【プログラミング教育奔走記】禁断の実を食べた子供たち

公教育のプログラミング教育を推進するNPO法人「みんなのコード」の指導者養成主任講師として、全国各地の学校で研修を行ってきた元小学校長の福田晴一氏。学校の内側と外側の両方から関わってきた中で、今の学校はどのように映っているのか。コロナ禍における休校で、オンライン授業を経験した子供たちを「禁断の実を食べた子供たち」と表現する福田氏に、その真意を聞いた。(全3回)

この特集の一覧

変わらない学校の閉塞感
――教員を離れた立場から学校現場に関わってみて、どのようなことを感じましたか。

例えば、プログラミング教育に関しては、地方は東京より1年、2年と遅れている印象があります。本来、公教育は学校間格差や地域間格差があってはいけませんが、ことプログラミング教育に関しては、インフラ面での差などがあるために、地域間格差が生まれてしまっています。

そのしわ寄せがどこにいくかというと、結局は子供たちです。それを肝に銘じて、私は活動してきたつもりです。

同時に、地方には大きな可能性も感じています。例えば、私が何度か足を運んだ島根県益田市の小規模校では、1人1台ずつ端末があって、子供たちが得意になってプログラミングをやっています。その一方、休み時間になったら子供たちは一斉に、どこまでが敷地か分からないほど広い校庭にぱ~っと遊びに行ってしまいます。そして、「ヘビ捕ったよ~」と得意げに戻ってきます。

プログラミング教育はまだまだ地域間格差があると話す

東京の学校では、こうはいかないでしょう。自然体験もできて、なおかつテクノロジーも活用できる。そう考えれば、地方で育つ子供たちの方が、ずっとたくましく育つのではないでしょうか。

もう一つは、まだまだ学校には閉塞(へいそく)感があるということです。本来は教育課程の編成権は学校長にあり、やろうと思えばできることはたくさんある。それなのに、特に小学校は、他校と同じようにと横並びが先行し、例年通り、何も変わらない……という学校文化も、事実あるのです。

でも、ちょっと校長が踏み出せば、周りを巻き込んでいけます。民間企業も学校に入りたがっているから、予算はなくともいろいろな工夫ができるはずです。

学校が再開して、先生たちは消毒作業までやっています。「社会に開かれた教育課程」を目指すのであれば、校長がこうした仕事をうまくアウトソーシングできるよう、マネジメントしなければいけないと思います。

テクノロジー×多様性×地域連携
――学校に内側と外側の両方から関わってきた福田さんが考える、これからの学校像について教えてください。

私は今、「みんなのコード」での仕事以外に、週に1日は東京都三鷹市の特別支援教室の巡回心理士をしています。文科省のコミュニティ・スクールのコンサルタントや、埼玉県戸田市のコミュニティ・スクールのディレクターもしています。

退職の1、2年前にリンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』を読み、人生100年時代に向け、セカンドライフは「パラレルワークも魅力的だなぁ」と考えました。そこで、学校心理士の資格も取りました。退職後に「こんな生き方もあるよ」というような羅針盤になれたら、という思いもあります。

また、「みんなのコード」というテクノロジー業界に身を置いたことで、もともと自分が研究していた多様な特性のある子とICTの親和性について、より深く学ぶことができました。特に、今回のコロナ禍においては、学校と地域や保護者をつなぐ手段、新しい学校スタイルを考える上で、テクノロジーが欠かせないことを思い知りました。

「テクノロジー×多様性×地域連携」、私はこの3つが相まってこそ、「社会に開かれた教育課程」や、新しい学校像がつくれるのだと考えています。

「これからはテクノロジー×多様性×地域連携が必要」と福田氏

超スマート社会に向けて、「テクノロジー」は必要不可欠です。教育の情報化や情報活用能力の育成、そしてプログラミング教育が求められています。これは「モノ」がないと進められませんから、行政的な支援も強く要求していきたいと思っています。

「多様性の享受」とはある意味、インクルーシブ教育であり、今後、ますます国際理解、障害者理解、外国人移民への理解を後押しするコンセプトです。インクルーシブ教育とは障害の有無にとどまらず、外国籍家庭の子なども含めて、さまざまな子供を受け入れていく土壌を育てるということです。

多様性のある子供たちに日々、コンタクトしているのは教員です。そのため、インクルーシブ教育を進めていくためには、教員の力量が必要となってきます。

また、今後は学校だけでは教育を補完できなくなってくるでしょう。教育を再構築するには「地域連携」が鍵となります。具体的に、「社会に開かれた教育課程」やキャリア教育、地域再生などを実践していく上で、学校と地域をつなぐことが管理職の役割だと考えています。

これからは「学びの場選び」
――コロナ禍を受け、学校や教員、子供たちに、どのような変化が起きていくと考えますか。

一斉休校時に、学校と子供たちをつないだのはテクノロジーでした。一方で、もし1人1台の端末が全ての子供にあったら、もし先生や子供たちの情報リテラシーがもっと長けていたら、という反省点もあったと思うんです。

今回の休校中、オンライン授業などで新しい学びのスタイルを経験した子供たちを、私は「禁断の実を食べた子供たち」と呼んでいます。

これまで不登校だった子や、いやいや学校に通っていた子の中には、出席扱いされるのであれば、「自分のペースでできるオンライン教育の方がいい」と言う子が、たくさん出てきています。

今まで日本は、みんな一緒に、同じやり方で学んできました。それに合わない子は、いわゆる「落ちこぼれ」や「吹きこぼれ」と言われてきました。でも、1人1台が実現すれば、学びの幅がぐっと広がり、落ちこぼれの子も吹きこぼれの子も、対応できるようになると思います。

今回のコロナは、「みんな一緒、みんな同じ」という日本の学びの呪縛から、良い意味で解放されるチャンスだと私は捉えています。

「Withコロナ」における学校再開は、インフルエンザによる学級閉鎖後の再開などとは訳が違います。「beforeコロナ」に戻れるわけではないのです。

だからこそ「自分はオンラインの方が向いている」と思った子には、そうした学び方を保障してあげるべきです。もはや学校だけが学びの場ではない時代です。そういう子供たちをつぶしてはいけません。これからは「学校選び」ではなく「学びの場選び」となるのではないでしょうか。

「教育従事者」をリスペクトすべきだと警鐘を鳴らす

一方で、教員はますます忙しくなるでしょう。新聞などで「つぶれる先生」というタイトルを見たくありません。

緊急事態宣言が解除されて以降、多くの学校が「授業日数の確保」「行事の精選」「夏休みの短縮」など、従来の教育活動を取り戻そうと躍起になっています。

本務である学習指導を進めながら、感染防止のための消毒、給食対応、子供たちの健康管理や心のケアをするなど、教員が行っている対応は多岐にわたります。学校再開とともに、忙殺される日々が続いていることでしょう。

それでも、子供たちの笑顔のために、時間も体力も度外視して取り組むのが日本の先生です。「医療従事者」同様に、私は「教育従事者」をリスペクトしないと、「医療崩壊」同様に「学校崩壊・教育崩壊」を招くのではないかと懸念しています。

保護者や地域による、学校への後押しや先生方へのエールが、これまで以上に必要だと強く思います。

(松井聡美)

【プロフィール】

福田晴一(ふくだ・はるかず) 1956年、東京都生まれ。みんなのコード学校教育支援部主任講師、元東京都杉並区立天沼小学校校長。約40年の教員生活を経て、2018年4月にNPO法人「みんなのコード」に入社。61歳で新入社員となる。20年度からの小学校におけるプログラミング教育必修化において指導教員を養成すべく、全国の小学校や教育委員会を訪問し、研修などを行っている。学校心理士の資格も持ち、東京都三鷹市の巡回心理士や、文科省のコミュニティ・スクールのコンサルタント、埼玉県戸田市のコミュニティ・スクールのディレクターも務める。

※新型コロナウイルス拡大防止のため、インタビューはWEB経由で実施し、写真撮影は感染防止対策をとった上で、短時間で実施しました

関連
この特集の一覧

あなたへのお薦め

 
特集