木村泰子氏×宮口幸治氏 子供の命以外、守るべきものはない

「学校でしか救えない子供たちは確実にいる」――。大阪市立大空小学校の初代校長・木村泰子氏と、児童精神科医として子供たちを支援する立命館大学の宮口幸治教授は、そう断言する。多忙化が著しい教師という職業だが、そんな中でも最優先である子供たちの命や健康を守るために何ができて、何をすべきなのか。児童生徒への支援を切り口に、学校そのものの役割や、教師が日常的に抱える課題へのアプローチ法について語ってもらった。全3回の最終回。

(司会・教育新聞記者 板井海奈)

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どの子にも困らない環境を用意する
――改めて、お二人は今の学校現場をどのように見ていますか。
木村泰子氏

木村 今、学校現場は誰にとっても混沌(こんとん)としたものになっています。そして、その真ん中にあるキーワードこそが、「発達障害」なのではないかと見ています。精神疾患で休職する教員、いじめや不登校、子供の自殺など、どれも増加傾向にあります。

例えば、授業中に児童生徒が暴れだしたとします。当然、先生はその子を注意するため授業が遅れてしまい、周りの子は「あいつがいるから集中できない」と不満を持ちます。すると一部の保護者が先生に「あの子、発達障害じゃないんですか? 別の部屋で勉強させてください」とクレームをつける。その結果、その先生が「私の力不足だ」と背負いすぎて、うつ状態になってしまう…。そんな悪循環に陥るケースを何度も耳にしてきました。

大空小学校では、「10年先の社会で自分らしく生きていくために必要な力」として、「人を大切にする力」「自分の考えを持つ力」「自分を表現する力」「チャレンジする力」の4つを大切にしようと決めました。これらの力は、残念ながら教員が評価できません。忘れ物をしてくる子供であろうが、友達を殴ってしまう子供であろうが、周りの評価ではなく、自分が自分のために評価するのです。

それができると、教室の中でも子供同士が助け合ったり、声を掛け合ったりと、自分で判断して自分で行動します。学校教育は、その子が自分らしく他者を尊重しながら、社会をつくる一員になるためのものです。教室の中の関わりで子供たちは知らず知らずのうちに、その方法を学んでいくのです。

今日の対談に臨むにあたって、私も「コグトレ」の書籍を購入して、実際に挑戦してみました。授業中に取り入れるのは難しいと思う先生もいるかもしれませんが、朝の会の5分間で気軽に取り入れられるものばかりで、全くハードルが高くないという印象です。ただ、あくまで宮口先生が示しているのは、個人のトレーニングであり手段です。

学校はそれ以前に、どんなに困っている子だとしても、その子が困らない環境をつくることが大切なのではないでしょうか。私と宮口先生の意見はどちらがよいという話ではなく、どちらもできると子供も教師も保護者も幸せになれると思います。

宮口 まさに、その通りです。トレーニングだけでは解決しません。やはり安心・安全な環境があってこそ、子供たちはやる気が出ます。そうした環境を保護者や教師が整えて、寄り添うこと抜きには絶対に成り立ちません。

今、私が気になっているのは、「IQ(知能指数)=認知」という誤った解釈をする方が多いことです。そもそもIQは、正解か不正解かの2択問題の部分しか計れません。だからIQが高くても、生きづらさを感じている子は存在しています。例えばIQが高い子にときどき見受けられるのは、推論判断に長けていて、いろいろなパターンを考えすぎてしまって「どうしたらいいんだろう」と混乱してしまうケースです。

だから「IQが高いのに、勉強ができないのは本人が怠けているからだ」と大人が捉えてしまうのは一番の悲劇です。IQが高くても認知の面で課題を持って苦しんでいる子がいるので、適切な支援をしてもらいたいと思います。

「問題を出す係をして」がやる気スイッチに
――ありがとうございます。ここで読者の方からの声を紹介します。教員志望の大学3年生の方からです。「実際に教室で授業を落ち着いて受けることが難しい子がいたとして、教員である私たちができるアプローチは、授業改善以外にどのようなものがあるでしょうか。子供を見捨てることはあってはならないし、そういう教員にならないという気持ちを今は持っています。でも、実際にそういう状況に立ち会ったときに、どんなアプローチができるのか、今はまだはっきりと答えがなく不安があります」

木村 座らない子なんて、山ほどいます。

良い先生になろうという思いが先走りすぎて、「この子を座らさなければ」と先生の力が勝ってしまうと、結果として子供は学校に来なくなります。「良い先生になる」「良い学級をつくる」などは、どれも主語が教師です。教員志望の学生さんは大学でいろいろなことを学ぶと思いますが、学校教育は算数の計算とは違います。正解なんてなくて、どの答えも教材研究の一つに過ぎません。どんなときも答えは、目の前の子供の中にしかないということを忘れないでください。

教師が「教えるプロ」と言われていた時代は、先生が上から目線で子供に教えていました。大切なのは子供に学ぶこと、今の時代の教師は「子供に学ぶプロ」なんです。だから「どうやってこの子を座らせよう」ではなく、「どうしたらこの子が座れるか」と考えなければいけません。私はいつも周りの子供に「なあ、あいつはどうしたら落ち着くかな?」と聞いていました。すると「あいつはこんなとき不安を感じるんだよ」「先生さっき『一人でやれ』と言ったけど、それを『みんなでやろう』と言い換えたら、教室に絶対戻ってくるよ」などとアドバイスをもらえる。そうやって日々、子供たちに教えてもらっていました。

宮口 「座っていられない子をどうしたらいいですか」という質問は、教育相談でもよく出ます。木村先生のおっしゃる通り、教師が他の子から学ぼうとするのは、とてもいい方法ですよね。実は、子供同士はすごく観察し合っていますから。

専門家として別の視点からアドバイスさせていただきます。授業改善以外とありますが、ちょっと違った視点で授業や学校生活で工夫できることはないか、振り返ってみるのも効果的なのではないでしょうか。例えば、「コグトレ」のワークシートを子供にやってもらう場合、まず「2分間は落ち着いてみよう」と声を掛け、それ以降は立ち歩いてもいいというルールを作ります。こうやって短い時間でもよいので集中するトレーニングを積み重ねると、だんだん集中できる時間が伸びていくんです。

あとは、身体を使いながら集中力を付けるトレーニングもあります。「歩く」「走る」「止まる」のサインをそれぞれ決めておいて、それをランダムに出してゲーム感覚で取り組ませるのです。木村先生のおっしゃる子供視点での学級運営と、これらのトレーニングを併用しながらやってみるといいかもしれませんね。

木村 「コグトレ」を授業中にやるのもいいですよね。大空小では、一つの教室の中で、子供たちが違うメニューで学習しているのが、当たり前でした。「あの子が動き回るから、集中して授業を受けられない」なんて空気を教室につくってしまうと、その子たちは社会に出て通用しません。他人のせいにせずに集中して学ぶという力を、子供たち一人一人が養える環境を整えるのが、教師の役割の一つです。

宮口幸治教授

宮口 今の話を聞いていて、少年院時代のことを思い出しました。彼らもトレーニングをやり始めた頃は、落ち着かないのは当たり前だし、そもそもやる気がありませんでした。これでは駄目だと思って考え付いたのは、彼らを教壇に立たせて先生役をやってもらうことです。すると彼らのモチベーションが上がって、学習態度が劇的に変わりました。

子供でも大人でもそうですが、誰かにやらされている状態よりも、自分が誰かの役に立っているという状態の方がうれしいし、やる気を刺激するのではないでしょうか。だから、もし授業に集中できない児童生徒がいるならば、「問題を出す係をしてよ」と声を掛けてみたら、喜んで授業に参加するかもしれません。

全ての子供は学校でしか救えない
――今日のテーマは「学校でしか救えない子供たち」です。これは宮口教授が以前のインタビューでおっしゃっていた言葉で、学校教育に携わる人間には響くものがあります。それに関連した質問で、「1クラスに35~40人がいる中で、木村先生や宮口先生がおっしゃるような個別最適化された学びを展開するのは難しいのではないかと思います。『学校でしか救えない子供』というのは、実はいないのではないでしょうか」といったご意見が寄せられています。

木村 これは一言で。今の学校の在り方、組織、職員構成、校務分掌、そもそも学校は何をするところなのか。それらを全部問い直すと、全ての子供は学校でしか救えないという結論に至ります。だからチャレンジしてみてください。このコメントをくれた人に、学校はあるものではなく、つくるものなんだよとメッセージを送ります。

宮口 その通りですね。全部やろうではなく、できることから一つずつ始めてほしいと思います。

病院と少年院を経験した私から見ても、学校でしか救えない子供がいるのは事実です。子供たちの99%以上が義務教育に通っていますし、病院に来られるのはほんの一部です。義務教育が終わり、社会に出ると、放っておかれる可能性があります。そして最悪、犯罪に関わって少年院や刑務所に行ってしまうケースもあります。例えば、少年院に入った場合、義務教育段階の小中学生ならば先生方が面会に来てくれて、何とか社会復帰させようと頑張ってくれます。一方で高校生の場合は、少年院に入った時点で大抵が退学になってしまいます。学校は最後のとりでであり、本当に学校しかないのです。

木村 2018、19年度のたった2年間で、649人もの小中高生が自死しています。1日1人以上の子供が自ら命を絶っていっている。学校という救える場所がありながらです。「学校が」「教師が」「特別支援教育が」などと言う前に、私たちはこの数字を謙虚に受け止めなければなりません。この数は私の心に、強烈に突き刺さりました。障害があろうと、親に虐待されていようと、貧困だろうと、どんな環境にいようとも、困っている子供が困らないようになる学校はどうやってつくっていけばいいのでしょうか。

何より、子供を「育てる」学校から、子供が「育つ」学校に変えていかねばなりません。それは教師、管理職、保護者、地域の人、みんなの課題です。1秒先は未来です。「校長が悪い」「教委が悪い」「保護者が悪い」などと1秒前の過去を否定する行為はやめて、「自分が変わろう」と思ったら、子供たちの吸う空気も変わるでしょう。学校は子供の「命」以外に守るべきものはありません。

【プロフィール】

木村泰子(きむら・やすこ)大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画『みんなの学校』で知られる、大阪市立大空小学校の初代校長。同校では「全ての子供の学習権を保障する」という理念の下、教職員や地域の人たちと共に、障害の有無にかかわらず、全ての子供がいつも一緒に学んでいる。退職後は、全国で講演活動などを行う。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」をつくるために』(ともに小学館)など。

宮口幸治(みやぐち・こうじ)立命館大学教授。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。医学博士、日本精神神経学会専門医、子どものこころ専門医、臨床心理士、公認心理師。京都大学工学部卒業、建設コンサルタント会社勤務の後、神戸大学医学部医学科卒業。大阪府立精神医療センターなどを勤務の後、法務省宮川医療少年院、交野女子学院医務課長を経て、2016年より現職。児童精神科医として、困っている子供たちの支援を多職種協働で行う「日本COG-TR学会」を主宰し、全国で教員等向けに研修を行っている。著書に『コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング』(三輪書店)、『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社)など。

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