性教育は幼いうちから科学的に 産婦人科医の高橋幸子氏に聞く

ネット上にゆがんだ性情報があふれているのに、学習指導要領に歯止め規定があるせいで、多くの若者が十分な性教育を受けられていない。そんな状況に危機感を抱いた産婦人科医の高橋幸子さんがこのほど、小学生向けの性教育の本『サッコ先生と!からだこころ研究所』(リトルモア)を刊行した。子供たちにうまく教えるには「幼いうちから」「科学的に」がコツだという。


■幼いうちに科学的にサラッと
――学習指導要領には「受精に至る過程は取り扱わない」「妊娠の経過は取り扱わない」という“歯止め規定”がありますね。
「先生は相談できる大人であってほしい」と話す高橋さん

学校の先生もどう伝えたらいいのか分からなくて、「生徒から質問されたら嫌だな…」と思っているのではないでしょうか。保護者も困っていますが、うまく関われないでいるのは先生も同じでしょう。この本は子供たちにアドバイスするスタイルで書いていますが、大人も知識のアップデートになるし、子供に聞かれた場合にどう答えるかが分かるようになっています。科学としてサラッと伝えればよくて、快楽に関しては棚にあげておいても大丈夫ということを伝えたいですね。

東京都は2019年3月に「性教育の手引」を14年ぶりに改訂しました。学習指導要領に示されていない内容を含む授業を実施する場合は、「保護者の理解・了解を得て進めましょう」ということになっています。たとえば外部講師を呼んで教育するけれど、あらかじめ保護者に連絡して参加するかどうかを選ばせるというようなやり方をしていますね。

これでも少しは進んだんですよ。性教育はいわれのないバッシングを受けてきました。03年に「七生養護学校事件」がありました。プライペートゾーンを人前でさわってはいけない、と知的障害のある子供に人形を使って教えていたんですが、乗り込んできた都議が、行き過ぎた性教育だと言い掛かりをつけて、週刊誌に流出させた。都教委が当時の校長や教職員を処分してしまい、加えて当時の総理大臣が「われわれの時代は習わなくても勝手に覚えた」みたいなことを国会で言ったこともあり、性教育は停滞してしまった。でも13年に、七生養護学校側が最高裁で勝訴したんです。教育への不当な介入だったとして、損害賠償と処分の取り消しを認める判決が確定しました。

そこからやっと東京都でも性教育に取り組む機運が出てきました。同じ都議が18年にも足立区の中学校でやっていた性教育にケチをつけたんですが、今度は足立区の教育委員会は学校と先生を守ったんです。性的トラブルに巻き込まれないように、義務教育でもちゃんと性を教えることが必要だと。保護者にも「余計なことを教えるな」と反対する空気はなくなっていて、テレビの情報番組で「学校で性教育をしてもらいたいか」というアンケートをとったら、9対1で「やってほしい」という回答が出た。子供たちがインターネットでいろいろな情報に触れてしまう状況では、学校で正しいことを教えてくれないと不安だということですね。

――現場の教員も苦労しているのでは。

継続して取り組んでいないと、やり方が継承されません。先輩のやり方を見るとか、使っている教材を使うとか、そういう経験もない。どうやって教えていいか分からない、取り組むのが怖いという状況ではないかと思います。

小学校4年生で月経と射精を学ぶ。5年生で人の誕生を学ぶ。だけど、精子と卵子が一緒になる部分の話はできない。でも子供たちは「精子と卵子はどうやって一緒になるの?」と疑問を抱くわけです。

これはベテランの先生から聞いたんですが、子供が聞いてくれたら教えられる。聞かれてもいないのに教えると、学習指導要領を超えたと怒られる。だから子供たちから質問が出るように授業を持っていくと言っていました。

教員も知識のアップデートを
――教えるにあたってコツのようなものはありますか。

恥ずかしがったりしないで、科学的に伝えることです。答え方を練習しておけば、サラッと答えられるはずです。4年生あたりだと「ふーん」「へえ」と素直に受け止めてくれる。でも5年生、6年生になると「エローい」「キモーい」とかいう反応が一部に出てくる。ですから10歳までに伝えられるとスムーズだと思います。感覚として。サッコ先生の本を読んでいただければ、聞かれたらいやだなと思うところは乗り越えられるはずです。

水着で隠すところ+くちびるが「プライベートゾーン」

また、この本では「プライベートゾーン」といって、「水着で隠すところとくちびる」は誰にも触らせてはいけないと教えていますが、これも10歳までに理解させておいてほしい。性虐待の被害を受けている子供たちを、思春期外来で診察しています。家庭内で親や兄弟からひどい目にあっている子供たちが来るんですが、10歳を過ぎると妊娠につながってしまう可能性がある。なので、なるべく早くそれがおかしなことなんだと気づく必要があります。

子供たちには「相談できる大人を3人、ピックアップしておきましょう」と伝えています。親でも親戚でもいいのですが、その1人がぜひ学校の先生であってほしい。そういう信頼関係を作っておいてほしい。「先生になら、なんでも相談できる」「何かあった時に聞いていいんだ」という相手でいてほしいですね。

――できれば学校で教員が教えられるといいですね。

学習指導要領が変わるまでは、どんどん外部講師を使ってください。私たちがどう伝えているかを、自分たちが話すときにはどうするかという感覚で聞いてもらいたい。ただ、講師の当たり外れもありますし、呼んだからといって伝わってほしいことが子供たちに伝わっているかどうかは分からない。学習指導要領が変わって、学校の先生方が堂々と子供から聞かれたことに答えられるのが一番いい。そうなってくれないと困ります。子供たちが最低限学ぶべきことを、全国均一に国際基準に持っていってもらわないと困るんです。

小学生向けに書かれた『サッコ先生と!からだこころ研究所』

国連の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」が、国際的な性教育の指針となっています。5歳から8歳、9歳から12歳、12歳から15歳という、それぞれの年齢で、性教育を積み重ねていきましょうといったことが書かれているのですが、文科省はこれを知らないんじゃないかと思えるくらい無視してきた。私は10歳に向けた公開授業で、プライベートゾーンの話を教えるのにクレームが来るかもとヒヤヒヤしながらやっていたんですが、ガイダンスを見たら5歳から8歳と書いてありました。知ってからは堂々とやっています。こういう国際基準がありますと言えますし、プライペートゾーンを知っていることで性被害から身を守ることができると堂々とお伝えできる。

学校の先生には、性教育というのは、生きること、人権に関わることで、性に関することを学ぶのは子供たちの権利だという視点に立ってもらって、何を伝えなければいけないかを自らも考えて欲しいですね。

(篠原知存)

【プロフィール】

高橋幸子(たかはし・さちこ) 産婦人科医。2000年、山形大学卒。埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター勤務。性教育の普及や啓発に取り組み、年間120回以上、小中高で性教育の講演をしている。


関連