【ドラマティーチャー】忘れられない教育のつくり方

福島県や大阪府で20年近く「ドラマティーチャー」として活躍してきた、追手門学院高校の石井路子教諭。演劇を通して生徒に伝えたいのは、自分自身と向き合い、他人のことを想像し、「生きづらさ」が溢れる現代を生き抜く力だという。「生徒が一生忘れられない教育」をつくるために日々奔走する石井教諭の、生徒との向き合い方とは――。(全3回の最終回)

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「私は無力だ」が活躍の原点に
――教師という仕事をどう捉えていますか。

実は10代の頃から、教師はあまり好きじゃありませんでした。今思い返すとそんなこともないのかもしれませんが、当時は学校にいると「社会の枠にはまりなさい」という無言のプレッシャーを感じていました。個々人の先生に対して「嫌い」という感情はなかったんですが、教師という仕事に正直、魅力は見いだせていませんでした。

一方で人間という存在は大好きで、一人一人に興味を持って深く知っていくのが、喜びでもありました。

自分が教師になって初めて生徒と向き合った時、取り巻く環境のせいで、つらい思いをしている子がこんなにいるのだとびっくりしました。16、17歳くらいで家庭の事情を背負っていたり、保護者に問題があったり…。私は一体これまで何をしてきたのだろうと愕然(がくぜん)とし、自分はなんて傲慢(ごうまん)だったのだと恥ずかしくなりました。

教師になったばかりの私は未熟で傲慢な人間だったけれど、生徒がいろいろなことを教えてくれたおかげで、ここまで来られたなと思います。

――生徒それぞれの事情や困難を知り、助けてあげたいという気持ちが原点にあったんですね。

生徒に対して「何かできることはあるか」と常に考えているという石井教諭

いやいや、「助けてあげたい」なんておこがましい。「私がやれることって何だろう」と、常に考えていました。「無力だな」「自分には何もできないな」と。

せいぜい大学で学んだ国語の知識があるぐらいで、親との関係が大変そうな子がいても、そこに入って抜本的に解決してあげられるわけじゃないし、だから自分が「何かしよう」というより、「何かできることがあるか」といつも探していたように思います。

そして、行き着いたのが演劇でした。

――若者の根底に「生きづらさ」があると指摘されていますが、それをもう少し分解すると、どのようなものだと思いますか。

閉塞(へいそく)感ではないでしょうか。すごく狭い世界の中で自分のポジション、居場所を獲得しなければならない気持ちが強すぎるように思います。そんなに恐れなくていいのに、みんな、他人を恐れているんです。

例えば、私が中高生の頃は悩みや不安があると、まず友達に話すことが多かったと思います。友達に相談して、ああでもない、こうでもないと、だらだらと話しながらコミュニケーションを取っていました。

でも、今の中高生が最初に相談するのは、親らしいんです。勉強も、友人関係も、恋愛さえも、まず「親に相談している」と話す子が多くて驚きます。親子関係が親密になっているというより、「友達が信用できない」と感じている子が増えているためだと分析しています。彼らの会話はとにかく「盛り上がること」が大事で、いわゆる「真剣な話」「重い話」はタブー視されているんです。

休憩時間を見ていても、どれだけ「ワーッ」と盛り上がれて、次の授業に行けるかみたいな時間の使い方をしています。高いテンションや楽しい雰囲気を維持することに全力を注ぎ、それをできる人がコミュニケーション能力の高い人だと捉えられているようです。

自分を見つめ、他人を想像する力
――これまで他者と深く関わり、関係をつくってこなかったせいでしょうか。

そうした経験を積めていないんでしょうね。小さい頃にけんかをして、話し合い、許し合い、仲直りするという経験をしていないから、けんかをしたら終わりだと思っている子が多いように思います。

彼らのコミュニケーションで大切なのは、とにかくけんかをしないこと。真正面から向き合って本音をぶつけ合うことを徹底的に避けて、いかにもめ事をすり抜けて、うまく生きていくかみたいなことが重視されています。

――授業の中に、生徒が自分と向き合って一人芝居をするプログラム「自画像」があります。著書『高校生が生きやすくなるための演劇教育』に出てくるRさんは、そこで初めて自分の負の感情と向き合い、心にふたをしていたと気付きます。そのシーンが印象的でした。

彼女の場合、「友達って何?」というテーマで作品を提出してきました。友達を信頼できないと思っていた彼女は、他者に対して心を閉ざしていた自分に気付きます。作品の創作にはとても熱心に取り組んでいましたが、彼女自身の実感を伴う言葉や動きはなかなか見えませんでした。私がどれだけ真に迫る質問を投げ掛けても、「周りから下に見られても嫌に感じない」「友達に対して、ネガティブな感情を抱いたことがない」と答えるばかりでした。

石井教諭の授業を通し、生徒一人一人が自分や他人と向き合う術を身に付けている

そんなある日、私に授業の相談をするために、彼女を長時間待たせていたクラスメートがいました。私はその生徒を叱りましたが、そのことについて彼女に問い掛けても「待たされても何も感じなかった」と答えます。そこで私は、こう伝えました。「もし、先生が『こいつは待たせておいて大丈夫』という扱いを受けたら、『この人は私を大切に思ってくれていないな』と思って、つらいし、寂しくなる。あなたもそう感じているんじゃないかと思って、(待たせていた友達を)叱ったんだよ」と。

すると、彼女の顔がさっと変わりました。次の日、彼女が作り直してきた作品には、こんなセリフがありました。

「マイナスの感情を感じていないんじゃなくて、傷つくのが嫌やから、感じないようにしていた。心にバリアを張っていたんや。このバリアは自分を傷つくことから守ってくれる。でも、人と深く関われないし、周りの様子も全然見られない。自分の感情を封じ込めてた。でも、そういう気持ちをちゃんと理解しいひんと、人が傷ついているときに分かってあげられへん」

――とてもいいセリフですね。彼女のように演劇の授業を通して、自分自身を知り、解放する術を身に付ける生徒は多いんでしょうね。

生徒と対話をしていると、これまで自力で人間関係上の問題を解決したことがないから、被害者になってしまうんだと気付きます。話を聞いていても「その認識は、間違っていない?」ということが多いんです。例えば、「いじめられました」と飛び込んでくる子から丁寧に話を聞いて、一緒に振り返ってみると、「でも相手にとっては、こういう意味で、この言葉は必要だったんじゃない?」となることが多い。客観的にアドバイスしてみると、「ああ、ほんとだ。私はいじめられていたわけじゃないんですね」と、気付きます。

彼らは周囲の空気を観察しているように見えても結局、意識は自分にしか向いていないんです。周りで何が起こっているかとか、周りの気持ちを客観的に見据える視点が備わっていない。もうちょっと心を開いて周りを見れば、「自分だけが悩んでいるんじゃない」「あの子にはあの子なりの事情があっての発言なんだ」などと、事象の裏を読み解けるんですが、なかなかそこまでは余裕がない。

だから演劇という表現の場で、いろいろなものを客観的に分析し、冷静に捉え直す。自分自身を客観的に考えると、それまで抱いていた悩みや焦りがふっと楽になります。私の授業を通じて、そうした経験を生徒たちにしてもらって、自分なりに生きづらさを軽くする術に出合ってほしいと思っています。

教師と生徒、お互いがリスペクトし合う
――教科学習を教えるときと、視点は違いますか。

違うかもしれません。教科学習はどうしても一斉授業ありきで、正解があるので、できる・できないが大事になってしまいます。

でも、演劇教育には何一つ正解がない。例えば、私がやったことと15歳の生徒がやったことを比べても、生徒の表現の方が心に響いて良いこともあります。つまり教師と生徒の間に、上下関係がないんです。

また、知識の量は大人の方が多いので、教科学習では子供たちは大人に「教えてもらう」立場になります。でも、私たちがしている授業に「教える」「教えられる」の関係はなく、教師と生徒、大人と子供という枠を超えて、互いが互いにしかできないことをリスペクトし合いながら作り上げることができます。

――教科学習は社会で生きていく手段や選択肢を育み、演劇教育はその土台となる生き抜く力のようなものを育んでいるのだと思いました。

「忘れられない教育」をつくりたいと石井教諭は話す

その通りです。同調圧力が強い学校という場で、集団に合わせて、周りから打たれる出る杭にならないように自分を抑えつけているのが生徒の現状です。私たちが行っている演劇や表現は、オリジナリティーに価値がある。人と人は違うのが当たり前だし、その人にしかできないことがあり、誰しもが代替不能な存在であるということが実感できます。そして、違いや多様性こそが新たなアイデトルアを生み出すのだということも。違いを前向きに捉え、違いを乗り越えるために、表面に現れた言葉や行動の背景を想像する。この他者への想像こそを育みたいと思っています。

他人のことを想像できる人が増えた方が、社会は緩やかになると思いませんか。今は「生産性」や「経済」ばかりが重視されています。でも、今の日本は高度成長期のような勢いもありませんし、アジア経済の中心は中国に移行しつつあります。その意味でも、斜陽を迎えた日本で、どれだけ豊かに成熟社会を生き抜いていくかに視点をシフトしなければなりません。

そうであれば、お互いを思いやって、リスペクトし合って生きていける方がいいじゃないですか。ネットで他人を否定したり、誰かの揚げ足を取ったりすることに血道を上げるような、殺伐とした社会では生きていたくありませんよね。

人の心を考えたり扱ったりする教育が、演劇教育だと思います。そして、言葉が降ってきて頭で理解するよりも、体験してその体験の中から自分で気付いていくのが、「忘れない教育」になるはずです。私は、この「忘れない教育」こそ、未来の社会を生き抜いていく子供たちに必要だと信じています。

(板井海奈)

※新型コロナウイルス拡大防止のため、インタビューはウェブ経由で実施し、写真撮影は感染防止対策をとった上で、短時間で実施しました。

【プロフィール】

石井路子(いしい・みちこ) ドラマティーチャー。福島県立いわき総合高等学校教諭として、高校生とプロの演劇人の協働を通じ、飴屋法水作『ブルーシート』(第58回岸田國士戯曲賞受賞)など多数の作品を世に送り出した。2014年度より大阪府追手門学院高等学校表現コミュニケーションコース教諭。著書に『高校生が生きやすくなるための演劇教育』(立東舎)。


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