【旅する先生】理想と熱意だけでは響かない

セブ島やフィンランドの学校で、教員志望の学生が教育実習をする「Global Teacher Program(GTP)」。その企画・運営を手掛ける平岡慎也さんは、20カ国の学校を巡り教壇に立った経験から、「教育が変わらないのは、誰かや何かが悪いわけではない」と語る。インタビュー最終回では、これからの学校教育を担う若手教師や教員志望者が、どんな心積もりで教育に携わるべきかを聞いた(全3回)。

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平日の昼にキノコ狩りをする教師
――世界の学校教育を見てきた平岡さんですが、日本の学校教育の特徴や課題をどう見ていますか。

先生が無理をしているからこそ、日本の教育の質や児童生徒の学力が維持されていると思います。いろいろな先生と話していても、頑張り過ぎではないかと心配になります。

フィンランドを訪れた時、現地の小学校の先生宅にホームステイをさせてもらいながら、毎日一緒に学校へ通っていました。そこで現地の教師のライフスタイルに触れられたのは、貴重な経験でした。

学校や役職にもよりますが、フィンランドの教師は日本よりも早い時間に退勤します。その先生も毎日午後2時には退勤していました。学校に「定時」という概念がないようで、授業の後に研修や会議がなければ、先生方が自由に帰っていく姿は日本ではあまり見ない光景でした。

フィンランドでは現地の教師宅にホームステイした平岡氏

ある日、いつものように午後2時になって先生と一緒に帰宅しました。すると先生から「こんな晴れた日に家にいるのはもったいないから、森へキノコ狩りに行きましょう」と声を掛けられました。

それから家の近くの森でバスケットいっぱいになるまでキノコ狩りをして、午後5時にはそのキノコを使った夕食を家族で囲みました。食後はフィンランドの多くの家庭に設置されているサウナを楽しみ、テレビを見ながら談笑し、午後10時には就寝しました。

――なんだか夢のような暮らしですね。

もちろん、午後2時に帰れるとはいえ、授業準備や課題のチェックがないわけではありません。この日も、夕食を終えた後や寝る前の時間に、先生が仕事をしている姿を見かけました。ただ日本の教師と比べると、気持ち的にも時間的にも、余裕をもって仕事をしている印象を持ちました。

その先生は夜間、学校施設で実施されている市民クラスの日本語教室に、週2回通っていました。そこで学んだ日本語をクラスの授業に取り入れていました。他にも、料理が趣味な先生は料理、アウトドアが好きな先生はアウトドアといった具合に、教師自身が余暇で楽しんだことを授業に取り入れ、子供たちに還元していました。

社会全体で教育の当たり前を見直す
――帰国後は、日本の教育関係者と話す機会が多かったそうですね。

学生だったこともあり、帰国直後は「日本の教育はどうして変わらないんだ」という焦りのような感覚を抱いていました。しかし日本の学校現場の声を聞くにつれ、「いや、そんな簡単なことじゃないんだな」と考えが変わっていきました。「これでいい」とはみんなが思っていないけど、ただ理想を語るだけでは何も変えられません。良くも悪くも強い固定概念や慣習があることに気付けたのは、良かったと感じています。

「若いのに面白い活動しているね」と私を好意的に捉えて、講演会に招いてくれる教育関係者の方もいます。一方で思いを伝えても「気持ちは分かるけど…」と返されることも少なくありません。この「けど」に触れるたびに、問題は根深いなと感じるようになりました。

でも、そうやって学校関係者の方と対話する機会が増えたおかげで、日本の学校や先生の良さに気付き、先生を助けたいという思いが一層強くなりました。

何事も少しずつしか変わりません。最初は小さな事でもいいので教育の当たり前を見つめ直せる人を増やしていって、「この時間はもう少し減らそう」「優先順位を改めて考えてみよう」などと議論を促していけるようにと思い、GTPを立ち上げました。

――教師を応援したいというのが、平岡さんの根底にあるんですね。

そうですね。この活動をしていると「日本の学校教育をよく思っていないんじゃないか」「海外の教育をとにかく取り入れたいんだろう」などと勘違いされやすいのですが、全く違います。むしろ世界の教育と比べても、日本の学校や先生は優れている面も多いと思っています。

簡単ではないからこそ、少しずつ学校を良くしたいと強調する

一方で、今の教育に課題があるのも事実です。それは現場の先生も感じていて、変えようと試行錯誤されているのも知っています。誰かや何かが悪いから変えられないのではなく、教師だけでなく保護者や地域、社会全体の人々が「当たり前を見直す」ようにならなければ、変わっていかないのではないかと思います。

例えばGTPを1回開催しても、それだけで学校の状況が改善することはありません。参加者は年々増加しており、これまで4年間で延べ200人以上が参加してくれました。卒業生みんなが教育者に将来ならなくとも、保護者や社会の一員になったとき、教育の当たり前を見直せる人になってくれれば本望です。

こうして小さな事を積み重ねながら、教育の当たり前を見直す人を増やしていくつもりです。

理想を語るだけでは変えられない
――平岡さんは若いですし、活動自体も個性的です。学校教育に関わる上で気を付けていることはありますか。

口だけ達者で、中身が伴っていないのは絶対にだめだと思って活動しています。

実は、GTPの活動がコロナ禍の影響で停滞していることもあり、現在は中高一貫校で数学の教員をしています。これまで中長期的に日本の学校の教壇に立ち続ける経験がなかったので、改めて「先生はすごい」と感じています。

私は海外を飛び回っていますし、生徒の興味関心を広げる、いわゆる授業の導入部分になり得る材料はたくさんためてきたかもしれません。ただ実際に教壇に立ってみると、導入でどんなに生徒を引き付けられたとしても、肝心の部分をうまく教えられないと、授業が成り立たないと再認識しました。

基礎がいかに大切かを思い知る毎日です。スタディサプリに登録して自分が受講生になったつもりで視聴するなど、生徒に分かりやすく伝える手法を日々研究しています。

GTPのプログラムに学校見学だけでなく授業実践を組み込んだのも、参加者に理想論だけでなく、実践を作り上げる力を付けてほしいと思ったからです。もちろん2週間で教師のスキルが身に付くわけはありませんが、悔しい思いや、もっと学びたいという意欲を得ることで、教師としての力量を高めるきっかけにしてほしいのです。仮に先生にならなくても、どんな仕事でも生きる力だと信じています。

そうした活動を指揮している私自身が「数学の教え方がイマイチだけど、飛び道具があるから」というスタンスでは、いくら理想や熱意を語っても、現場の人に響かないと思います。

自分を「逃がす」ことも必要
――コロナ禍の影響はいかがですか。

海外渡航はストップした状態ですが、プログラムの舞台である3カ国の関係者と連絡を取りながら、何とか再開できるよう進めています。

思いがけなかったのは、コロナ禍で留学に力を入れている高校や大学から、「GTPをベースにした留学プログラムを考えてほしい」と依頼があったことです。もちろん、安全を確保してタイミングを見極めながらになりますが、とある大学では単位認定プログラムにもなる方向で話が進んでいます。

民間事業者との垣根を越えた協力体制についても期待を寄せる

私たちもそうですが、このコロナ禍で時間とノウハウを持て余している民間事業者はたくさんいます。

一方でコロナ禍の学校現場が抱える課題は、質的にも量的にも教師だけで打開するのは難しい。今こそ学校と民間事業者が助け合うときだろうと思います。

例えば、ホテルを中心に活動している清掃業者は、ホテルの稼働率が悪く、仕事が減っていると聞きます。放課後に教師がしている学校の消毒作業を委託するなどして、学校をフォローしてもらえるかもしれません。

――最後に、若手教師や教員志望者に向けてメッセージをお願いします。

私自身が心掛けているのは一人で抱え込み過ぎず、上手に大人を巻き込むことです。自分のキャパシティーではどうしようもない状況に陥ったときは、修羅場をくぐり抜けてきた尊敬できる大人に積極的に相談するようにしています。それは、教育関係者でなくても構いません。経験豊富でキャリアの長いメンター的存在の人を一人見つけておけば、自分自身も安心してチャレンジできるようになります。

それから、人生を長期的に俯瞰して見ることです。実は私も、周りの先生と自分を比べて、自分に絶望してしまうことがたまにあります。もちろんその人のどこが優秀で、自分がその力を付けるにはどんな行動をするべきかと、分析して実行することも大切です。ただ、そればかりに目が行き過ぎると、精神的に追い詰められてしまいます。

そんなとき、私の場合は「まだ20代だし、あと50年以上は教育に携われる。まだまだ先は長いぞ」と見方を変えて、あえて自分を逃がしてやります。教育の仕事に従事する人は、自分自身を追い詰めやすい環境にいます。高い理想を求められ、難しい課題が山積し、責任感を求められる。先生は自身が思っている以上に、ストレスがかかる環境に置かれているのです。だからたまには、こうやってセルフケアをしながら、リフレッシュしてほしいと思います。

(板井海奈)

【プロフィール】

平岡慎也(ひらおか・しんや) 1993年、京都生まれ。Global Teacher Program 運営代表。立命館大学情報理工学部卒。Global Shapers 京都ハブ キュレーター。2016年に㈱Miyacoに入社。学生時代はITと教育を学びながら、中高数学科の教員免許を取得。教育をゼロから見つめ直すために、「世界中の学校で先生になる旅」をテーマに1年かけて世界を一周。フィンランド、オーストラリアを中心に、世界20カ国40校を訪れ、計6カ月の教育実習を行った。現在は海外で教育実習ができる「Global Teacher Program」を運営し、計200人以上が参加。フィリピンのセブ島、フィンランド、ハワイの3拠点でプログラムを展開中。


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