コロナ禍に生きる命の授業 小3が幸せ見つけるアプリ開発

友達との接触は避け、給食は無言で…。今、学校では、これまで当たり前だったことがコロナ禍でできず、子供たちはさまざまなストレスを抱えながら学校生活を送っている。一方で、コロナ禍だからこそ気付けたこともたくさんある。そんな子供たちの思いが詰まったスマホアプリが、2月5日にリリースされた。開発したのは横浜市立新橋小学校(樋渡=ひわたし=典子校長、児童645人)の3年2組の児童たち。担任の藤井隆志教諭は、さまざまな外部の人と児童たちをつなげながら、「命」の大切さを考えるきっかけとして、この授業を企画。学校再開後、半年間にわたるPBL(Project Based Learning)に発展した。コロナ禍に生きる小学3年生が取り組んだPBLに密着した。


心の底から「やりたい」と思える授業を

2月5日、コンピューター教室に入ってきた3年2組の児童らは興奮を隠しきれない様子だった。この半年を費やして作ってきたアプリ「みんなの命を守ろう大作戦」がついにこの日、リリースを迎える。興奮を隠しきれないのは、Zoom越しに教室の子供たちを見ている大人も同じだったに違いない。

長期にわたる休校を経験し、学校が再開した後も、子供たちはさまざまな制約の中での学びを強いられた。

「教科の学びだけではなくて、子供たちが本物と出会い、心の底から『やりたい』と思える授業をする」

そう決心した藤井教諭は、夏休み中に今年度の「総合的な学習の時間」を中心としたカリキュラム・マネジメントを行い、その準備に取り掛かった。

アプリの特徴的な機能でもある「幸せ見つけ」

それから約半年。コロナ禍での生活に役立てようと開発されたこのアプリには、子供たちが学んだこと、授業に関わったさまざまな人の思いが詰め込まれた。

3年2組の今井彩愛(あかり)さんは「たくさんあるクイズの絵を考えるのは大変だった。このアプリをいろいろな人が使ってくれれば、すごいことになりそう。多くの人に、もっと命の大切さを知ってほしい」と期待を寄せる。

子供たちがこうしたメッセージ性のあるコンテンツとクオリティーの高いアプリを生み出せた背景には、この一連の授業をサポートするプロジェクトチームの存在がある。

藤井教諭を中心に、実際に新型コロナウイルスの感染者の治療に当たっている看護師や、プログラマー、ウェブデザイナー、ICT教育に取り組む他校の教員などが参加し、コミュニケーションツールのSlack(スラック)やZoomを使って、授業の企画や進捗(しんちょく)状況の確認、相談などを平日の夜や土日に頻繁にやり取りした。大半の人がボランティアで、仕事の合間を縫いながら子供たちに関わる時間を捻出した。

子供たちは、直接会えなくても、ICTを介してこうした人たちと交流し、どうしたらこのアプリが社会の役に立つのか、議論や試行錯誤を重ねてきた。うれしかったことや楽しかったことを描いた子供たちの絵が出てくるコンテンツ「幸せ見つけ」も、医療関係者からの話を聞く中で出てきたアイデアの一つだ。子供たちがさまざまな人から受ける刺激を把握しながら、次の学びのコーディネートをするのが、藤井教諭の主な役割だ。

アプリづくりのプロが直接指導

1月のある授業。児童や藤井教諭の声を合成したアプリのテーマソングが流れると、教室からは大きな歓声が上がった。この曲をつくったのは、岐阜県多治見市のウェブディベロッパー・デザイナーの松原正享(まさゆき)さんだ。Zoomで教室と松原さんの仕事場を結び、子供たちにデザインの考え方を教えるだけでなく、子供たちの描いたイラストなどを基に、アプリのデザインを手掛けた。

藤井教諭も実家が多治見市で、英会話教室も経営している松原さんとはよく教育論を交わす仲。松原さんは以前から「子供たちとアプリづくりをしたい」という話を藤井教諭から聞いており、昨年秋に協力の打診を受けたときは「いよいよやるのか」と気合が入ったという。

授業の設計にあたって松原さんは「子供たち自身がアプリをつくっているんだという気持ちにしないといけない。受動的な授業では子供たちのためにならないから、やるならアプリの中身からプランニングまで、全部に子供たちが関わっていかないと」と藤井教諭にくぎを刺した。

そして子供たちにはプロとして、ユーザーの視点から考えることや、一度作ったら終わりではなく、改良を加えていくことを意識するように働き掛けた。例えばアプリのアイコンでは、自分の親指の爪のサイズでも、意味が分かるイラストにしないといけないとアドバイス。その結果、「幸せ見つけ」のアイコンはハートの上に虫眼鏡を載せた、松原さんも思わずうなるような端的なデザインになった。

松原さんは「実際のアプリ開発では、アプリの目的や制作手順、役割分担などのプランニングに時間を費やすが、子供たちもそれに近い経験をしている。アプリがリリースされた後も、子供たち自身で改良を加え続け、それを自分も手伝えたら」と話す。

オンラインでつないださまざまな人たちと交流する児童

もう一人、プログラミングを中心に子供たちに指導し、実際のアプリのプログラムを書いているのが、都内在住のプログラマーの藤治仁さんだ。藤さんはオリンパスでデジタルカメラの技術開発に携わる傍ら、数々のアプリ開発も手掛けてきた。藤井教諭とはスマホアプリの勉強会で知り合った。

授業ではZoom越しに、プログラミングの基本的な考え方である順次処理や条件分岐、反復処理について、フローチャートを示しながら、アプリがどんな構造になっているか解説。「今の子供たちはスマートフォンが身近にあるので、思っているよりも理解が早かった。せっかくプログラミングをやるのなら、計画を考えて取り組む大切さを知ってもらいたい」と藤さん。運動会のプログラムなど、世の中にはさまざまな手順書があり、それを自動化するのがプログラミングであることを子供たちに理解してもらうのが藤さんの狙いだ。

藤さんは「社会課題を見つけ、解決するための技術がプログラミング。今のコロナ禍は、子供たちにとってもさまざまな社会課題が見えやすくなっている。プログラミングを学ぶこと自体を目的にしていては意味がない」と、PBLにプログラミングを取り入れる意義を強調する。

こうしたプロが関わることで、子供たちも刺激を受けたようだ。田中菜月さんは「アプリの内容や設定を決めるのに、すごく時間をかけてみんなで話し合った。プログラマーの仕事に興味が湧いてきた。いつか、人の役に立つようなアプリをつくってみたい」と話す。

このように、この授業ではアプリづくりそのものは、自身もアプリを作った経験のある藤井教諭や外部のプロが中心になって進め、子供たちが直接コードを入力するといったことは行われない。しかし、子供たちは授業の中で、アプリの動きをカードに書いて並び替えながら、動きを確認したり、アプリの内容や項目ごとに共通点をまとめたりして、プログラミング的思考を養っている。

また、日々の学校生活の中でも、子供たちは朝の会でその日の見通しを立て、帰りの会でその日にできたこと、できなかったことをチェックする振り返りを自ら行っている。これは、プログラミング的思考の中でも重要な「要件定義」の考え方を、日常の学校生活の中で実践しながら身に付ける工夫の一つで、今では藤井教諭がほとんど指示することなく、子供たちが主体的に取り組むようになった。

医療関係者が子供たちに託した思い

「時間は気にせず、思いの丈を子供たちにぶつけてほしい。調整はこっちで何とかするので」

医療関係者がZoomで子供たちと直接話すことが企画された授業の前日、Zoomを使った打ち合わせで、画面上には子供たちに初めて話す医療関係者の緊張を和らげようと、冗談交じりに笑い掛ける藤井教諭の姿があった。

翌日、コンピューター教室に集まった子供たちに、愛知県で訪問看護に携わる田端恭兵さんは、実際に仕事で着用する感染を防ぐ特殊なマスクやガウンを着けて見せ、「新型コロナウイルスに感染している人に接することもあるけれど、しっかり防御して感染を防いでいるよ」と強調。子供たちのアプリで、飛んでくる物に触ってはいけないゲームがあることを念頭に、「人の物に触れないというのは大事なことだけど、どうしても触らないといけないときもあるよね。そのときにどうするかがポイントで、すぐにちゃんと手洗いをすれば大丈夫」とアドバイスした。

後半に登場した奈良県の精神科病院に勤務する看護師の松村麻衣子さんは、コロナ禍でストレスを抱える人が増えた中で、ちょっとした良かったことを思い出す大切さを紹介。アプリのコンテンツである「幸せ見つけ」は、幸せを見つけた人も、他の人の幸せを見た人にも、気持ちを和らげる効果があると話した。

松村さんは「最初はただの感染防止アプリだと思っていたが、『幸せ見つけ』の子供たちの絵を見ていると、私たち医療関係者も勇気付けられた。子供たちがこの問題について、真剣に考えてくれているのが伝わってくる」と振り返る。

この日の授業を受けて、髙林奏空(そら)さんは「隙間のできないマスクがあることを初めて知った。ゲームでも、最後に『人の物に触れたら手を洗おう』という画面を表示できたらいいかもしれない」と、早速改良に向けたアイデアを考えていた。これは実際に、アプリの最終バージョンでしっかり反映されていた。

「先生は死なないよ」
授業をデザインした藤井教諭

なぜ藤井教諭は今回のプロジェクトのテーマを「命」にしたのか。実は藤井教諭は、末期の腎不全を患い、2017年の夏に腎臓移植の手術を受けている。もしも新型コロナウイルスに感染すれば、重症化リスクが極めて高い体だ。

学校を休職し、1年以上にわたる入院生活の間、藤井教諭自身が自分の命と向き合うこととなった。その間に、新しいことにも挑戦しようと、プログラミングを学び始め、ブログで闘病中のできことを発信した。

この授業を支援している外部の人たちの何人かは、闘病中に藤井教諭が出会った人たちだ。

山梨県の病院に勤務する大森泉さんもその一人。藤井教諭の闘病生活をつづったブログを見て、専門学校で教えている学生に紹介したいとツイッターでダイレクトメールを送ったことがきっかけで、交流が始まった。

この授業について藤井教諭から提案されたとき、大森さんは自分自身の体のことも話すつもりだという藤井教諭の決意を感じ取り、子供たちに医療現場の視点を伝えるだけでなく、子供たちへのケアも自分の役割になるだろうと直感したという。

当初、藤井教諭は担任している3年2組の子供たちに病気のことを伝えていなかった。藤井教諭がカミングアウトしたのは、アプリのプロトタイプも出来上がりつつあった昨年12月末のことだ。その10日ほど前の授業で、大森さんは腎臓の病気について子供たちに語り、藤井教諭の背中をそっと押した。

実際に、見た目は元気そうに見える藤井教諭が大病を患っていたことを知ると、中には泣き出す子供もいた。このままコロナ禍が続けば、藤井先生は死んでしまうかもしれない。そんな思いが子供たちの頭の中をよぎった。

そうなることを予見していた大森さんは、藤井教諭のカミングアウトを受けて「藤井先生は死なないよ。ちゃんと対策すれば大丈夫」と子供たちに語り掛けた。

そのときの様子を、看護師になる夢があるという野呂りなさんは「藤井先生の体のことを聞いて、今も無理をしているんじゃないかと心配で、思わず泣いてしまった。あの出来事をきっかけに、アプリに対する思いも変わった。身近に感染リスクを抱えている人がいるからこそ、対策が不十分な人の意識を変えていけるようなものにしたい」と振り返る。

大森さんは「命を守るということは、感染対策の徹底という行動面だけでなく、心が伴っていないといけない。子供たちには、感染対策をしていない、感染対策が不十分な人を悪者だと思って差別してほしくない。感染した人や医療関係者を責めたり差別したりせず、制約がある中で楽しみを見つけることの大切さを意識してもらえたら」と、子供たちの活動に期待を寄せる。

コロナ禍の今だからこそ、子供たちは真剣に命の大切さと向き合い、いろいろな人の思いをアプリに表現した。

「コロナ禍で、子供たちが真剣に命の大切さや相手への思いやりを考えて、大人を動かし、社会を動かそうとしている。これこそ、今やる価値のある学びだ」

子供たちの笑顔を見つめながら、藤井教諭は手応えを感じていた。

リリースされたアプリ「みんなの命を守ろう大作戦」はアップル社のiPhoneに対応し、APP Storeから無料でダウンロードできる。

(藤井孝良)


関連