【山本崇雄×石黒和己】想定外の未来をつくる力を育む

大きな変革のチャンスと言われる学校教育。コロナ禍の混乱も日に日に落ち着きを取り戻しつつある一方で、渦中には見えづらかった新たな問題点や懸念点も浮き彫りになってきている。そんな中、教育新聞では9月11日、一斉休校下でいち早くオンラインでの対話型授業を実践するなど斬新な改革を次々に実現し続ける新渡戸文化中学校の山本崇雄教諭と、公立学校と二人三脚で学校改革を進めるNPO法人青春基地の石黒和己代表を招き、オンライン対談を実施した。学校現場の最前線で子供たちと向き合う両氏に、改めて理想の教育について語ってもらった。(全3回)

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教育で寛容な社会をつくる
――現在のご自身の活動内容を含め、自己紹介をお願いします。

山本崇雄教諭

山本 私は現在、新渡戸文化学園の他に週1日、横浜創英中学・高等学校に教育アドバイザーとして勤務しています。その他にもさまざまな民間企業と契約を結び、アドバイザー的な立場で教育の観点から助言をしています。兼業教師のような勤務形態を選んだのは、リアルな社会の変化を私自身が肌で感じながら必要な教育をつくっていきたいと思ったからです。

メインで勤務する新渡戸文化学園では、育てたい生徒像として、自分や周りを幸せにする「Happiness Creator(ハピネスクリエイター)」の育成を打ち出しています。そのために、自分をコントロールしながら幸せをつくっていく人材、自律した人材を育てることを目標として、3つのCからなる新しいカリキュラムを作り、授業改革を進めています。3つのCとは具体的に、SDGsなど社会課題に挑戦する学びを実践する「Challenge Based Learning」、教科を横断する「Cross Curriculum」、個別最適化のコア学習「Core Learning」のことです。

コロナ禍で、学校に限らず不寛容な社会の在り方が浮き彫りになったように思います。現場ではオンライン授業ができるかできないかで、とても混乱しましたし、社会全体を見ても、SNSでは批判や誹謗(ひぼう)中傷がますますひどくなっています。

私は教育を通して、寛容な社会をつくりたいと思っています。そのためには、まず寛容な学校をつくらなければなりません。学校の中からピリピリした空気をなくして、子供たちが安心できる場所にする必要があります。安心できる安全な場所で、今の自分を肯定できて初めて、子供たちはなりたい自分を見つけ、自律できるのではないかと考えています。

石黒 私はNPO法人青春基地の代表として、「生まれ育った環境をこえて、一人ひとりが想定外の未来をつくる」をビジョンに、公立高校で学校改革のお手伝いをしています。立ち上げたのは大学生のころでしたので、今年で6年目になります。

今、メインで活動しているのは長野県と東京都の2校です。必修授業の中で、長期的に社会と学校をつなぐ取り組みを進めています。1校当たり年間で延べ400人くらいの社会人や大学生に関わってもらい、まず生徒に「学ぶことは面白くて、楽しいよね」と気付いてもらえるカリキュラムづくりをしています。例えば、「会いたかったあの人に会いに行く」授業や、「マイプロジェクト」をはじめ、生徒自身がやってみたいことや目指していることを1~2年かけてじっくりと形にしていく授業を実践しています。

最近では、学びだけでなく学校そのものが変わっていく必要があると考え、先生たちと一緒に学びを考えるラボのようなワークも始めました。「探究総合研究所、通称TANKEN」と名付けているのですが、子供たちの創造性を育むには、まず子供に関わる大人自身が職場の安全・安心を確保することや、楽しく自然にトライできる土壌づくりが大切なのではないかという視点から、大人の組織の在り方を考えています。

自分で未来を変えられる
――お二人は今回が初対面だそうですが、お互いの取り組みについてどんな印象を持っていますか。

山本 石黒さんと私がやっていることは近いですよね。私の場合は世の中が寛容になり、みんなで支え合って、より良い社会をつくりたいと考えて教育に携わっているのですが、石黒さんは何か目指すイメージのようなものはあるのでしょうか。

石黒 「寛容」という言葉は、私もすごく響きました。私たちは「想定外の未来」という言葉を掲げていて、子供たちに対して「こうあってほしい」というものはあえて持たないようにしています。ただ、それがどんな未来なのかは分かりませんが、自分自身を信じ、自分の未来に想定外のことを起こし続けられるようになってほしいとは思います。そのためにはまず、自分の人生を楽しむことが大切だと思います。社会の不確実性や想定外な部分に不安を抱くのではなく、面白がれる力を育みたいと考えています。

もちろん、自分自身が楽しんで生きていくだけでなく、誰かと一緒に楽しみ、社会に意識を向けていくことも大切です。山本先生が先ほど、今の社会は不寛容だと指摘されましたが、私も社会全体が分断されているように思うことがあります。自分と異なる他者を非難するのではなく、違いを認め合ったり、個性として面白がれたりする人を育めれば、もっと寛容な社会が生まれるのではないでしょうか。

山本 そうですよね。子供たちには、不確実で想定外な未来だからこそ、未来は自分たちでつくれるんだということを感じてもらいたいです。「社会が変わる」ではなく、自分たちの力で「社会を変える」のです。日本財団のアンケートによると、「自分で国や社会を変えられる」と感じている若者は20%にすら達していません。つまり、子供たちが社会の当事者になりきれていない現状があるのです。

では、どうやってそうした意識を子供たちに育んでいけばいいのでしょうか。まず「自分たちで世界をつくっていく」というワクワク感を感じさせることが大事ではないかと考えます。

一方、現実には子供自身が学校で何かを選択する機会はほとんどありません。加えて家庭でも、幼少期から子供自身が遊び方や習い事を選択する機会が少ないように思います。そうした状況を改め、学校や家庭で大人が「あなたは何をしたいのか」と子供に質問を投げ掛け、子供たちが「自分はどうしたいのか」と思考を巡らせる。そうやって何かを選べる力を育んでいくことが大切だと思います。

比べても誰も幸せにならない

石黒和己代表

石黒 おっしゃる通りだと思います。想定外の未来に対応する力を育てるのではなく、想定外の未来をつくる力を育むということですよね。

ちなみに山本先生が、寛容な社会や余白の必要性について考えるようになったきっかけはあるのでしょうか。

山本 私自身は、公立の小中高で学んできました。学校というコミュニティー自体は好きだったのですが、その中に漂うピリピリした空気感はあまり好きになれませんでした。

小学2年生の時に、2カ月ほど入院したことがありました。その間、クラスメートは九九を学んでいて、覚えた段のところにシールを貼ってもらえる全員分の表が、教室に掲示してありました。退院して、自分のところにだけ何も貼られていないのを見たときに、何かとんでもない失敗をしたような気持ちになったのを覚えています。当時は、この空白期間はもう取り戻せないのではないかと感じました。

担任の先生はとても良い先生だったので、放課後、私が九九を覚えるのに付き合ってくれました。ただ1日や2日で覚えられるものではなく、「できない」と不安が募っていきました。その時に「比べるって何だろう」と強い違和感を覚えたのですが、それが今の私の教育スタイルの根底にあります。比べることでハッピーになる人なんて、いないんです。

だから東京都の教員時代、ある進学校で3年生の学年主任になった時、最初に行ったのが偏差値の表を生徒の目に触れるところから外すことと、各教科の成績の順位発表をやめてもらうことでした。生徒たちには「できないことは可能性だし、何をするにも遅過ぎることはない」と、繰り返し言い続けてきました。

石黒 「評価」や「できる、できない」に縛られている学校の姿を見て、そういった考え方に行きついたんですね。

私自身も中高時代にシュタイナー教育を受け、いわゆる評価のない場所で育ってきました。通っていた学校では漢字と英単語の小テストが最低限あっただけで、成績評価はなく、教師から文章でフィードバックをもらっていました。授業中のやり取りや提出物を見ながら、「あなたはこの辺りに探究心があると感じました」「こんなことも面白いから、よければ調べてみてね」みたいな感じです。

そのおかげで、大学に進学してからもいろいろなことに興味を持って学び続けられたように思います。例えば、教授が一方的にしゃべる講義だとしても、面白いと思えるところを見つけだし、自分で調べて興味関心を広げていました。時間の使い方や楽しみ方を自分でつくり出せていたように思います。一方で、周りには大学に入ることを目的に学んできた人が多く、大学の講義内容にだんだん興味を持たなくなっていきがちだった様子に違和感を覚えるときもありました。

今思い返すと、私が興味を持って学び続けられたのは、「評価のために学ぶ」ということをしてこなかったおかげなのかなと思います。

(企画・構成 板井海奈)

【プロフィール】

山本崇雄(やまもと・たかお) 新渡戸文化中学校統括校長補佐。都立両国高校附属中、都立武蔵高校附属中で自律型学習者を育てる「教えない授業」を実践。新しい教育の在り方を提案する「未来教育デザインConfeito」の設立にも携わる。著書に『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP)など多数。

石黒和己(いしぐろ・わこ) 1994年、愛知県生まれ。2015年、学部時代に青春基地を創設。中高時代にシュタイナー教育という教科書も試験もない自由な教育を受けたことを原点に、公教育の学校改革を通じて、未来の学校づくりに取り組んでいる。17年に慶應義塾大学総合政策学部卒業、20年に東京大学教育研究科修士号取得。


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