【仁禮彩香氏】原点は小1で抱いた学校への違和感

中2で教育系の会社を起業し、高校時代に母校を買収した女子大学生――。稀有な経歴がSNSを中心に話題を呼び、各方面のメディアに取り上げられるなど一躍、時の人となったTimeLeap(タイムリープ)代表の仁禮(にれい)彩香氏。小学生のころから既存の学校教育の形に疑問を抱き、現在は子供たちが自分の才能や個性を社会で存分に生かすことを目指すオンラインスクール「TimeLeap Academy」を運営する。経歴からセンセーショナルなイメージが先行する仁禮代表だが、本インタビューではその人となりや描く理想の教育に迫る。(全3回)

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もっと皆と対話したかった小学校時代
――仁禮さんが教育に興味を抱いたのは、いつからなのでしょうか。
小1で抱いた学校への違和感が原点だと話す仁禮代表

私自身の教育観について語るとすれば、話は幼稚園時代までさかのぼります。当時、私は湘南インターナショナルスクール(SIS)という幼稚園に通っていました。その園は人との違いを大切にしていて、違う人同士が共に生きていくにはどうすればいいのか、子供自身が考えながら生活する環境でした。何よりもコミュニケーションを重視していて、先生は私たち園児と会話するときはいつでも、質問する形式をとっていました。

「こうしなきゃダメでしょ」「これが正しいよ」などと一度も言われたことがなく、「彩香はどう思うの?」「どうしてこういう問題が起きたと思う?」と、常に問い掛けられていました。だから幼少のころから、物事や相手と向き合うときは自然と主体的に考え、他人に正解を聞くよりも自分の中で答えを導き出そうとする癖がついていたように思います。

その園には当時、附属校がなかったため、小学校は地元の公立校に入学しました。

小学校に入学してみると、クラス全員が同じ方向を向いて決められた席に座り、「教科書が正解」と教え込まれました。また、問題を解く際、まだ授業で扱っていない方程式や漢字を使うと、先生から注意されました。小学校と幼稚園のあまりにも違う教育環境に、「えー、どうしてなの!」とカルチャーショックを受けたものです。

今でも鮮明に覚えているのは、英語の授業。私はすでに英語を話せたので、「みんなも英語を話せるようになれば、うれしいだろうな」と思って、クラスメートに英語で話し掛けました。すると先生に「みんな英語をまだ話せないんだよ。英語で話し掛けたら怖がってしまうから、使っちゃだめ」と言われたのです。「今は英語の授業なのに、どうして使っちゃいけないの?」と、とても混乱しました。

そんなことが1年生の間に何度も起きて、そのたびに先生に自分の思いを伝えて、何とか環境が変わらないかチャレンジを重ねました。しかし一向に状況は変わらず、次第に「この学校にあと5年も通い続けるのはしんどいな」と思うようになりました。

――小学1年生で、先生と対等に対話しようと試みていたんですね。どんな話をしましたか。

例えば、「一方的に教えられるだけじゃなく、もっと先生やクラスメートと話をする時間がほしい」と意見したときは、「学校の教育プログラムは国が決めているから変えられないんだよ」とやんわり諭されました。そんな会話が毎回繰り返されると、自分が行動してもその場所は変わらないということが、だんだん分かってきます。

そうすると、そんな場所を許容して残り続けるか、自ら離れるかのどちらかになりますよね。

――仁禮さんは、後者を選んだんですよね。

「幼稚園時代のように、自分の考えと友達の考えを交わし合える場所で学びたい」という思いが、日に日に募っていきました。でも、どこにあるだろうと探してみても、なかなかありません。そこで「だったらSISに、小学校をつくってもらえばいいんだ!」と思いつき、幼稚園の園長先生に話しに行ったんです。すると園長先生は二つ返事で了承してくださり、2年生からはSISが新たに新設した小学校に通うことになりました。

小1時代のその行動が、教育に対して抱いた疑問にアプローチする、初めての経験でした。

出張授業プログラムを企業に販売
――小学校が合わない中、そこで無理して自分を曲げたり、腐ったりすることなく、新しい場所を自分でつくろうとしたんですね。

環境にとても恵まれていました。私が小学校をつくってほしいと言って、すぐにつくってくれる校長先生がいたのも奇跡ですし、何より親に感謝しています。

母はSISの先生と同じように、幼いころから質問する形でコミュニケーションをとってくれる人です。小学校に馴染めず「学校が嫌だ」と言うと、「どこが嫌なの?」「なんで先生は、彩香に英語を話さないでと言ったんだと思う?」などと、問題の構造を一緒に考えてくれるような接し方をしてくれました。

そのお陰で、どんな環境にいても自分で考える力が腐らなかったのでしょうし、自分の声に耳を傾けてくれる大人がいてくれたことで、安心して試行錯誤できたように思います。

――中学校はどうされたんですか。

中2で起業して以来、さまざまな立場の大人と対話を重ねてきた

中学校に進むときも、教育について改めて考えました。自分が公立小学校で抱いた違和感にずっと関心がありましたし、いわゆる日本型教育がなぜあのようなスタイルなのかも疑問でした。小学校時代はその場所から離れてしまったけれど、今だったら向き合えて、問題の本質に迫れるのではないかと考え、あえて日本の私立中学校を受験しました。

入学するともちろん、当たり前のように教科書に書かれたことが正解で、試験や受験ありきの学びが始まりました。先生やクラスメートは良い人ばかりで全く不満はなかったのですが、授業がとにかく長くて、正直つまらなかったです。これを学んだ先に何があるのか、どんな世界が待っているのかにもまったく触れられず、社会や仕事をすることについてイメージを持てないまま、教科書をなぞって暗記させられていることにもどかしさを感じました。

日本の教育の課題が見えてきたのも、中学時代です。学校生活を送っている中で、先生たちの深刻な多忙感、受験ありきで構築されているカリキュラムなどに強い違和感を覚えました。

私は問題が見つかったとき、「しょうがない」とはならず、「改善したい」と試行錯誤するたちです。だからこの時も、学校の課題を改善するために、私自身が社会についてもっと知見を広げ、教育を良くすることにつながることができないかと考えました。そして、中学2年生で起業することにしたのです。

――その会社では、どんなことをされたのですか。

仕事の原体験につながるようなキャリア教育プログラムを企業と開発して、それを中高生に届けるサービスを展開しました。

最初は学校向けに販売しましたが、大した実績もない中学生の会社にはなかなか任せてもらえませんでした。また、学校教育の構造上、予算がかけられなかったり、お金が動くまでにかなりの時間がかかったりして、ほとんど利益を上げることはできませんでした。

どうしたものかと考えていたとき、私自身が通っている学校で、企業の方を招いた出張授業を受ける機会が何度かありました。「せっかく来てもらっているけど、面白くないな」と本心では思っていて、もっと生徒のニーズに合った内容で、企業もシナジー効果を得られるような方法はないのだろうかと考えるようになりました。

担当の先生にどんな仕組みで出張授業が実施されているかを聞いてみると、学校側がお金を払っているケースは少なく、どちらかと言えば企業側から声が掛かるケースが多いことを知りました。つまり、出張授業のほとんどが企業のCSRやPRの予算で実施されていたのです。

それを知って、自分のビジネスも、学校より企業向けに販路を転換するとチャンスが広がるのではないかと思いました。そこから、企業が活用できる学校教育向けのCSRパッケージをつくり、企業に売り込みました。出張授業そのものだけでなく、授業の様子を動画に収めたり、リポーティングしたりと、アウトプットの手段まで幾つものパターンを用意しました。

学校は課題を探る研究所だった
――企業向けにして、ビジネスはすんなり軌道に乗りましたか。
学校は課題を探る研究所だったと話す

最初の1社が決まれば「あそこがやっているなら、うちも」と一気に広まるのですが、そこに至るまでが大変でした。

当時、企業の社長や会長に片っ端から手紙を送りつけていました。そんな中、「面白い中学生がいる」と、社長室や会長室に招いて話を聞いてくれて、「やってみよう」とトップダウンで決めてくれる企業が幾つか出てきたのです。通常ならCSRの担当部署にアポを取るのでしょうが、実績のない私たちがアプローチしてもなかなか話は聞いてもらえません。自分たちの強みや弱みを把握した上で、アタックする先や手法を工夫しました。

――起業家として社会と関わりながら、一方で中学・高校と学校生活も送っていたんですよね。当時、仁禮さんにとって学校や教師はどんな存在でしたか。

私自身が常に「教育を良くしたい」と思っていたので、学校は教育の課題を探るための「研究所」と捉えていました。「ここが問題だ」「このやり方はおかしいぞ」など、自分で体感するための場所でした。

中高時代を通して先生方や友達には本当に恵まれて、大好きで、今でも私の活動を応援してくれる大切な存在です。特に先生方は、当時から私たち生徒のことを心から考えてくれる存在でした。だからこそ、その先生たちがいろいろな仕事に追われて、疲弊している姿には、心苦しさがありました。

私は中学生時代から、さまざまな業界の大人たちと接していました。民間企業であっても、忙しく働いている人はたくさんいます。ただ学校の先生の忙しさは、効率化する仕組みさえ作れば、軽減できる要素がかなりあるのではないかと思います。未来を生きる若者を育む機関なのに、教育に対して意欲や理想を持った先生たちが業務に追われて疲弊している姿は、とてももったいないなと感じていたのを覚えています。

(板井海奈)

【プロフィール】

仁禮彩香(にれい・あやか) 1997年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学。 中学2年生の時に㈱GLOPATHを設立。学校コンサル、研修開発、CSR支援など展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを買収し経営を開始。2016年に㈱Hand-C(現TimeLeap)を設立。同年 ハーバード・ビジネス・レビューが選ぶ未来を作るU-40経営者20人に選出。Hand-Cでは企業向け研修や、小中高生向け人材育成プログラムなど、「自らの人生を切り拓く力」を育むさまざまなプログラム開発・運営を行う。


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