【旅する先生】世界中の学校で教壇に立つ旅

世界20カ国40校の学校を巡り、「教育実習」をしてきた平岡慎也氏。その後は教職志望の学生が海外で教育実習を受ける「Global Teacher Program(GTP)」を企画・運営し、4年間で延べ200人以上の若者を羽ばたかせてきた。海外の教育を肌で感じた平岡さんが行き着いたのは、「教育に当たり前はない」という結論。教育を志した青年が世界の学校でどんな挑戦をし、日本の学校教育をどのように捉えたのか。全3回のインタビューを通し、平岡氏が思い描く学校の未来に迫る。

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20カ国で教育実習
――平岡さんは学生時代に単身で海外に渡り、現地の学校を訪れ、「教育実習」をしてきたのですよね。

はい、大学3年生の時に1年間かけて20カ国、約40の学校を訪問し、「教育実習」をしてきました。

きっかけは、大学1年生の授業で「日本と北欧のIT教育の違いについて」というプレゼンテーションが課題に出たことです。最初は「北欧」と聞いてもイメージが湧かず、インターネットや図書館の資料を使っていろいろと調べました。ネットで検索すると、「宿題もテストもないのに、学力が世界一の国」という見出しが飛び込んできました。そんな夢のような国があるのかと、衝撃を受けました。フィンランドのことです。

しかし、よく調べてみると、「実は宿題はある」などと情報が入り乱れていました。当時は今ほどフィンランドの教育についての情報がなかったこともあり、実際はどうなんだろうと、とにかく書籍を読みあさりました。

フィンランドの教育については、学べば学ぶほど分からないことが出てきましたし、だんだんヨーロッパや発展途上国の教育にも興味を持つようになっていきました。そしてついに、「自分の目で確かめるしかない」と思い立ち、「せっかくなら休学して世界中の教育を見て回ろう」と一念発起しました。

――どうやって世界中の学校とつながりを持ったのでしょうか。

自力です。何かの制度やプログラムを使ったわけではなく、大学の先輩のつてをたどったり、現地で直接足を運んで直談判したりしました。放課後の邪魔にならない時間帯を狙って、学校のチャイムを鳴らして突撃訪問をしたこともあります。もちろん断られることもたくさんありましたし、セキュリティーが厳しくて入れないこともありました。

大学時代に世界20カ国の学校を回った平岡氏

現地では、よくバイト先だった塾の上司の言葉を思い返しました。「教育においては、他の何ができなくとも、相手の気持ちに立って考えることが一番大切だ」というものです。異国の地でも、「先生や子供のためになりたい」という思いを第一に考えるよう心掛けました。

たとえ実習生として受け入れてもらったとしても、校内には私のことを知らない先生や生徒がいます。まず怪しい人間じゃない、みんなと交流したいと思っていることを知ってもらうために、雑用的な業務もどんどんしました。

すると少しずつ「何か一生懸命な日本の大学生がいるぞ」とその存在が知れ渡るようになり、いろいろな先生から「今度、私の授業で折り紙を教えてみない」「私の地理の授業で、アジアについて話してよ」などと、依頼をもらうようになりました。

教育に当たり前はなかった
――実際に授業をやってみて、どうでしたか?

どの国も共通して、授業の導入が大切だなと痛感しました。アドリブや勢いで押し通すのには限界があり、授業設計をしっかりとして子供たちの前に立ち、彼らの意欲をいかにかき立てるか、毎回、真剣勝負でした。特に私には、言葉の壁がありましたからね。

例えば、オーストラリアでは現地の日本語教師の方に付く形で、実習させてもらいました。私が担当した授業は、「あげる」「もらう」「くれる」の3つの動詞の使い分けについてです。日本語でも説明するのはなかなか難しいですが、それを英語で生徒に伝えなければなりません。

まずこの3つの動詞をどう使い分けるのかをネットや資料で調べ、自分がしっかりと理解した上で、指導案を作りました。その時も、どんな導入をしたら子供たちを引き付けられるかを徹底的に考えました。私の場合、ネーティブの先生と比べて英語力が足りないので、「いかに言語に頼らず、分かりやすく伝えられるか」に重きを置き、寸劇を取り入れることもありました。

次に、英語力を補うためにスクリプトを作りました。それをネーティブの先生や現地の友人に添削してもらい、整えます。それを基に何度も授業の練習をして、1回の授業当たり10時間くらいは準備に充てていました。その結果、しっかり準備をしておけば、足りない英語力や経験不足をカバーできると実感できました。

大学の教職課程でも「授業準備が大切だ」とよく指導されますが、私自身はどこかで「指導案なんてなくても、アドリブでなんとかなる」と思っている節がありました。指導案や授業準備がいかに大切か、身を持って知ることができ、どんな難しい場面でも準備と練習を重ねて乗り越えようというマインドが身に付きました。

――そうやって海外の学校で多様な教育の在り方に触れることで、平岡さん自身、何か気付いたことはありましたか。

教育の当たり前を見直すきっかけになりました。昔から日本の教育を、どうやったらもっと良くできるかについて考えてきました。しかしながら、自分自身がそれを当たり前に受けてきたこともあり、無意識に「教育とはこうあるべき」と決め付けていた部分があったように思います。

教育に当たり前はないと強調する

例えば、「教室は児童生徒が掃除する」「部活動は午後6時まで」「教師は生徒より早く学校に来て生徒よりも遅く帰る」などです。これらは私を含めた多くの日本人が、学校教育の「当たり前」として捉えていて、その前提ありきで「どう良くしていくか」を考えてきたように思います。

海外に行ってみると、それぞれの国によって学校教育の在り方は千差万別でした。フィンランドの先生は午後2時くらいに退勤する日もよくあります。最初にその光景を目の当たりにした時は、「なんて早いんだ」と衝撃を受けました。

このように自分が当たり前としていたことすらも、本当は変え得るのかもしれないことに気付けました。もちろん実際に変えようとすれば、難しさもあるでしょうが、教育において「当たり前」は存在しないと気付けたおかげで視野は広がりました。

独学で脳科学を学ぶ小学校時代
――平岡さんは、そもそもどうして教育に興味を持ったのでしょうか。

中学受験がきっかけで興味を持った脳科学に原点があります。

幼稚園のころから公文に通っていて、勉強が好きで、どちらかと言えば得意な方でした。もっと学びを深めたいと思い、中学受験も自ら希望し、学習塾に通い始めました。しかしそこで出会った同世代の優秀な生徒たちに、衝撃を受けたんです。難問をスラスラ解き、私とは段違いのスピードで新しい単元を理解していく。そんな現実を目の当たりにし、初めての挫折を味わいました。

そこから一念発起して、それまで以上に学習に身を入れるようになりました。ですがなかなかうまく行かず、どうすればいいのか悩んでいた時に出会ったのが脳科学の本でした。人間の記憶のメカニズムについて解説してあり、それを踏まえた暗記法や学習法が書かれていました。これをもっと知れば、自分の学びのスピードが上がるかもしれないと思い、小学6年生から独学で脳科学を学び始めました。

――小6で脳科学ですか。

はい。人間の学習のメカニズムや学び方について独学で研究しているうちに、どんどんのめり込んで行きました。

例えば、近年の教育界でも話題を集めている「マインドマップ」も、中学生のころから活用しています。自分の考えを放射状に書き出しながら頭の中を整理し、体系化するものです。中学2年生のころに書店でマインドマップに関する書籍と出合い、「これは自分の学習にとって不可欠なものになるだろう」と手に取りました。

幼少時代から学習のメカニズムに興味があったという

それからは、授業のノートやテスト対策などでもマインドマップを活用するようになりました。実は、今日の取材用のメモにも取り入れています。今ではワードやエクセルと同じくらい、自分の生活に欠かせないツールとなっています。

脳科学やマインドマップは当初、自分自身の学習のためのものでしたが、脳の仕組みや学びの仕組みを把握すれば、より良い学習法や発想法が開発できるんじゃないかと、次第に広く考えるようになっていきました。そういった経緯で、高校3年時に進路を考える際には、自然と教育の道に進もうと思いました。

社会のルールが変わるなら、教育も
――「教育を変える」という視点を持つに至ったのには、どんなきっかけがありましたか。

このころはまだ漠然と「人の成長や学び方」に興味がある程度でした。自分の中で使命感のようなものが生まれたのは、大学進学直前に高校で受けた講演です。

北海道の民間企業でロケットを開発する植松努さんの講演で、植松さんは「これからの時代は社会のルールが大きく変わっていく。みんなの親世代までは日本の人口は増え、今までと同じことを繰り返すだけで、結果が出る時代だった。しかし君たちが社会に出る時代は人口も減り続け、今までと同じことを繰り返しても、結果が出るとは限らない」と説明し、「社会のルールが根本的に変わるからこそ、自ら学んで工夫して、前例のないチャレンジをしていくことが大切だ」と話してくれました。

高校生だった私は、「こんなこと、学校では一度も学ばなかった」と衝撃を受けたんです。そして、教育を志している立場から、社会のルールが変わるなら、教育も変わらなければならないのではないかと強く感じました。そうやって、今の社会に沿った教育をつくろうという、使命感のようなものが芽生えたのです。

(板井海奈)

【プロフィール】

平岡慎也(ひらおか・しんや) 1993年、京都生まれ。Global Teacher Program 運営代表。立命館大学情報理工学部卒。Global Shapers 京都ハブ キュレーター。2016年に㈱Miyacoに入社。学生時代はITと教育を学びながら、中高数学科の教員免許を取得。教育をゼロから見つめ直すために、「世界中の学校で先生になる旅」をテーマに1年かけて世界を一周。フィンランド、オーストラリアを中心に、世界20カ国40校を訪れ、計6カ月の教育実習を行った。現在は海外で教育実習ができる「Global Teacher Program」を運営し、計200人以上が参加。フィリピンのセブ島、フィンランド、ハワイの3拠点でプログラムを展開中。


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