見えない世界や聞こえない世界を体験するダイアログ・ミュージアム「対話の森」(東京都港区海岸)を運営する(一社)ダイアローグ ・ジャパン・ソサエティの代表理事、志村季世恵さんは長年、セラピストとしてさまざまな人々と接してきた。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(DID)と出会って、日本での普及に力を入れるようになったのは「90分の奇跡」を目の当たりにしたからだという。(全3回の最終回)
この特集の一覧
90分で人を好きになれる!?
――ダイアログにはカウンセリングの要素があるのでは。
ドイツで開催されているDIDを新聞記事で見つけた夫の志村真介(当時は結婚前)が「ドイツ本部に許可を取り、日本に持ってきたい」と私のもとにやってきました。その話を聞いたとき、感動と同時に、日本では難しいかなとも思いました。そこで、私は「頑張ってくださいね」と一言、伝えたのです。
ところが彼は、私と一緒にやることを考えていたらしく、ある日、実行委員の皆さんを連れて拙宅にやってきて「こちらリーダーの志村季世恵さんです」と。「聞いてないよ!」というところから始まりました。
1999年、DIDを初開催したときのことです。出てきた女性が泣いていました。理由をお尋ねすると「自分は人嫌いだと思っていたけど、人が大好きだと思い直して泣いてます」と。それでカウンセリングと同じだと感じたんですね。
その女性は大学生で、「田舎から東京に出てきて満員電車で通学していると、ぶつかっても足を踏まれても『ごめんね』もなく、みんな能面みたいな顔をしている。最近はぶつかられたら、ぶつかり返してしまう自分もいる。すごく痛かったときには『死ねよ』と思ってしまった。東京に染まった自分が嫌になっていたけど、ダークの暗闇の中では、人とぶつかったときに誰かがいてよかったと思えた。人の体は温かいんだなと感じた。それで泣いちゃったんです」と。
彼女の隣に社会人の女性が座っていて、「私も同じだよ」と背中をさすっているんです。「人っていいなと思っている」と。初対面の2人がそうやって話していました。
もし私が、苦しんでいる誰かに「人っていいな」と思えるまでカウンセリングをするとしたら、おそらく2カ月はかかるでしょう。ダイアログはエンタメです。しかもたった90分。驚きました。そのころ、私のカウンセリングは、依頼者が1年から1年半待ちだったんです。やってもやってもどんどん増える。何もできないで待たせていることが苦しかった。でも、1日で人が好きになってくれるなんて、本当に素敵でしょう。これは絶対やらなきゃいけないと思ったんです。
――参加者同士が助け合ってくれるのはいいですね。
助け合うとか声をかけるというシーンを大事にしています。特に日本人の傾向として「助けて」と声に出すことがなかなかできません。同様に助けることも躊躇しがちです。そこであえて暗闇の中では、協力し助け合わないと前に進みにくい、そんなシーンも作っています。参加者同士で助け合うシーンがあると、先述した学生のようなことも起き、見知らぬ人とでも声を掛け合うこともでき、いいなと思うのです。
いろいろな子供がいることが大事
――特別支援教育という面で、学校の先生方にアドバイスするとしたら。
先生方はオリジナルの学習法を編み出したり、1人の子供に対して親のように関わったり、本当に素晴らしいと思います。特別支援学校の先生方にお聞きすると、生徒たちが社会に馴染めず悩んでいることが多いとおっしゃいます。卒業と同時に実社会に放り出されたような状態になるのでしょう。同様に、アテンドになりたいと言ってくる人には、社会との関わり方が分からないという人は多いし、職に就いていても健常者との関係性に悩んでいる人がいるという声を多く聞きます。健常者にとっても障害者にとっても、やはりダイバーシティという観点から、交流の場は必要だと思います。
また、クラス内に障害のある生徒がいる場合、ややもするとその子がいるから授業が遅れると思ってしまったりする。でもそうではなくて、一緒に遊べる、一緒に学べる方法を子供たちが互いを理解し合いながら考えると、それはかけがえのない経験になり、得難い学びの機会になります。それは、ダイアログの体験と共通しているように思います。
――身体的なことに限らず、個性的な子供が邪険にされてしまうのは、ありがちな風景ですね。
本当はそれこそいい機会なんです。ダイバーシティ推進と言って何年にもなるのに。障害の有無やLGBTだけでなく、生きにくさを感じている子や個性の強い子供もいる。ダイバーシティの中には自分自身も入っているのです。学校は「いろいろな子供がいることが大事なんだ」と、ご父兄にもアピールした方がいいと心底思います。早くからダイバーシティを知ることが、力のある子供が育つことにつながると、はっきり示すべきではないでしょうか。
「困ったな」と思うことをプラスの材料にする。それは「ダイアログ」が取り組んでいることと同じです。目が見えないからこそ、耳が聞こえないからこそ、歳をとっているからこそ、という風に「こそ」をつけていく。社会的にはネガティブな印象を持たれている人たちに、より大きな「こそ」がある。自分とは違った人がいるからこそ、一所懸命に対話ができるし、やさしくもなれるし、オリジナリティーのあふれた遊びを作ることもできる。
先生方の価値観が変われば……
――みんなが多様性を歓迎する考え方をするようになるといいですね。
これまでにも多くの先生方が個人的に「ダイアログ」に参加してくださっていて、学校の正式な研修にしてほしいとおっしゃってくださる先生もいます。先生の価値観が変わるとインパクトがあります。子供たちへの影響も大きいと思います。こうしなくちゃいけないと閉じるのではなく、こういうこともできるんだと広げていく考え方ができれば、違いがあること、その違いを知ることが強みになります。
(篠原知存)
【プロフィール】
志村季世恵(しむら・きよえ) 20代からセラピストとして活動。ドイツが発祥の「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を知り、日本での普及に尽力。現在はダイアローグ ・ジャパン・ソサエティ代表理事。著書に『さよならの先』『いのちのバトン』など。4児の母。