【北欧の教育最前線】教育改革で多忙になったデンマークの教師たち

日本の教師の長時間勤務が問題となって久しい。一方、デンマークの教師は、6週間の夏休みがあり、学期中も夕方には帰宅して、日本から見るとかなりゆとりを持って仕事をしているように見える。しかし近年、デンマークの教師もずいぶん忙しくなった。その転換点は2014年の教育改革だ。

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■授業と管理業務に追われる教師
授業中の様子(写真提供:Folkeskolen.dk)

地方自治体の雇用者組合である全国自治体連合は、12年に教師の授業時間数が少ないと指摘し、もっと多く働くべきだと主張した。その結果、OECD(経済協力開発機構)の調査によると、14年から15年にかけて、デンマークの年間平均授業時間数は121時間増加した。これは全国自治体連合と政府が増加させようとした授業数の1.5倍にあたる。

14年の教育改革での大きな変更点は、第一に授業時間数の増加、第二に放課後の宿題カフェなどの新しい学習活動だった。いずれも子供の学校滞在時間を長くし、教師の労働時間を増加させた。

この改革から6年たった現在も、教師は増えた授業や活動への対応のため、授業準備が不十分なまま、また生徒の個別化学習に対応する余裕がないまま、日々の授業に追われている。このほか、週次計画、年間計画、文書化などの管理業務の増加も、教師をますます多忙にさせた。

教師は常に時間に追われるため、休憩時間を仕事に当てている。日本では当たり前に見られるが、休憩時間に次の授業のためのコピーを取り、仕事をしながら食事をし、自宅に仕事を持ち帰ることが、デンマークでも行われるようになった。

改革の目標は達成できているか

このような傾向は、教育改革に加え、各学校に設置され教師の意思決定を保障していた教師委員会の権限がなくなったことや、評価の重視、デジタル化の推進といった、さまざまな要因により加速されている。また、地方分権により、各自治体には授業時間数を設定する権限があるものの、その上限は設定されていないため、教師の担当授業時間にも上限がなくなってしまっている。

学校教育のアウトカムを、学力テストや学校評価で測ろうとする傾向は、徐々に強まっている。しかし、定年退職した元小中学校教師は「評価が可能な学校の仕事は10%程度」と言う。学校では学力の向上に加え、人間関係の形成、人格の形成、他者との協働や対話など、さまざまな活動があり、それらはなかなか評価できないものだ。

14年の教育改革では、政府は「より専門的なスキルを持つ生徒の育成」「学校での協働の増加」「学校での創造性の向上」を主張した。しかしロスキレ大学のアスケ・クリスチャンセン氏は、教師は新たに設定された多数の課題と自分の時間をコントロールできなくなっており、課題の実現が困難になっていると指摘する。

また、政府の目標と学校の日常生活がリンクしておらず、皮肉なことに「創造的な仕事」の代わりにルーティン・ワークが増えていると感じている教師も少なくない。

教師でいたいから教師を辞めた

コペンハーゲン教員養成大学のピア・ローゼ・ボウヴァト教授らは、教育改革以降に公立学校を辞めた教師へのインタビュー調査を2016年から19年に行った。そこでは「教師であり続けるために教師を辞めた」という逆説的な語りが聞かれた。辞めた教師たちは、公立学校で決められた枠の中で、自分たちが望んでいるような教師になることが不可能だと考えたという。

ボウヴァト教授は「優れた教師は、子供に焦点を当てます。勉強だけではなく、社会的な側面に着目し、長期に渡って子供たちに関与したいと思います。次世代を教育し、子供たちに変化をもたらしたいという強い動機があるのです」と述べる。

時間や目標の管理は、教師が生徒のことを考え、まなざしを向ける時間やエネルギーを奪ってしまう。教師たちは、多忙そのものを問題視したのではない。生徒のための時間がないから、また、生徒との関係性を作る仕事に十分な時間をかけられないことが、強いストレスにつながっていたから、辞めたのだ。何人かの教師は、私立学校へ転職し、再び自分自身が感じるような教員になり、仕事に満足できていると言う。

日本の学校と比べて、子供がゆったりとした空間で自由に振る舞っている姿が見られる牧歌的なデンマークの学校だが、中に入って先生方とじっくり話してみると、違う風景が見えてくるかもしれない。

(原田亜紀子=はらだ・あきこ 慶應義塾高校教諭。専門は比較教育学)


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