【コロナと教育・英国編】学校は突如として閉鎖された

新型コロナウイルスの急激な感染拡大で、3回目のロックダウンに追い込まれた英国・イングランド。ロンドンに居住する国際ジャーナリストの木村正人氏が、現地の学校や子供たちの様子を伝える。(全3回の第1回)

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感染力が最大で70%も強い変異株

英国の現地時間で1月4日午後8時、神妙な顔つきのボリス・ジョンソン英首相は国民向けテレビ演説で「感染力が最大で70%も強い新型コロナウイルスの変異株が猛威をふるっている」として、イングランド全土を対象に3度目のロックダウン(都市封鎖)に入ると宣言した。

そして「支援が必要な子供たち、警察・消防・医療従事者などエッセンシャルワーカーの子供たちを除いて、初等・中等・高等教育はオンライン授業に移行して下さい」と指示した。子供はコロナにかかりにくいと考えられていたが、変異株は大人と同じように子供にも感染しやすいことが分かったからだ。

現場の校長や教師は仰天した。当のジョンソン首相が前日の3日、英BBC放送の人気番組に出演し、「学校は間違いなく安全だ。学校が閉鎖されていない場合、父母の皆さんは月曜日の4日、子供を小学校に送り出して下さい」と呼び掛けたばかりだったからだ。

共働き世帯が当たり前の英国では学校が閉鎖されると、どちらかの親が家に留まり子供の世話をしなければならなくなるため、労働力が半減してしまう。原則無償で医療サービスを提供するNHS(国民医療サービス)スタッフの47%が女性。学校閉鎖は、都市封鎖の時以外は“禁じ手”として極力避けられてきた。

しかし教室で感染が急拡大していくのを肌で感じ取っていた学校側や教職員組合は「教師の健康と安全を守るため、オンライン授業に全面的に切り替えて学校閉鎖を」と訴えていた。これに対してギャビン・ウィリアムソン教育相は法的措置まで振りかざして学校閉鎖に反対、全面的に対立していた。

欧州連合(EU)からの離脱を最優先にしてきたジョンソン政権はパンデミックに見舞われたこの1年、コロナ対策での一貫性を欠き、何度もUターンを繰り返してきた。英ポーツマス大学のキャサリン・キャロル・ミーハン教育社会学部長は「学校閉鎖は正しい判断だ」としながらも怒りを隠さなかった。

「遅くとも日曜日(3日)か、多くのエリアが外出禁止対象になった先週に決断を下していれば、学校側は4日をオンライン授業の準備に充てることができた。今回のように12時間前の午後8時に教師にテレビ演説で通知するようなやり方は、受け入れらない」

イングランド南東部バークシャー州の小学校で副担任を務める外山紀子さんは「ジョンソン首相がみんな学校に行こうと呼び掛けた翌日に180度方向転換し、学校を閉鎖してオンライン授業に切り替えとなった。現場は“えーッ”と騒然となった。幸い私の学校では4日は教師の準備日だった」と言う。

オンライン授業への移行は混乱なく行われた
自宅のパソコンからオンライン授業に参加するエミリーさん(マイケル・ウォーレンさん提供)

しかしオンライン授業への移行は混乱なく行われた。昨年春の1度目の都市封鎖でさまざまな手法が試され、グーグル・クラスルームなど便利な無料ツールがすでに導入されていたからだ。ロンドンで暮らす筆者の自宅上階の地方公務員マイケル・ウォーレンさんはこう語る。

「13歳の娘エミリーも、15歳の三男ハリーも、18歳の次男コナも都市封鎖中、自宅でオンライン授業を受けているが、非常に便利で大きな問題はない。1人1台、パソコンもスマホも持っているし、インターネット環境も良い。みんな自分の部屋を持っており、静かにオンライン授業を受けられる」

ウォーレンさんの家族は、社会人になった長男のジェイクさんがコロナ危機でレイオフ(一時解雇)され、夫婦と子供4人が一つ屋根の下で暮らしている。

「私の家庭や地域は恵まれている。都市部と地方では大きなデジタルデバイドがある。しかしパソコンを持っていない子供には貸付制度があり、インターネット接続を無償で提供するサービスもある。それでもオンライン授業に参加できない子供は、学校でパソコンを使えるようになっている」

英国では「教育の機会均等」を実現するためセーフティーネットが用意されている。普段から教師と父母は電子メールや手紙で、子供の学習態度や行動について頻繁に連絡を取り合っている。そうした学校と家庭の距離の近さが、都市封鎖という非常事態でもうまく機能している。

「日本の公立小学校の黒板と白墨にビックリ」
自宅のパソコンからオンライン授業に参加するハリーさん(マイケル・ウォーレンさん提供)

英国でオンライン授業への移行が円滑に行われたのは、普段からインタラクティブホワイトボード(電子黒板)を使うなど、授業のデジタル化が進められていたからだ。

外山さんは「学校の校長が3~4年前、日本を視察してものすごくショックを受けて帰ってきた。ハイテク企業があんなにある日本の公立小学校で、黒板と白墨が使われていたからだ。黒板に白墨は英国では30~40年前の話」と打ち明ける。電子黒板の整備率は日本ではまだ3割を切っている。

経済協力開発機構(OECD)は昨年9月、「図表でみる教育2020」の記者発表で衝撃的なスライドを披露した。「日本の中学校では授業やプロジェクトで生徒に“頻繁”もしくは“いつも”ICTを使わせている教師は2割以下」と指摘したのだ。スライドでは日本は37カ国・地域中、最下位だった。

トップのデンマークは9割、2位のニュージーランドは8割、OECD加盟国平均でも5割を超えていた。しかも自らの技術向上のためオンラインコースやセミナーを活用している日本の教師は2018年時点で約1割に過ぎず、40カ国・地域中でワースト2位。ちなみに首位の中国・上海は95%を超えていた。

筆者の取材に、OECD教育・スキル局上級アナリスト、マリーヘレン・ドュメ氏は「デジタル教育の遅れを改善する最も重要な要素の一つは、教師の訓練に投資することだ。他国に比べ日本はこの部分が低くなっている。職業的な能力開発、つまり成人教育に継続して投資をすることが大切だ」と指摘。

「今回のパンデミックで教育システムが脆弱(ぜいじゃく)であることが分かった。この状況が長く続けばオンライン授業が増えることになり、生徒や教師にとってデジタルスキルは死活的に重要になってくる。デジタルスキルを開発していくことは、パンデミックがあろうとなかろうと重要だ」と強調した。

日本では学校でスマホを没収、解約
閉鎖されたロンドンの小学校(筆者撮影)

データ分析をもとにした教育支援事業を展開する一般社団法人「Glocal Academy(グローカル・アカデミー)」の岡本尚也代表理事は「他の国と比較して、日本では地域間の教育格差がそれほど広がっておらず、ICTを導入しなくても何とかなってきた。しかしコロナ危機で、これまでのやり方が全く通用しなくなった」と解説する。

黒板に白墨の教育で、日本はOECD生徒の学習到達度調査の2018年調査(PISA2018)でOECD37カ国中、数学的リテラシー1位、科学的リテラシー2位という高い成績を収めている。インターネット時代が到来する前の手法やテクノロジーを上手に使いこなすガラパゴス化現象は、日本社会では他にも見られる。

海外ではほとんど見かけなくなったファクスが日本の職場では今でも重宝されている。便利な現金自動預け払い機(ATM)が普及しているため、キャッシュレスどころかクレジットカードやデビッドカードも欧米ほどには広がっていない。ストリーミングサービス全盛の時代、DVDのレンタル店が生き残っている。

「日本では電子黒板は倉庫でホコリをかぶっている。なくても支障なかったからだ。地方ではスマホは“遊び”とみなされ、没収されたり解約させられたりする学校すらある。しかしコロナ危機で、オンラインを使う教師と使わない教師の差がどんどん開くようになった」と岡本氏は言う。

コロナ危機で、文科省が進める児童生徒向け1人1台のパソコンと高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するGIGAスクール構想は前倒しされた。しかしサプライチェーンが滞り、教育現場のパソコンは不足、パソコンがあってもインターネットの通信速度が遅すぎて接続できない地域が残されている。

教育のオンライン化は逆に都市部と地方の格差を広げてしまう恐れがある。英国のように幾重ものセーフティーネットを構築できるのか、文科省と各都道府県の連携が問われている。

【プロフィール】

木村正人(きむら・まさと) 在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶應義塾大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)


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