【先生になる理由】先生になって先生を変える

先生を目指す人が減る中で、熱い思いを持って先生になったルーキーがいる。東京都東久留米市立南町小学校の小泉志信教諭は、学生時代から学校教育を考えるコミュニティーを運営するなど、未来の教育の可能性を広げる活動を続けてきた。その中で、周囲から幾度も投げ掛けられた「先生なんかになるの?」との言葉に、世間が先生を評価していない現実を突き付けられ、もどかしさを感じていたという。第1回は、小泉教諭がどんな思いを持って「先生」になろうと決めたのか、実際に現場に入ってからどんな葛藤を感じたのかなどを聞いた。(全3回)

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「教育=学校」と捉えがち
――学生と若手教員のスキルアップや視野を広げるような活動に、大学時代から取り組まれてきたそうですね。

生時代から学校教育を考えるコミュニティーを運営してきた

教職大学院1年生の時に、教員を目指している学生を対象とした団体「せんせいのたまご」を立ち上げました。

「教員を目指す学生=未来の先生」に、より広い視野を持って教育を見てほしいと思って、学校教育の内外からゲストを招いてイベントを行うなどしてきました。

例えば、文科省の若手官僚の方をお呼びして共に教育を考えたり、ウィズコロナ時代の学級づくりについて考えたりと、タイムリーなイベントも実施してきました。12月には「学びの場の可能性」を考えるオンラインイベント、「主権者教育」について考えるオンラインイベントも予定しています。

また、9月からは、教員と教育業界の若手たちの成長を、一歩先行くメンターたちがプロデュースしていくコミュニティー「Teachers Flag」も本格始動しました。

コミュニティーのメンバーになると、月に1回、教育界の第一線で活躍する実践者(メンター)と、教育界の未来を担う世代(メンティー)による1on1をライブで見ることができます。

メンターとして、例えば東京都小金井市立前原小学校の蓑手章吾教諭、かえつ有明中高等学校の田中理紗教諭などが参加してくれています。

若手の教育に対する熱い思いを消さないように、もしくはその思いをもっと大きくしていけるように、成長過程を共に楽しんでいけるようなコミュニティーに育てていきたいと思っています。

――こうした活動をしようと思ったのは、なぜですか。

世間の「先生への見方」を変えていきたい

僕自身、大学4年までは、飲み会とバイトを日々往復しているような学生で、限られた狭い世界の中で生きていました。

「教育に携わる仕事をしよう」とは思っていましたが、学校の教員になることを絶対視していたわけではなく……。教職大学院に進んだ後も、教員ではない道を目指そうかと悩んだ時期もありました。

そこから積極的に外に出るようになり、ワークショップなどに参加して、いろいろな形で教育に携わる人たちと出会いました。そうするうちに、「教育というのは学校だけじゃないんだな」ということを肌で感じるようになったんです。

自分もそうでしたが、学生は「教育=学校」と捉えがちです。教育学部で学んでいるころも、広い意味での教育を知らないということが、大きな課題だと思っていました。「教育」は「学校」だけでは完結しません。もっと大きな「教育の場」があって、そのうちの一つが「学校」であるという認識だと思うんです。

大学の中だけでは知ることができない教育の側面を知ることで、実際に教育現場に入った時、より引き出しの多い先生になれる。そう考えて、「未来の先生」と社会をつなぐ活動に取り組んできました。この活動が、自分の教育観も広げていってくれたと思っています。

「先生なんかになるの?」
――そうした活動をしていく中、自身が「先生になろう」と決めたきっかけがあったのですか。

教職大学院1年の冬に、たまたまご縁があって、社会起業家の方々と一緒にお仕事をさせていただく機会がありました。3~4カ月の間、全力で「新しい学びの場づくり」のお手伝いをさせていただいたんです。

結局、その事業はいろいろな事情があって実現しなかったのですが、その準備段階で若手官僚や起業家など、学校の外側から教育を変えようとしているすごい人たちを知ることができました。

ただ、そうした活動をしている中で、「先生なんかになるの?」と言われたことが、何度もあったんです。

僕は大学と大学院の6年間、教員養成課程に在籍していました。その間、僕の周りの「先生になろうとしている人たち」も、「現場で子供のために身を削って頑張っている人たち」も、本当に熱意のある素晴らしい人たちばかりでした。

「先生」という職業について、世間の人たちは知ったような気になっているけれども、実際にどんな人が、どんな思いを持ってやっているかは、知らないんじゃないか。僕の周りには、子供のために全力を尽くしている人たちがたくさんいたからこそ、そういった人たちに対して「先生なんか」と言われるのは、単純に嫌な気持ちになったんです。

ただ、外部の人から「先生」があまり評価されておらず、長時間労働などブラックなイメージもあって、職業的に魅力を感じられていないということが、よく分かりました。

そうであるならば、先生側にも何か問題があるのかもしれないし、変わらなくてはいけないところがあるのかもしれない。そこを知りたいし、変える必要があるならば、少しでもそのお手伝いがしたいと思いました。

また、世間の「先生への見方」が変われば、もっといろいろな人同士が手を組み、共に教育を変えていくことができるようになります。

でも、学校の外側から先生に変化を求めても、先生の中には先生の言うことしか聞かない人も多いので難しい。だったら、自分が先生になって、内側から先生にアプローチすることで、「先生への見方」を変えていきたいと思ったのです。

「居心地の良さ」と「学びやすさ」
――実際に、4月から先生になってみての率直な感想を聞かせてください。

教師1年目で1年生の担任として日々奮闘している

いや、もうシンプルに、自分の力不足を感じています。

これまでイベントの企画や運営などはそれなりにやってきましたし、団体の運営もうまくできていたかもしれません。でも、実際に1年生の担任として20数人の子供たちを目の前にして、素直に自分の力が足りなかったということを感じる日々です。

――どういう場面で、力不足を感じるのですか?

一番は、「居心地の良さ」を重視するあまり、「学びやすさ」を重視することができていなかったということです。

僕は、子供たちが「学校に行きたい」だとか、「学校って楽しい」と思えることが、一番大事だと思っていました。

もちろん、それが大事なことは間違いありません。でも、居心地が良いからといって、「学ばなくてもいい」場ではないんですよね、学校は。その境目が、僕にとってはとても難しかったです。

――そのことに気付いたきっかけは、何だったのですか?

ありがたいことに、副校長先生や指導教官、学年主任の先生をはじめ、周りの先生たちが見捨てずに粘り強く指導してくださいました。

ただ、最初は周りの先生が助言してくださっても、分かろうとしない自分がいました。「居心地が良いならいいんじゃないか?」「1年生はまだ筋力もないし、ずっと同じ姿勢を保つなんて無理なんだから仕方がない」などと、もがき、悩んでいました。

そんなある日、いつも真面目でひたむきに取り組んでいる子の周りが騒がしすぎて、その子がちょっと損をするような場面がありました。

何かに向き合おうとしている子に対して、向き合おうとしてない子たちが妨げているのを目の当たりにして、「学びたい子が学べないというのは、そもそも場の在り方として間違っているな」と気付き、周りの先生方からの助言も、スッと腹落ちした感じがありました。

特に1年生は「学びに向かう」という経験を、ほとんどしたことがありません。そういう子供たちに「学びに向かわなくていいよ」と伝えてしまうのは、偏った先入観を持たせてしまうことと同じです。

僕が「学びに向かう」場を用意して、子供たちに一度は、その経験をさせてみる必要がある。そうすることで、自分がやりたいことを掘り下げていく経験や、周りと一緒に何かを協働しながら作っていく経験を子供たちにさせられるんじゃないかと思い、日々、試行錯誤しています。

(松井聡美)

【プロフィール】

小泉志信(こいずみ・しのぶ) 東京都東久留米市立南町小学校教諭。東京学芸大学教職大学院卒。学部時代は特別支援教育を専攻し、教職大学院ではルール教育や道徳を専門に学ぶ。教職大学院在学中に未来の先生と教育を考える団体「せんせいのたまご」を立ち上げ、代表として現在まで運営。文科省の若手官僚やゼロ高等学院とコラボレーションしたイベントなどを行ってきた。今年9月からは教員と教育業界の若手たちの成長を、一歩先を行くメンターたちがプロデュースしていくプロジェクトベースのコミュニティー「Teachers Flag」も立ち上げ、自身もメンティーとして参加しながら運営している。


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