【特別支援×ICT】言葉以外の表現を広げる

ICTは、今までうまく見いだせなかった子供たちのアイデアや表現を引き出すツールになる――。知的障害のある子が通う都立石神井特別支援学校の海老沢穣教諭は、そう語る。2014年からiPadを活用した実践に取り組んでいる海老沢教諭に、「レゴブロックを使った物語づくり」など、これまでの実践や子供たちに起きた変化について聞いた。(全3回の第1回)

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2014年からiPadを使った実践をスタート
――14年からiPadを使ってさまざまな実践をされていると伺っていたので、すでに1人1台に近い環境が整っているのかと思っていたのですが……。

そうなんですよ、まだ31台しかありません。本校の児童生徒数は195人なので、この台数では全く足りていないというのが実情です。もう教員間でいつも取り合いです。

――当時はiPadを導入している学校も少なかったと思いますが、どのような経緯で導入されたのでしょうか。
「視覚的な支援は子供たちの理解を深める」と海老沢教諭

知的障害のある子供たちは、特に抽象的なことの理解が難しいのですが、視覚的な支援があると明らかに理解度が高まります。iPadを導入する1~2年前から、授業では写真やイラストが入ったパワーポイントのスライドを見せながら説明をしていました。

また、美術の授業ではライトドローイングなどにも取り組んでいました。ペンライトなどを動かし、その光の軌跡を、シャッタースピードを遅くした一眼レフで撮影するというものです。子供たちの中には絵を描くことが難しい子もいますし、差も出やすい。でも、ライトドローイングのように身体を動かしたこと自体が作品になるような活動は、みんなが楽しめますし、面白い作品もできます。

でも、もっともっと子供たちの理解を深めたり、新たな表現を引き出したりできないだろうかと、子供たちの様子を見ていて思っていました。そして、漠然と「ICTを活用したら、いろいろなことができるかもしれない」と考えていました。

ただ、ノートパソコンだとできることは限られてしまう。タブレット端末ならば活用しやすいと考え、ソフトバンクと東京大学先端科学技術研究センターが共同で行っている「魔法のプロジェクト」に応募しました。これは、学ぶ上での困難を抱える子供を対象にした実証研究を目的として、教育関係者にiPadを1年間貸し出してくれるというプロジェクトです。

それが採用されて、本校に初めて2台のiPadがやって来ました。

レゴブロックを使った物語づくり
――そのプロジェクトでは、どのような実践をされたのですか。
子供たちは試行錯誤しながら、レゴブロックでの物語づくりに挑戦した

プライベートで通っていたNPO法人CANVASのワークショップからヒントを得て、iPadで物語を作る実践を中学部3年生と行いました。

このプロジェクト以降も物語づくりは続けていて、新しく担当した子供たちともレゴブロックを使った物語づくりに取り組みました。物語づくりに何か良い題材はないかと見に行ったEDIX(教育ITソリューションEXPO)で、レゴ社が物語を作るためのキットを紹介していて、「これでやれば絶対面白い!」と思い、取り入れるようになりました。

――物語づくりは、具体的にはどのように進めていくのですか。

子供たちにまず、物語の主人公を決めて背景を作るように伝えます。それぞれのプレートの上に子供たちは黙々とレゴブロックを組み立てていきます。それをiPadで撮影し、次のシーンをレゴブロックで制作し、また撮影する。子供たちを見ていると、最初から頭の中でストーリーができているわけではなく、手を動かしながらアイデアがひらめいて、だんだんとストーリーを固めていくようです。

そこに文字を入れたり、音楽を付けたりしていきます。撮影も下から見上げるようなアングルで撮ってみたり、アルファベットが好きな子はレゴブロックで英単語を表現してみたりと、やっているうちにどんどん工夫するようになっていきます。

自分で物語を作ってデジタルで映像にするなんてことは、みんなやったことがないので、最初は戸惑います。でも、試行錯誤を繰り返すうちにアイデアが次々と出てくるみたいで、毎年、すごくユニークな作品が出来上がりますよ。

東京都特別支援学校総合文化祭というのがあるのですが、その「放送・映像部門」に出品してみたところ、最優秀アイデア賞をいただいたこともありました。知的障害の特別支援学校の中学生が最優秀賞をとることはこれまでなかったので、非常に驚かれました。

――その後は、どのようにICTが浸透していったのでしょうか。

14年の「魔法のプロジェクト」には、東京都の特別支援学校が何校も参加していました。また、都が独自に数校で実証事業を行なっていたこともあって、「iPadの特別支援教育での有効性が実証された」ということになり、その年の後半には、都からiPadが25台配備されることになったんです。

さらに、その翌年からは3年間、東京都のICT活用推進校にもなりました。その後は、校内研修もたくさん計画して、みんなでICTを学んでいきました。

今回のコロナ禍の一斉休校中も、本校は早い段階からYouTubeで動画を配信するなど、教員のICT活用力も高まっていると思います。

子供たちの表現の可能性が広がった
――他にはどんな実践に取り組まれてきたのですか。

物語づくりとともに、ずっとやりたいと思っていたのが、コマ撮りアニメです。デジタルカメラで作るのは結構大変で、本校の子供たちには難しい。それが、iPadがあれば「KOMA KOMA」というアプリを使って、簡単に作ることができます。

最初に中学部3年生が挑戦することになり、ちょうど卒業前だったので、「卒業を祝う会」で作品を発表することにしました。それぞれのクラスが、「運動会頑張ってね」とか「学習発表会を見に行くよ」といった下級生へのメッセージを入れるなどして、一つの映像として作り上げました。

それまでの「卒業を祝う会」では、歌を歌ったり、ダンスをしたりしていて、それはそれで良かったのですが、下級生全員が注目して見てくれているわけではなかったんですよね。

ところが、コマ撮りアニメで下級生へのメッセージを流したところ、先生たちもびっくりするぐらい、全員が食い入るように映像を見ていたのです。私は今でもその光景が忘れられません。

その他に、iPadで写真を撮る授業もやっています。ボタンを押すだけで表現として成り立つ良さがあり、本校の子供たちも取り組みやすい実践です。

その実践で参考にしているのが、和歌山大学教育学部附属中学校の矢野充博先生が公開しているApple Booksの「素敵な写真を撮ろう」です。これがとても素晴らしくて、ちょっとコツをつかむと写真がぐっと素敵になることを教えてくれます。

授業ではまず、同じ場所・シーンを撮った構図の違う2枚の写真を見比べて、どちらが好きか、その理由はなぜかについて考えます。子供たちは選んだ理由をうまく言語化できないのですが、自分の感性で好きな方を選ぶという活動を通じ、撮影のコツを視覚的に学んでいくことができます。

その上で、自分が作った粘土作品を被写体として、好きな場所で写真を撮ります。例えば、ある子は粘土で作った赤いタワーをプールサイドに置き、水面の青色とのコントラストを考えた写真を撮りました。また、ある子は目玉焼きやオムレツなどの粘土作品を排水溝の鉄格子の上に並べ、まるで「ジュージュー」と音が聞こえてきそうな写真を撮りました。

毎回、私には思いつかないような斬新な発想が出てきて、子供たちの感性や表現って本当に面白いなと感動しています。

――ICTを導入したことで、見えてきたことはありますか。
ICTを導入し、言葉ではない表現がもっとできるようになった

子供たちがものすごく面白いアイデアを持っていることが分かりました。また、ICTを活用することで、子供たちの表現の可能性が広がるという感覚は、私も含め多くの教員が持っています。

ICTは、今までうまく見いだせなかった子供たちのアイデアや表現を引き出すツール、子供たちが伝えたいことを伝えるためのツールになると思います。

本校の子供たちは言葉のハンデを持っているので、言葉だけで表現しようとするとうまく伝わりません。それなのに、以前はどうしても言葉を中心とした私たち大人の世界に引き寄せるための支援が中心になっていました。でも、ICTを導入したことで、言葉ではない表現がもっとできるようになった。言葉じゃない世界は、彼らの方がすごいものを持っているのではないかと、より強く感じるようになりました。

(松井聡美)

【プロフィール】

海老沢穣(えびさわ・ゆたか) 都立石神井特別支援学校指導教諭。知的障害がある子が通う特別支援学校でICTを積極的に活用した授業実践に取り組んでいる。東京都教育委員会2019年度職員表彰受賞。Apple Distinguished Educator Class of 2017、NHK for School番組委員、SDGs for School認定エデュケーター。「ICT」「Creative」「Education」をキーワードに、都内の小学校から高校教員を中心に結成したProfessional Learning Community 「SOZO.Ed」の代表も務める。


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