【3.11から10年】この10年で防災教育はどう変わったか

もしまた、あの時と同じような災害が起きたとしたら、子供たちの命を守れるだろうか――。東日本大震災から10年がたち、防災教育の重要さが改めてクローズアップされるとともに、各地で新たな試みも広がってきている。当時、学校管理下になかったにも関わらず、全児童が自分の判断で避難して無事だった岩手県釜石市立釜石小学校で行われている「下校時避難訓練」や、静岡大学教育学部の藤井基貴研究室で進められている「防災道徳」の取り組みから、これから必要な防災教育についてひもといていく。

この特集の一覧

「自分の判断で行動する力」を育む

2011年3月11日、岩手県釜石市立釜石小学校は学年末の短縮授業だった。児童は午後1時には下校し、子供たちは普段通りの放課後を過ごしていた。

そして午後2時46分、大地震と津波が街を襲う。公園で友達と遊んでいた子、海で釣りをしていた子、自宅で過ごしていた子……。子供たちは、その時に自分がいた場所から最適だと思う避難所へ、自分の判断で避難した。海に近い自宅に居た子は、すぐに津波がくるだろうから、避難所に逃げるよりも2階に上がった方が良いと判断し、難を逃れた。

同小の当時184人の児童は、学校管理下になかったにも関わらず、全員が無事だった。

こうした子供たちの「自分の判断で行動する力」は、どのように身に付いていたのだろうか。同小の沖拓(ひろむ)教諭は「震災の3年前から行っている下校時避難訓練が影響しているのではないか」と分析する。

08年度、当時の校長が学校経営の柱に防災教育を位置付け、「自分の命は自分で守ることのできる力を育むこと」を目的とし、その一環としてスタートしたのが下校時避難訓練だ。

同小は高台にあり浸水区域ではないが、学区は浸水区域となっている。学校から家に帰る途中で大きな地震が起こり、津波が来ることを想定し、毎年10月にこの訓練を重ねている。

「下校時避難訓練」を行う釜石小の子供たち(釜石小提供)

訓練時、児童は地区ごとに集団下校する。同市の防災危機管理課の協力を得て、下校途中に防災無線で地震発生のサイレンが流れる。子供たちはまず身の安全を確保した上で、少しして津波警報のサイレンが鳴ったら、その場所から一番良いと思う避難場所を自分たちで考え、そこに避難する。サイレンが鳴るタイミングは事前に知らされておらず、毎回違う場所で鳴るため、子供たちは幾つもの避難場所が頭に入っているという。

教職員も近くにはいるが、あくまで見守る立場を取り、判断は子供たちに任せている。訓練後に各避難場所に集まった子供たちと、「同じ距離ぐらいの避難場所があちらにもあったが、こっちを選んだのはなぜか?」「もっと高いところの避難場所にいけたのではないか」などと、その日の避難行動について振り返りをすることが、さらなる意識の定着にもつながっている。

また、同小では訓練だけでなく、デジタル版防災マップを作ったり、津波のメカニズムや被害について学んだりするほか、保護者とともに命の大切さを学ぶ授業も行うなど、年間を通してさまざまな防災教育を行っている。

沖教諭は「あの日も、知識と判断力という両輪がうまく重なって避難することにつながった。知識を教え込むだけでは子供の心に響かず、何も残らない。命の大切さを感じられる子供に育てるという強い思いが、教師には必要だと思います」と、防災教育への思いを語った。

災害時の葛藤を与えて考えさせる「防災道徳」
小学校で「防災道徳」の出前授業を行う藤井研究室の学生(藤井研究室提供)

藤井基貴・静岡大学教育学部准教授の研究室では、2011年から「防災道徳」に取り組んでいる。もともと同研究室では道徳教育の教材開発をしていたが、東日本大震災後、学生から「道徳教育の中で防災教育をやるべきではないか」と声が上がり、そこから「防災道徳」の教材づくりがスタートしたという。

震災後、学生らは宮城県気仙沼市に行き、被災者らにインタビューしたところ、災害時にはさまざまな葛藤があったことを知った。例えば、語り部からは「今でもあの時、おばあさんを先に助けに行けばよかったのではないかと思っている」と聞いた。自分が避難するか、それとも誰かを救助しにいくのか――。そうした葛藤の末、命を落としてしまった人も少なくなかった。

こうしたヒアリングから、同研究室では災害時に実際に起きた道徳的葛藤にフォーカスし、リアリティーのある読み物教材を作り上げていった。今では、全国の小中学校150校以上で活用されている。

また、同研究室の学生は、静岡県などの小中学校で出前授業も行なっている。

「下校中に地震が起きました。さっき通った公園では、下級生たちが遊んでいました。あなたは、自分がまず避難場所へ避難しますか? それとも、公園まで戻って下級生を救助しに行きますか?」

そう問い掛けると、子供たちは「自分の命が大切だから、まず自分が避難する。下級生もきっと自分で避難すると思う」「でも、下級生はどこに行けばいいのか分からないかも。自分が戻ってその子たちも救えるならばその方がいいから、私は戻る」などと、それぞれの意見を出し合っていく。この問いに正解などないからこそ、子供たちは葛藤する。

この防災道徳の狙いについて、藤井准教授は「答えのない災害時の判断について議論し、葛藤を与えることで、災害を自分事化することができる」と話す。さらに、「ここで『答えはないよね』で終わるのではなく、そうならないためにどうすれば良いのかを話し合うことが大切」と強調する。

「じゃあ、みんなの命が助かるためには、どうすれば良かったのかな?」

学生がそう子供たちに問い掛けると、「学校外での避難訓練をしてみる」「下級生にも地震が起きたら、すぐに避難場所に向かうようにもっと教える」と、葛藤を生まないための解決策を考えていく。

藤井准教授は「避難訓練と防災マップを調べることは、防災教育において鉄板であり、今後も必ずやらなければいけない。避難訓練はいわば白飯のような存在で、それをおいしく食べるにはおかずが必要なのに、これまでの防災教育は、おかずなしで白飯を3杯も5杯も食べていたようなものだ。避難訓練をもっと実りあるものにするためには、防災教育の多様化が必要ではないか」と訴え掛ける。

防災教育のシフトチェンジを

内閣府の「防災教育・周知啓発ワーキンググループ」防災教育チームの座長も務める片田敏孝・東大大学院情報学環特任教授は、東日本大震災当時を振り返り、「しっかり子供の命を守れた学校もあれば、そうでない学校もあった。学校側は、改めて『生きる力』を育む防災教育について考えさせられることになった」と指摘する。

昼休みに校庭で子供たちが遊んでいるときに地震が発生。そうすると子供たちは教室に戻って、机の下に隠れた――。

「予定調和の防災教育では子供の命は守れない」と片田教授(片田教授提供)

うそのような話だが、これは実際にあった事例だと言う。「地震が起きたら机の下に隠れなさい、というマニュアル通りの防災教育をやっていると、こうしたことが起こる。規範化された知識偏重型教育の弊害だ」と片田教授は警鐘を鳴らす。

「災害はどう展開するか分からない。『防災意識の高い子=マニュアル通りに動ける子』ではない。困ったときにすぐに先生の判断を仰いだり委ねたりするのではなく、自分で判断して自分で行動する、子供の主体的な行動を育むための教育手法の普及が必要だ」と、これからの防災教育に必要な視点を投げ掛けた。

また、震災から10年がたち、被災地でも震災を経験していない子供たちが増えた。釜石小学校の沖教諭は「今は防災教育のシフトチェンジの時期」だと感じている。

「震災直後はショックの大きい子供たちが多かったので、防災教育を進めることに躊躇(ちゅうちょ)した時期もあった。しかし、今は被災経験がなかったり、記憶が薄れたりしている子が多いので、そういう子供たちに1から教えていく時期になってきたのではないか」

同小では、津波などの知識はもちろん教えるが、子供たちにただ恐怖心や不安感だけを持たせるのではなく、まず釜石のいいところや魅力を考えさせるようにしているという。

「釜石はこういういいところだけれども、時に災害も起こる。その時に自分の命を守るためにどうすればいいのかを勉強する、ということを意識させている」と語る。

 (松井聡美)

この特集の一覧

関連