【コロナと教育・英国編】カオスに陥った大学受験

3回目のロックダウン中の英国・イングランド。ロンドンに居住する国際ジャーナリストの木村正人氏が、現地の学校や子供たちの様子を伝える。(全3回の第2回)

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2年連続で大学進学のための試験が中止された
閑散としたユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのキャンパス(筆者撮影)

子供にも大人と同じように感染する新型コロナウイルス変異株の大流行で、再び学校閉鎖に追い込まれた英国。義務教育終了時(16歳)の普通中等教育試験(GCSE)と、後期中等教育(シックスフォーム)の一般教育修了上級レベル(Aレベル)と呼ばれる試験が、2年連続で中止される異常事態に陥った。

大学に進学する英国の子供たちにとって、GCSEとAレベルは文字通りの登竜門。2つの試験のスコアは希望大学に合格できるかどうかの判定基準になるだけでなく、社会人になってからも履歴書に記載しなければならないだけに、子供たちにとってはその後の人生を大きく左右する。

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)日本語・日本文化シニアティーチング・フェロー、鈴木里奈さんの長女ココさん(17)はGCSEが中止になり、「3年間もGCSEに備えて勉強してきたのに成果を出す機会を奪われ、時間が無駄になった」と少し複雑な気持ちになった。

しかしプレッシャーから解放される安堵(あんど)感もあった。教師が代わりにつけたスコアはA一つと残りは全てB。「GCSEはもちろん大事。しかし、そればかりに縛られる生活はちょっと嫌……。私自身、スコアは気にしていません。周りの友達もそう」とココさんは言う。もう来年にAレベル試験は迫っている。

コロナ危機で昨年の大学受験はカオスに陥った。GCSEやAレベル試験を中止する代わりに教師たちのつけた「予想成績」を、過去データをもとにした英試験団体監督機関Ofqualのアルゴリズムに基づき修正して「成績評価」を行う方式が導入された。このアルゴリズムが大混乱を引き起こした。

次男が名門ケンブリッジ大学に進学した英国在住のセール晴子さんはこう語る。

「公立進学校に通う次男は前年にASレベルの試験を受けており、エビデンスがまだあったのでアルゴリズムに影響されなかった。しかしASレベルの成績にかかわらず、アルゴリズムで下方修正された子供も多くいたようでした」

英国のシックスフォーム(2年間)は日本の高校2年と3年に当たり、もともと1年目にASレベル、2年目にA2レベルの試験を受けていた。しかし財政難から多くの学校がASレベルを廃止した。晴子さんの次男が通っていた公立進学校のようにASレベルの試験を受けている生徒の数は、この5年間で10分の1に減った。

「アルゴリズムが不公平をもたらした」

教師たちのつける予想成績は実際のAレベル試験に比べて12%、GCSEでも9%高くなる「インフレ傾向」があった。アルゴリズムを導入したのはインフレを修正する狙いがあった。その結果、高スコアをつけた教師の予想成績の40%が下方修正される事態になった。

裕福な家庭の子供たちが通う私立学校に比べ、公立学校の生徒たちの予想成績が著しく低く修正された。しかし学校の平均値が必ずしも実態を正確に反映しているとは限らない。公立進学校の秀才は私立学校の生徒より優秀なことが多く、アルゴリズムによってそうした公立の秀才が割を食うかたちになった。

教師の予想成績では合格のはずだった希望大学に進学できなくなった生徒たちが「アルゴリズムによる修正が許しがたい不公平をもたらした」と抗議活動を展開し、学校からも一斉に異論が吹き出した。ギャビン・ウィリアムソン教育相は「誠に申し訳ない」と陳謝して、アルゴリズムによる修正を全面的に撤回し、教師の予想成績を最終成績にすると発表した。

アルゴリズムによって最初ははじかれてしまった大学に進学できることになった生徒は1万3千人以上に上り、最終的に大学に入学した国内学生は前年より4%増の44万1720人となった。ケンブリッジ大学でも、新入生は前年の1割増しになる見込みと報じられた。

筆者の自宅上階で暮らす地方公務員マイケル・ウォーレンさんは「昨年と今年のGCSEやAレベルのスコア、大学の合格基準は例年と異なるため、将来、就職活動をする際、スコアを履歴書に記載しても過小評価されるかもしれない。コロナ危機の後遺症をずっと引きずる恐れがある」と表情を曇らせる。

失業者に実習や研修の機会を提供している全国組織AELPのサイモン・アシュワース氏は「GCSEやAレベルにばかり注目が集まっているが、大学には進学しない若者たちの職業・技術資格取得にも大きな支障が出ている。コロナ危機で6万人もの実習生が、資格取得のプロセスを終了できなくなっている」と指摘する。

ジョンソン英政権には「無能のカルテット」がいる。コロナ危機にかかわらず 欧州連合(EU)離脱を強行したボリス・ジョンソン首相、コロナ対策でヘマばかりして犠牲を拡大させたマット・ハンコック保健相、官僚いじめが発覚したプリティ・パテル内相、そして極め付きが「大失態」を繰り返すウィリアムソン教育相だ。

世界大学ランキングに名を連ねる英国の大学
学生が消えたロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(筆者撮影)

英国では日本のような「ガリ勉秀才」が良い大学に進学できるわけではない。「学校での生徒会、チャリティー活動、スポーツの代表歴、音楽活動もすごく大事です」と、長男も名門のオックスフォード大学に進学した晴子さんは言う。バランスの取れた全人格教育が、リーダーシップや並外れた構想力を育む土壌になる。

日本の科学が各論で英国に勝っても、総論では全く歯が立たないのは高等教育の歴史、懐の深さ、裾野の広さがある。英高等教育専門誌タイムズ・ハイアー・エデュケーションの世界大学ランキング2021で、トップ100校に英国から11校が名を連ねる。

1位、オックスフォード大学

6位、ケンブリッジ大学

11位、インペリアル・カレッジ・ロンドン

16位、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)

27位、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス

30位、エディンバラ大学

35位、キングス・カレッジ・ロンドン

36位、東京大学

51位、マンチェスター大学

54位、京都大学

77位、ウォーリック大学

91位、ブリストル大学

92位、グラスゴー大学

日本からは36位の東京大学、54位の京都大学しかトップ100校に入っていない。世界共通言語の英語と日本語の差で片付けてしまうわけにはいかないほど、歴然とした大学力の差が日英間にはある。ノーベル賞受賞者数では、人口は日本の半分の英国が133人、日本は28人(日本出身者を含む)と5倍近い開きがある。

日本の外国人留学生数は31万2214人、うち大学院・大学は14万2691人。英国の外国人留学生はEU圏が約14万3千人、非EU圏が約34万3千人の計約48万5600人で、学生全体の2割を占める。例えば、2018年度でインペリアル・カレッジ・ロンドンの留学生割合は実に53%、UCLで48%に達するほどグローバル化が進んでいる。

ブレグジットでEU圏の留学生が減少

英国国内の学部学生の授業料は年9250ポンド(約130万円)。EU離脱によって、今年8月以降に新しいコースを始めたEU圏の留学生に対する授業料は、各大学が独自に設定できるようになった。それまでEU圏の留学生は国内学生と同じ授業料を納めれば良かったのに、今後2~3倍の授業料が課せられるかもしれない。

このためEU圏の留学生が5%減る一方で、コロナ危機で就職機会を奪われた英国国内の若者の進学はアルゴリズム騒動もあって増加した。非EU圏からの留学生は中位の大学や下位の大学で7.5~8%減ったものの、上位の大学では15%も増えた。

英イングランド北西部マンチェスターに留学しているインド人留学生が昨年11月、ロックダウン(都市封鎖)でオンライン授業を強いられ、「このために2万2千ポンド(約310万円)を払っているの?」「インドからわざわざやって来て、オンライン授業を受ける意味があるのか」とプラカードを掲げて抗議した。

ワクチンの集団予防接種で大学授業を正常化できなければ、オンライン授業を嫌がって留学生が減少、学生寮や授業料の収入も減り、「2024年までに十数大学の純資産がマイナスに転落している恐れがある」と英シンクタンク、財政研究所は警鐘を鳴らす。

ブレグジットの影響とコロナ危機が長期化すれば、留学生を収入源に急成長を遂げてきた英大学のビジネスモデルを変えてしまうかもしれないリスクをはらんでいる。

【プロフィール】

木村正人(きむら・まさと) 在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶應義塾大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)


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