探究を生み出す学びの場づくり 生徒も教師もVチューバー

オンライン授業の次のステージとして、仮想現実(VR)の活用が注目されている。そんな中、声や動きをオリジナルキャラクターに演じさせるVチューバーにいち早くチャレンジしたのが、岡山県立瀬戸高校の絹田昌代指導教諭だ。絹田教諭扮(ふん)する「シルキィ先生」が、どのようにして地方の公立高校で実現したのか、その秘密を探った。(全3回の第1回)

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生徒の探究学習から生まれたシルキィ先生
――シルキィ先生は、今でも授業で活用しているのですか。
絹田昌代教諭(絹田教諭提供)

シルキィ先生は、本校全体で生徒が家庭からオンライン授業を受ける「オンライン学習の日」に合わせて用意したオンデマンド教材です。高校2年生の古典で学ぶ兼好法師の「徒然草」137段「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは~」の発展的な学習として、生徒たちが美術作品を鑑賞し、「月」をテーマに自身の美意識を言語化するという学習活動のために用意しました。美術作品は、倉敷市にある大原美術館や岡山市立オリエント美術館などに協力していただき、実物の画像を用意しました。

生徒からはすごく好評で、先日もシルキィ先生を使った助動詞の復習教材を作りました。オンデマンドなら自分のペースで止めたり繰り返したりできるので、個別最適化された学びにもなると思います。キュートなシルキィ先生の効果で、課題提出率や小テストの結果も実際に良くなっています。

現在は、生徒が中心になって、中学生に本校の魅力を紹介するVR動画も制作しています。「世斗乃瑠璃波(せとのるりは)」というキャラクターを新たにつくって、中学生のハートをわしづかみにするというミッションです。シルキィ先生とのコラボレーションもできたら、すごく面白くなりそうですよね。

本校は国連の持続可能な開発目標(SDGs)と関連させて、地域の企業や大学などと連携した探究学習を展開しているのですが、シルキィ先生に刺激を受けた生徒が「イケメンのVチューバー先生をつくりたい」と言いだしたんです。同じ授業でも、自分の「推しメン」を選んで学べば、やる気も上がるのではないかと考え、チームで開発を進めています。

――そもそもVRはまだ新しい技術で、公立校でやろうとするとかなり大変だと思います。どうやってシルキィ先生は生まれたのでしょうか。
シルキィ先生が初めて登場した、美意識をテーマにしたオンデマンド授業(絹田教諭提供)

実は、シルキィ先生は生徒の探究学習から生まれました。3年生の真壁奈々葉さんという生徒が、「子供たちがあっと言うような授業をしたい」という思いを持って、教育分野の探究をしていました。具体的には、新しい技術を使った授業プログラムを研究していたんです。例えば、小学生がZoomを使って地域ごとに違うしめ縄について学んだり、カナダのメープルと日本の桜をテーマに、両国をつないで英語で交流したりといった授業案を考えていました。

ただ、Zoomだけだと面白くない。そこでアイデアの一つとして壁が真っ白な部屋にプロジェクターを用意して、四方の壁全体に桜の映像を映し出すという試みを思い付きました。ところが、実際に本校の教室でやってみると技術的に難しいことが分かり、失敗に終わりそうでした。その時ふと、以前、岡山市内でVRキャラクターの制作をしている会社の社長さんと名刺交換していたことを思い出したんです。

真壁さんがすぐに電話して、実際に会社に足を運びました。そこでVRを体験するうちに「Vチューバーの先生が授業をしたら楽しいのではないか」と新たな提案をしてくれて、2人でやってみようかということになりました。

――生徒の探究を傍らで支えるというよりも、一緒にやっていく印象ですね。
新たに登場する予定の世斗乃瑠璃波(絹田教諭提供)

そうなんです。だからこそ、本当にその生徒がやりたいことは何なのか、じっくり聞くようにしています。30分くらいかけて、とことん議論することもあります。最初は一緒にやっているんですが、そのうち生徒が一人で動けるようにすることを考えています。真壁さんも今は、世斗乃瑠璃波のVR動画制作を一人で進めています。子供に自転車の乗り方を教えるような感覚かもしれません。最初はどうやったら乗れるか、いろんな方法を試したり、一緒にうんうん悩んだり、ときには転んだりもしますが、「もう大丈夫」と思ったら手を離す。後はもう、どんどん一人でこいでいく姿を見送るだけです。

アイテムを手に入れたら遊ぶ
――もともと、ICTは得意だったのですか。

たまにパワーポイントのスライドを授業で使うくらいで、どちらかというとICTは苦手でした。ただ、コロナ禍でオンライン授業をしないといけなくなって、まずはZoomを使うことから始めました。ブレイクアウトセッションの機能を使えば、グループで話し合いができることも分かり、すぐに東京大学の高大連携ユニットである「CoREF」が開発した「知識構成型ジグソー法」()を試してみました。

教室だと他のグループの声が聞こえたり、教師の視線を感じたりするけれど、オンラインならそういうこともなく自然に話せたという声もあって、十分使えるなと手応えを得ました。そのうち、探究の時間もオンラインでやるようになり、特に3年生は進路も控えているので、面接や志望理由書の準備のため、外部の方に聞き取りをするオンラインフィールドワークを行いました。

――VRもそうですが、新しいものに対する抵抗感がないんですね。

私は授業が好きなんですよね。だから、授業で使えそうだと思ったら、試してみたくなるんです。技術だけでなく学習メソッドも、いろいろな研究会に足を運び、見聞きしたものをどんどん試しています。知識構成型ジグソー法をベースにしていますが、今ではそこにいろいろな要素を付け加えて授業をしています。ある意味、自由型です。

「飽くなき探究心」と言えば格好良いですが、オンラインという方法を手に入れて「遊んでいる」という感覚の方が近いかもしれません。いろいろな経験をする中で、失敗しながらスキルを獲得していく。実際、とってもかわいいと人気のシルキィ先生は、新しい人格を手に入れたようで楽しいです。VRという新しいアイテムをどう使おうかと考えるだけでも、楽しくて楽しくて仕方がないんだと思います。

高校生が探究する「VR×教育」の可能性

「将来は、算数をVチューバーの先生が解説してくれる動画をスマホで見ながら、家庭学習をするようになるかもしれません」

シルキィ先生誕生のきっかけをつくった真壁さんは、VRの教育への可能性についてそう語る。生徒の興味関心を引き出す探究学習を展開する瀬戸高校で、最新技術を使った授業について考え続けてきた彼女は今、教員を目指して大学入試を控える受験生だ。その傍らで、学校紹介用の新しいVRキャラクター世斗乃瑠璃波も開発しているが、声や動きはオーディションで選んだ下級生に託すことにしたという。

シルキィ先生の授業を受けた生徒へのアンケートから、VRは学習意欲を高める効果があることが分かった。一方で、VRのキャラクターとリアルな先生の授業をどう使い分けていくかはこれからの課題だ。真壁さん自身の夢が叶ったとき、それは学校現場のリアルな課題となっているかもしれない。

絹田教諭と二人三脚でプロジェクトを進めてきた真壁さん。「受験を控える中で、私自身も気付いていなかったアピールポイントを指摘してくれて、自分のことをしっかり見てくれていたんだと本当にうれしかったですね」と絹田教諭とのエピソードを振り返る。

真壁さんの探究は、後輩にも大きな刺激をもたらしている。VRをさらに発展させて「イケメンVR推しティーチャー」を開発しようとしているのが、同校2年の大久保衣純さんと松原沙奈さんだ。現在はキャラクター開発と並行して、同校の教員に頼んで、授業の台本を作っているという。

小学校の教員を目指しているという松原さんは「義務教育段階の学習内容が定着していないような場合に、VRが生かせるのではないかと思っています」と、その可能性を語る。

このプロジェクトに、絹田教諭はどのように関わっているのだろうか。この点について大久保さんは「『こうしないといけないんじゃないですか』と、私たちもつい力が入って、自分たちの意見を先生にぶつけることがあるのですが、そんなときも絹田先生はしっかりと受け止めてくれて、さらにプラスになるアドバイスをくれます」と話す。そんな絹田教諭と生徒たちとの真剣なやり取りを通じて、同校ではVRを使った最先端の教育コンテンツが次々に生まれようとしている。

(藤井孝良)

※ある設定されたテーマに関して、まず、それぞれ視点の異なる資料をグループで読み解く。次に、他の資料を読み込んでいた人とグループを組み直し、前の活動で得た知識や解釈を説明し合うことで、テーマに関してより深い理解につなげる学習活動。

【プロフィール】

絹田昌代(きぬた・まさよ) 岡山県立瀬戸高校指導教諭・キャリアコンシェルジュ。1966年、岡山県岡山市生まれ。教科は国語科。協調的な学びが生まれる授業づくりや探究型学習のカリキュラム開発に取り組む。趣味のクラシックバレエは、コンクールにも出場するなど本格的に取り組んでおり、現在も週2日の練習を欠かさない。座右の銘は「継続は力なり」。


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