【デジタル教科書革命】本格導入までのハードル

文科省が2024年度の本格導入を目指している学習者用デジタル教科書。来年度からGIGAスクール構想によって1人1台環境が実現するとはいえ、残された時間は約3年しかない。普及に向けてどんな課題があるのか。学習者用デジタル教科書の本格導入に向けて、超えるべきハードルを明らかにする。(全2回の後編)

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限られた時間でどれだけ実践例を蓄積するか

学習者用デジタル教科書の整備方針を巡って、文科省は2020年7月に「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」を設置し、今年度末の取りまとめに向けて議論を進めている。

1人1台が実現した直後からの意識改革の必要性を指摘する中川教授(2019年3月撮影)

検討会議の委員の一人である放送大学の中川一史教授は、学習者用デジタル教科書の導入には、「環境」「制度」「活用」「スキル」の4つのポイントがあると指摘する。このうち、「環境」についてはGIGAスクール構想によって、1人1台の学習者用端末や校内無線LANなどの整備が一気に進んだ。また、「制度」に関しては政治的な議論も含めて、文科省などで検討すべき課題と言える。

学校現場の大きな課題となるのが「活用」と「スキル」だ。ICT化が遅れていた日本の学校現場が、コロナ禍への対応という外的要因で、急に「1人1台」という世界最先端のICT環境に変貌を遂げようとしている。この急激な進化に現場が付いていけるかどうか。例えば「教師用の端末から子供の個々の端末の状況を把握しながら、授業を展開していく」といった、これまでにない活用やスキルが授業者には求められることになる。

特に、学習者用デジタル教科書はまだ登場して日が浅く、普及が進んでいるとは言えず、実際にどう活用するかの研究は始まったばかりだ。多くの学校で実践の蓄積がない、ゼロからのスタートとなる。

「たまに使う程度では学習効果が見込めない。継続して使い続けていく必要がある。教科書とそれに準拠した教材が一体化しているのがデジタル教科書の特徴。そうした教材を使っていくことが最初の一歩で、徐々にソフトランディングさせていく必要がある」と中川教授。1人1台の環境が整備されたら、すぐにでも教員研修を実施して、ICT活用に向けた意識改革を徹底的に進めるべきだと警鐘を鳴らす。

「個別最適化された学びの実現を目指すのであれば、さまざまなニーズに対応できる学習者用デジタル教科書に移行する流れは止められない。紙の教科書も含めて、子供たちが自分の意思で選択できるようになるのが理想だ。次の教科書の改訂作業はすでに始まっている。限られた時間の中で、どれだけ学習者用デジタル教科書の活用事例を生み出せるかが鍵だ」と中川教授は指摘する。

同僚性を発揮して高め合う学校に

来年度予算案に盛り込まれた「学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業」(文科省HPより)

同じく、文科省の検討会議の委員を務める日本デジタル教科書学会の片山敏郎副会長は、これまで小学校の教員として、ICTの利活用や指導者用デジタル教科書の研究などに取り組んできた。そうした経験を踏まえ、片山副会長は「指導者用デジタル教科書は、教材を提示して、子供たちに注目させるのに有効だった。一方で、学習者用デジタル教科書の場合は、1人1台環境が実現した上で実践を積み重ねていかないと、その真価を発揮しない」と指摘する。

その上で片山副会長が期待を寄せるのが、GIGAスクール構想の前倒しに合わせて、文科省の来年度予算案に盛り込まれた「学習者用デジタル教科書普及促進事業」だ。この中の「学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業」では、小学校の5・6年生の1教科と、中学校全学年の1教科について、学習者用デジタル教科書の経費全額を国が負担。宿題などの学校外での活用も想定して、パブリッククラウドによる供給方式とするなど、本格導入を想定した学校現場への普及と課題の洗い出しを行うことになっている。

デジタル教科書のさまざまな課題について片山副会長は、第一段階として24年度の本格導入時に現場に広く普及させ、次期学習指導要領に対応した動画・音声などのリッチコンテンツの扱いといった、検定制度の抜本的な在り方の見直しをはじめ、懸案となっている中長期的な課題に対応するという、2段構えで進むものとにらんでいる。

コロナ禍で社会のデジタルシフトが一気に進んだが、教育も例外ではない。1人1台環境や学習者用デジタル教科書への学校現場の対応について、片山副会長は「ICTを使う教員と使わない教員で、教育格差が生じることになってはならない。ICTに長けた教員だけが頑張るのではなく、苦手意識のある教員も含めて、同僚性を発揮して試行錯誤を始めなければならない。小さな失敗を許容しつつ、みんなで高めていくようなマネジメントが求められる」と強調した。

パブリッククラウドの可能性

学習者用デジタル教科書の本格導入に向けて、教科書業界も研究開発に力を入れている。一方で、教科書に準拠した学習者用デジタル教科書のコンテンツ開発が、教科書制作のスケジュールやコストを逼迫(ひっぱく)させている側面もある。ある教科書会社に勤務するデジタル教科書の開発担当者は「紙の教科書の採択冊数以上に、学習者用デジタル教科書が売れるということはない。そうなれば、シェアが小さい教科はどうしても後ろ向きになってしまう。1人1台が当たり前となれば、学習者用デジタル教科書がなければ教科書採択の候補にすら上らなくなるので、コスト面では厳しくても作らざるを得ない」と打ち明ける。

これまでのデジタル教科書と違い、パブリッククラウドによる供給を前提としていることへの対応に向けた動きも出ている。

ITベンチャー企業のLentrance(レントランス)は、複数の教科書会社や教材会社、児童書の出版社と連携した学習用ICTプラットフォームを展開する。これまでは、学校のICT環境の実情を踏まえて、アプリによるデジタル教科書・教材の提供を行ってきたが、4月からは新たにパブリッククラウド対応のクラウド配信と、限られたネットワークでのみ使用できる校内・自治体配信にも対応。全国教科書供給協会や全国教科用図書卸協同組合と協業して供給体制も構築した。GIGAスクール構想の前倒しを受けて、自治体などからの問い合わせも増えているという。

クラウド配信によるデジタル教科書の可能性を語る石橋社長

同社の石橋穂隆代表取締役社長は「教科書だけでなく参考書なども購入することができる。学習机の環境をデジタルでも再現するというのがコンセプトだ。クラウド配信方式ならば、学校だけでなく、自宅からでも、タブレットやスマートフォンなどのさまざまな端末で利用でき、学びの連携が可能になる」とそのメリットを説明する。

また、同社では小さな出版社でも参加しやすいように、アクセシビリティーや読み上げ機能、ビューアーのボタンの位置などは全て標準化して提供している。標準化したシステムを提供することで、出版社はこうした基本機能の開発をする必要がなくなり、必要に応じて個別のカスタマイズに注力したり、より魅力的な書籍づくりやコンテンツ開発に投資したりすることができる。

「教育というパブリックな部分に関わるからこそ、規模の大小にかかわらず、多くの出版社が使えるようにしたい」と石橋社長。

24年度の学習者用デジタル教科書の本格導入に向けて、同社では現在、デジタル教科書がどのような使われ方をしたのかなどのデータを分析し、学習履歴として活用することも視野に入れている。石橋社長は「学習履歴データが活用できるようになれば、自宅での学びのサポートや教師の指導に生かせるようになる。ゆくゆくは、プラットフォームの標準機能として提供し、どの教科書・教材でも使えるようにしていく」と意気込む。

(藤井孝良)


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