【ジブチ編】世界一暑い国で運動会

運動会を提案

「ジブチでも運動会をやってみませんか?」

JICA海外協力隊として派遣されていた私は、配属先の地域開発センターで、こう提案した。ジブチの子供たちに、努力を継続することやチームワーク、ルールの順守について学んでほしいと考えたからだ。また、センターの職員にも「教育」という視点をもって、アクティビティーを実施してほしかった。センター職員は教員ではないため、子供たちを育てようという意識があまり感じられない。低賃金に起因する副業の必要性や、「働く」ことへの考え方が日本人とは違うという背景もある。しかし、年間を通して学校現場の休暇が長いジブチでは、この地域開発センターでの子供たちに向けた教育的活動は不可欠である。ジブチの学校現場では、運動会や音楽会といった行事がないという現状もあり、子供たちの情操を育むためにも、市内13カ所にある全センター合同での運動会実施を提案したのだった。

しかし、日本の運動会をそのままジブチで実施することは難しい。日本では教員による入念な事前準備と、子供たちへの継続的な指導、また、幼児教育から積み重ねてきた集団行動などの素地が、運動会の実施と成功を下支えしている。一方、ジブチでは、事前の準備や継続的に練習するといった場面はあまり見られない。

日本の運動会では、本番に向けて子供たちが何度も練習を重ねていることを配属先長に説明したが、「練習は1回できればいい」とのことだった。私はその意識の違いに衝撃を受けた。ジブチ人職員としては、「とにかくみんなで楽しみたい」といった考えのようであった。

希望の光

私は同僚と打ち合わせを重ね、運動会の目的は「子供たちのチームワークを育成する」「継続して努力できる精神を養う」「仲間とともにスポーツをする喜びを味わう」の3つに決めた。実施することにした種目は50m走や袋跳び障害物競走、長縄、玉入れ、綱引きなどである。

手作りの道具で玉入れ

運動会用の用具もなく、地域開発センターに購入予算が確保されているわけでもないため、現地にあるものを活用して実施することにした。清掃用のほうきの棒に籠をくくり付けて玉入れの道具にしたり、長縄はただの細いロープで代用したりした。そしてそのロープは綱引き用にもなった(そのため、途中で切れもしたが…)。

費用がかかるものや準備が大変なものだと、私が帰国した後、この運動会は継続されない。なるべく、ジブチ人だけで準備し実施できるようなものを種目として選んだ。各地区のセンターで練習日を設けてもらい、巡回しながら支援していくことにした。なんとか全センターで一度は練習することができ、職員も子供たちも各種目のやり方を理解できたようだった。

またもう一つの懸念は、実施会場についてであった。前回の記事でも紹介したように、ジブチのごみ問題は深刻である。会場となったセンターのグラウンドには運動会当日まで、ごみばかりかガラス片が無数に落ちていた。もちろん事前にその実態を把握していたので、配属先長に掛け合ったり、センター長に一緒に「清掃活動」をしようと提案したりしていた。しかし、準備に時間をかけたり、計画的に物事を進めたりすることがないというのは、今回も同じだった。

仕方なく、運動会当日にごみ袋を持って会場に向かった私は、一つの希望の光を見た。あるセンターのジブチ人職員が、自らグラウンドの清掃を始めたのである。子供たちの安全を気に掛ける職員がいて、このとき私は大変うれしかった。

迎えた本番

運動会の本番では、開会式をリハーサルから行なった。日本では、長い期間をかけて、整列や各種目の練習を事前に行うが、ジブチではそうではない。当日に短時間で練習も含めて実施する。もちろん、クオリティーとしては劣る。しかし、ジブチ関係者の間ではそれで十分満足なのである。いくら時間をかけて準備しようとも、失敗するときは失敗するのだ。

「今」を全力で楽しむジブチの子供たち

ある意味、ジブチのやり方は効率が良いようにも思えてきた。日本のように何度も練習を重ねて、完成したものを披露することも大切だ。得られるものもある。しかし、ジブチの人たちは「本番をいかに楽しむか」を大切にしているようにも感じる。先のことを心配するよりも、「今」を楽しむのだ。今までのジブチでの経験を振り返ると、ジブチの人は「過去」を引きずる人が少ないように思う。

本番での各種目には、子供たちは目を輝かせて取り組んでいた。自分のチームの点数が加算されていくたびに、仲間同士で喜んでいた。センター職員もいつのまにか子供たちと一緒に、長縄や障害物競走に参加していた。誰もが全力で楽しんでいた。ルールの順守についても、きちんと子供たちに指導していたセンター職員もいた。

閉会式では、センター職員が歌ったり踊ったり、子供たちも笑顔で、「世界一暑い国での運動会」は幕を閉じた。日本人の計画性や忍耐力、そして、ジブチ人の「今」に全力で取り組む姿勢と即興性のある適応力が、運動会を下支えしたのであった。

私は提案当初から、ジブチ人の良さを生かしたジブチならではの新たな運動会にしたいと考えていた。また、ジブチ人職員には運動会が「教育的行事」であることを意識してもらうために、新たなネーミングを付けることにした。それが、ENDOKAI。Eはeducation(教育)のEである。もちろん、ENDOとは私の名字でもある。

私が日本に帰国して、早くも半年以上が経つが、それぞれのセンターで小規模のENDOKAIが続いているようだ。子供たちは思い思いの鉢巻きを額に付け、あのとき実施した種目を今でも楽しんでいる。

(遠藤浩之=えんどう・ひろゆき、茨城県の小学校教諭。青年海外協力隊の任期を終え、現場復帰)


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