【北欧の教育最前線】「こぼれ落ちた人たち」にも開かれた民衆大学

スウェーデンはリカレント教育を提唱した国であり、生涯学習先進国として注目されてきた。成人の学習活動への参加率は、EU内トップである(2018年時)。そうした学習機会は、学校からこぼれ落ち、いわゆる「一般ルート」から離れてしまった若者たちの「学び直し」の場にもなっている。

この連載の一覧

フォルケホイスコーレを起源とする民衆大学
スウェーデン南部にある民衆大学の外観

スウェーデンでは、学齢期を過ぎた大人が学ぶ場として、多様な学習機会が設けられている。例えば、中学校や高校の科目などを学べる公的成人教育機関、スウェーデンに移住してきた人たちのためのスウェーデン語教育機関、スウェーデン民主社会の基盤を構成していると言われる学習サークル、そして、今回取り上げる民衆大学などだ。これらは、施設利用料や教材費などは実費だが、授業料は無料となっている。

民衆大学は、デンマークのフォルケホイスコーレを起源とし、理念は継承しつつもスウェーデンで独自に発展してきた。民衆大学は大きく4つのコースに分かれており、①高校卒業認定のためのコース②専門性を磨くためのコース③職業資格を得るためのコース③余暇のための短期コース――がある。

近年、多くの民衆大学は、国の補助金が減額されて経営難に陥っている。そのため学習者獲得を目指してマーケティングに力を注がなければならなくなり、また、収益獲得のために短期コースが増設された。

こうしたスタッフへの負担増加に加えて、修了者の大学進学率など数値による評価が重視されるようになり、以前のように個々の学習者に向き合う教育を提供することが難しくなっている。「自由と自発性」を理念に掲げ、民主的な教育の場を目指してはいるものの、思い通りにならないことに関係者はもどかしい気持ちを抱えている。

多様な人生経験をもつ学習者
民衆大学での授業の様子

一方で、民衆大学の学習者に目を向けると、資格取得などの制度を利用しつつ、たくましく生きる姿が浮かび上がる。

民衆大学には、移民や障害がある人など、長らく社会の周辺に位置付けられていた人々も多く参加している。ある女性は、15歳で難民としてスウェーデンに来た。彼女は、諸事情で10年以上、不法滞在せざるを得なかったが、自身と似たような境遇の女性を支援するという夢を持ち、民衆大学で学びはじめ、大学に進学してソーシャルワーカーになった。

紛争や宗教的背景により母国では十分に学校に通うことができなかった女性が、自身の夢を実現するための第一歩として民衆大学に通い、社会改善の一端を担うことになったのだ。

また、別の女性は、小学校の途中から学校に通っておらず、さらに長期にわたり薬物依存症を抱えていた。彼女は、30代になって更生施設で薬物を絶った後に民衆大学に数年間通ったことで、心身とも健康的になった。いまでは、一児の母として市民社会に参加している。民衆大学では単位取得のみを目的としていないため、仲間と共に学ぶ楽しさを覚えたという。

他にも、元交際相手からDVを受け続け、最終的に高次脳機能障害を抱えることになった女性が、病院などでのリハビリテーションを経て民衆大学に通った事例もある。彼女は、少しずつ記憶力や体力を回復させ、精神的にもある程度安定し、民衆大学卒業後は、自身の経験を生かした講演活動を行っている。

日本も含め世界中に、さまざまな事情により満足に学校に通えなかったり、ある日突然、これまでの人生のほぼ全てを失ったりする人がいる。民衆大学の学び手たちの事例は、もっともしんどい状況にある人でも、学ぶことを通して輝かしい将来を描くことができるという希望を与えてくれる。

(松田弥花=まつだ・やか 高知大学教育学部助教。専門は比較教育学、社会教育学、生涯学習論)


この連載の一覧
関連