【北欧の教育最前線】6歳からの「史料批判教育」

スカンジナビア諸国では史料批判教育に力を入れている。情報ソースを批判的に吟味するための教育だ。フェイクニュースが飛び交い、SNSではうわさ話が瞬く間に世界中に広がる時代になった。子供たちも、幼いうちからウィキペディアやブログ、雑誌や学術書など、さまざまな媒体に触れるようになっており、早い時期から情報の正確さを見抜き、妥当性を見極める力を身に付けることが求められている。

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北欧流史料批判とは

歴史学研究では、ドイツの歴史家レオポルト・フォン・ランケが提唱した研究方法として、史料をさまざまな側面から検討し、その正当性や妥当性を批判的に分析する手法が広く用いられてきた。歴史的事実の認定は難しく、時に偽造、時代の誤認、誤った説明や解釈、ゆがめられた評価などの問題が生じるため、史料の吟味は重要な課題とされてきた。

人気漫画バムセを用いた史料批判教材(copyright Rune Andreasson)

一方で、この伝統から独自に発展して、デンマークやノルウェー、スウェーデンでは参考資料を適切に参照・引用し、書誌情報を正確に表記すること、情報ソースを批判的に検討すること――といった作法を「史料批判」と呼んでいる。

例えば、子供たちが調べ学習をするとき、ウェブサイトや本、新聞などの情報源に当たるとする。その資料は公的機関が発行しているものなのか、あるいは特定の主張を宣伝する個人や団体が作ったものなのか、宗教や企業などの自己利益のための広報なのか。掲載されている情報の正確さを評価するためには、誰が、どのような目的でその資料を作っているのかを理解する必要がある。

また、その資料がよりどころとしている出典に偏りがないかを判断するために、出典が表記され、一次史料を適切に引用しているのかどうかを調べる必要もあるし、最新の情報が反映されているかどうかを判断するために、記事の公開日や更新日が明記されているかなどの情報を集める必要もある。

加えて、他の資料との比較によって、ある物事や出来事をさまざまな立場や側面から理解する必要がある。

高まる史料批判教育の必要性

多様な人種、宗教や出自の子供たちを抱えるスウェーデンの学校では、グループでの調べ学習の際に多様な価値観に遭遇する。コロナ禍においても、移民の子供たちが出身国の政府が発表している情報を根拠に無断欠席したり、ウイルスに関する真偽が不確かな情報が流布したりしている。このような日常的な課題意識から、学校は史料批判教育にとりわけ熱心に取り組んでいる。

学校教育庁が2018年に行った調査では、基礎学校高学年(日本の中学校に相当)と高校の、ほぼ全ての教員がネット情報の史料批判を教えていた。ネット上にはテキスト情報だけではなく、画像や音声ファイルなども掲載されていて、最近ではディープフェイク動画なども氾濫していることから、情報ソースの特性に応じた適切な扱い方を教えることは日増しに重要になっている。

6歳からの史料批判

「知識」の重要性を訴える2コマ(copyright Rune Andreasson)

学校教育庁はウェブサイトで史料批判教育の重要性を説明し、指導のポイントやチェックリストを紹介している。また、就学前学級(主に6歳児が通ういわゆる0年生)の段階から、教師がどのように史料批判を教えるか、具体的な取り組みを紹介している。

6歳といえば、アルファベットを習い始め、絵本をたどたどしく読むようなころで、史料批判はまだ早いと思われるかもしれない。しかし、史料批判教育の第一人者であるリセロット・ドレイスタム氏は「5年生になって初めて史料批判を始めるようでは、生徒は受け入れるのが難しくなります。彼らは『ググって確かめたから大丈夫だよ!』と思うでしょう。なので、最初から正しく学ぶ方がよいのです」と主張する。

子供が幼すぎて、史料批判をどう教えたらよいか分からない、という先生たちに向けて、ドレイスタム氏は次のような実践例を紹介する。まず、動物が魚の目や排せつ物、ごみなどを食べる物語を読み聞かせる。人間が食べないような、汚いものを食べる動物たちがいるという話だ。

その後、この本の著者がどうやってこれらの事実を見つけたのかを、子供たちに問う。6歳の子たちは、さまざまな回答を思い浮かべる。インターネットで調べたのではないか、図鑑を読んだのではないか、あるいは動物が食事をする場面をこっそり観察したのではないか。6歳の子供たちが情報を入手する方法をよく知っていることに驚かされる、とドレイスタム氏は言う。

「史料」というと6歳には難しい単語に思えるが、例えば動物や植物など、教室で学ぶ内容に応じていろいろな情報ソースを紹介し、それぞれの特性を学んでいけば、それほど難しいことではない。

また、幼児に大人気の漫画バムセ(Bamse)を使った史料批判の教材も販売されている。バムセ(クマ)が「だまされないようになる薬ってある?」とスカルマン(カメ)に問うと、スカルマンは「もちろん、すごいのがあるよ」と答える。リッレ・スクット(ウサギ)が「何て名前?」と尋ねると、スカルマンは得意げな表情で「知識だよ」と答える。史料批判の重要性を訴える2コマだ。

大学までつながる史料批判

プリスクールから史料批判教育を行う自治体もある。絵本やアニメの物語が事実なのか、空想なのかを問い掛けることから始めるという。

小さいうちから史料批判を学んだ子供たちは、高校に入るとレポートの書き方として、文章の引用の仕方、他の文献からアイデアを参考にした時の表記の仕方、引用文献の書誌情報の記載方法など、より具体的で体系的な作法を学ぶ。

こうした学習は、大学に入ってからの学術論文の書き方にまでつながり、長く系統的な学習の一部となっている。

(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)


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