起業家精神を育てる学部をつくる理由 伊藤羊一氏に聞く

日本初の「アントレプレナーシップ学部」が来年度、武蔵野大学に新設される。学部長に就任するのは、ヤフーの企業内大学「Yahoo!アカデミア」学長で、40万部を超えるベストセラー『1分で話せ』の著者としても知られる伊藤羊一氏。起業家精神の育成を目的とした同学部は、どのような学生を想定し、どういったカリキュラムを準備しているのか――。(聞き手・教育新聞編集部長 小木曽浩介)

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土台となるのは「何かをやってやろう」
――新学部が掲げているのは「起業家の育成」ではなく「起業家精神の育成」なのですね。精神を付けたのは、なぜですか。

「マインドを育てる教育は学生からやった方がいい」と語る伊藤羊一氏

世の中、テクノロジーの進化で格段に便利になりました。しかし、私たちが「幸せ」になったかというと、そうとも言えません。なぜなら、自殺者は減っていないし、あらゆる差別や格差、分断も広がっています。これまで人間がつくってきた世界は、そろそろ限界を迎えているのです。

では、世界が幸せになるためには、どうすればいいのか。私は、これからの社会に求められているのは、高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずチャレンジでき、新たな価値をつくりだしていけるような「起業家精神」を持った人物だと考えています。そうした人が増えない限り、この国はダメになってしまうでしょう。

各国と起業率などを比較しても分かりますが、特に日本には起業家精神を持った人材が足りません。これまで私はこうしたマインドを持った次世代リーダーを育てるために、Yahoo!アカデミアやグロービス経営大学院で社会人教育に取り組んできました。しかし、よくよく考えたら、こうした教育は学生からやった方がいいのではと気付きました。実際に現役の起業家たちに話を聞くと、「学校教育でアントレプレナーシップを学んだことはない」と言います。

そんなことを考えていた時、武蔵野大学の西本照真学長に出会い、彼もまさに同じようなことを考えていたのです。

本学部の目的は、アントレプレナーシップのマインドをしっかり醸成し、そうしたマインドを持った人材を増やしていくことです。これは武蔵野大学だけでやりたいことではありません。今後はあちこちでこうした教育が増えていってほしいと願っています。

――だから学部名に「シップ(精神)」が入っているのですね。

そうです。ここは「アントレプレナー(起業家)」を養成するための学部ではなく、「アントレプレナーシップ(起業家精神)」を持った人を育てる学部なのです。

もちろん、起業するためのスキルも学ぶし、実際に会社をつくってみるような実践も、授業の中で取り組んでいきます。しかし、一番の土台となるのは「何かをやってやろう」とか「誰かのためになりたい」というマインドだと考えています。

自分の人生を自分でリードする
――どのようなカリキュラムを準備されていますか。

インタビュー中に伊藤氏が板書したカリキュラムのイメージ

カリキュラムは「実践科目」「事業推進スキル科目」「マインド科目」の3本柱です。

この3つを氷山にたとえると、基礎となる下段は「マインド科目」です。ここでは「Lead the self」、つまり自分自身を見つめ、自分の人生を自分でリードしていく精神を、内省と対話を通じて育んでいきます。

中段にあたるのが、「事業推進スキル科目」です。マーケティングなどビジネス的なスキル、思考力や表現力など、アイデアを実行し具現化するためのスキルを学んでいきます。

そして上段にあたるのが、プロジェクト型の「実践科目」です。社会に出る前に実際にやってみる、例えばEコマースで出店するなどアクションを起こす経験が必要で、授業の中での起業を目指します。

この3つを循環させるように学んでいくイメージです。何より、学生が「学ぶのは楽しい」「自分と対話するのは楽しい」「仲間と協働するのは楽しい」と思えるような場所にしたい。カリキュラムは学生ファーストで考えています。

「社会の最前線」をキャンパスに
――どのような方が教員に就任予定なのですか。

就任予定の教員は「現役の実務家」だということが最大の特徴で、そこが既存の大学とは大きく違うところです。つまり「社会の最前線」を、キャンパスに持ち込んでいるのです。

現在、専任教員就任予定者と客員教員就任予定者を合わせると、約30人います。ベンチャー企業経営者、NPO創業者、キャピタリスト、マーケター、テクノロジー専門家、教育の専門家など、ジャンルはさまざまですが、全員が「教育から変えていかなくてはならない」という熱い思いを持って参加してくれます。

1学年60人という学生数に対して教員数が多いので、それを生かし、学生は担任教員や私と定期的に1on1(ワンオンワン)をするよう計画しています。手厚いフォローをしていくことで、1人も残さず、それぞれの個性を大事にする環境を整えます。

また、従来の「教員=教える人」「学生=教わる人」という関係ではなく、教員と学生が一緒になって学びをつくっていくことを意識しています。

――1年次は全員が学生寮に入るのですね。その狙いは何でしょう。

今の若者はつながりが希薄になっています。共同生活をしながら、仲間とともに協働して何かをつくっていく経験を積んでほしいと思っています。与えられた授業時間だけでなく、放課後にも続きをやりたいとなれば、すぐに集まれる場があったほうが、彼らの学びにとっても有益となるでしょう。

もちろん、寮暮らしでは、それぞれの価値観の違いから諍(いさか)いも起きるでしょう。しかし、そういう人間社会もどっぷり経験してほしいのです。

もう一つ、本学部は日本で一番「現役の起業家」とつながっている学部です。そのリソースを最大限に生かしたいと考えています。授業以外でもさまざまな起業家との交流や、ビジネスプランについてのディスカッションを行う計画をしています。寮を「社会の最前線」とつながれる場として、教員が気軽に来られるベースキャンプとして、有効活用していきたいですね。

求めるのは「何かしらの想いを持っている人」

――どういう生徒に、この学部を目指してほしいですか。

一言でいえば、「何かしら想いを持っている人」です。

すでにビジネスを起業しようと思っている生徒はもちろん、何かしらの課題を解決したいと考えている生徒にも来てほしいですね。

また、今の社会に生きづらさを感じているなど、社会に対する憤りを持っている生徒もウェルカムです。そうした強い感情を抱いている子は、まだ自分にとっての課題がはっきり見えていないだけで、それが見えさえすれば、誰よりもエネルギッシュに動ける可能性を秘めています。

他にも、自分が社会で成功することで、世の人のためになりたいと考えている生徒や、海外への留学を考えているような日本の既存の教育に疑問を持っている生徒も、本学部を一つの選択肢として考えてみてください。

例えば、クラスの中には「手がかかるけれども、なぜだか見捨てられない生徒」がいませんか。高校の先生方にはそうした生徒に、ぜひ本学部のウェブサイトを見てみるよう勧めてほしいと思います。本学部に就任予定の各教員からのメッセージ動画がアップされているので、現役起業家たちの熱い想いを受け取ってほしいです。

(構成 松井聡美)

【プロフィール】

伊藤羊一(いとう・よういち) ヤフー㈱コーポレートエバンジェリスト/Yahoo!アカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部・学部長(来年4月就任予定)。1990年、日本興業銀行に入行し、企業金融・企業再生支援などに従事。2003年にプラス㈱に転じ、流通カンパニーにて物流再編・マーケティング・事業再編・事業再生を担当。12年に執行役員ヴァイスプレジデントとして、事業全般を統括。15年にヤフー㈱に転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダーの育成を行う。またグロービス経営大学院客員教授として、リーダーシップ系科目の教壇に立つほか、「考えて話す」トレーニングを指導。『1分で話せ』『0秒で動け』(共にSBクリエイティブ)、『やりたいことなんて、なくていい。』(PHP研究所)など著書多数。


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