教育の中につくっていかねばなりません。

若者同士が交流できるシステムが学校教育に必要だと訴える

例えば、大学であれば、海外の大学と共同プロジェクトを推進したり、日本と海外の2つの学位を取得できるダブル・ディグリー・プログラムを開発したりする。小中高においても、国内外の交流機会をたくさん増やす。そうすることによって、子供たちは多様な社会を見ることができます。

ICTやAIの発展により、今はさまざまなチャレンジが可能です。日本の先生たちは、学習指導要領をベースにしながらも、もっと自由に、柔軟にやっていいと思います。社会と連携しながら、既存の枠組みを超えた教育に、共にチャレンジしていきましょう。

(松井聡美)

【プロフィール】

ウスビ・サコ 京都精華大学学長。博士(工学)。1966年、マリ共和国生まれ。高校卒業と同時に国の奨学金を得て中国に留学。中国・北京語言大学、南京市の東南大学などに6年間滞在して建築学を実践的に学ぶ。1990年、東京で短期のホームステイを経験し、アフリカに共通するような下町の文化に驚く。91年に再来日し、同年9月から京都大学大学院で建築計画を学ぶ。同学大学院建築学専攻博士課程修了後も日本学術振興会特別研究員として京都大学に残り、2001年に京都精華大学人文学部教員に着任。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など、社会と建築の関係性をさまざまな角度から調査研究している。2013年に人文学部学部長、18年4月に同学学長に就任。日本初のアフリカ系大学長として、国内外のメディアから大きな注目を浴びている。著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)。


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