【3.11から10年】ふたば未来学園 「変革者」たれ!

福島県立ふたば未来学園の実践を通して、震災復興と学校教育を考える企画の第2回は、事故を起こした東京電力福島第一原発が立地する双葉郡大熊町に生まれ、高校の探究学習「未来創造探究」で、地域住民たちと東京電力など廃炉を進める担当者たちがより深い対話に取り組む「高校生と考える廃炉座談会」を主宰し、地域社会にインパクトを与えた2期生、遠藤瞭さん(新潟大学理学部物理学科2年生)の体験を紹介する。こうした探究学習に取り組むふたば未来学園で、スクールミッションに掲げる「変革者の育成」に向け、教員たちが人材育成の考え方を共有していく様子もたどってみたい。

(教育新聞編集委員 佐野領)

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10歳で被災を体験 廃炉に強い関心

遠藤さんが10歳まで育ったのは、東京電力福島第一原発から5キロほど離れた大熊町の住宅地。2011年3月11日に東日本大震災と原発事故が起き、小学4年生だった遠藤さんは、東京電力の社員として原発で働いていた父親を残して、母親、2歳年長の姉と3人で祖父母が住むいわき市に避難。さらに親戚のいる東京都内に一時避難した。

同年4月、大熊町の役場や学校が会津若松市に移転して再開されることになり、家族で再び移動。それから、小学5年生から中学3年生まで、会津若松市で5年間、大熊町立の小学校と中学校に通った。原発事故が起きてから、最初に父親に会えたのは2週間後。会津若松市に移ってからは、父親に会えるのは休日だけという状態が続いた。

東京電力福島第一原発の廃炉作業現場を見学する遠藤瞭さん(右端)

こうして10代前半を過ごした遠藤さんは、事故を起こした原発の廃炉に強い関心を持つようになった。

「きっかけは、小学校と中学校でやった『ふるさと創造学』の授業でした。なぜ自分たちが会津若松市に来ることになったのか、どうして大熊町に戻れないのか、放射線とは何なのか。分からないことだらけだったので、おのおのが自分の興味に従って調べることから始まりました」。ふるさと創造学は、双葉郡8町村の小中学校が地域を題材に取り組む探究型の学習活動で、「総合的な学習の時間」を中心に現在も続けられている。

「中学校では、放射性廃棄物をどうするかをテーマに、授業で勉強するようになり、そのころから『将来は廃炉に関係することに取り組みたいな』と思い始めました」

高校進学が迫ってきたとき、学力も高かった遠藤さんは、県内で最上位の進学校に進むか、ふるさと創造学のような探究学習ができるふたば未来学園に行くか、すごく迷ったという。中学校の教員を含め、周囲の大人たちは、進学校を強く勧めた。そうした反対を押し切ってふたば未来学園を選んだ理由について、遠藤さんは「探究学習や海外研修は、ここでしか受けられない。これが決定打になった」と話す。父親が通勤しやすいように、いわき市に家族で引っ越し、遠藤さんは隣接する双葉郡広野町にあるふたば未来学園に自宅から通学し始めた。

教育目標は「変革者の育成」 教員たちは戸惑った

遠藤さんが期待した先進的な探究学習「未来創造探究」は、当然ながら、ふたば未来学園の教育目標に沿って実践されている。教育目標は「新しい生き方、新しい社会の建設を目指し、地域や世界を舞台にして、これまでの価値観、社会のあり方を根本から見直し、自らを変革し、地域を変革し、社会を変革していく『変革者』を育成する」とある。

「建学の精神は『変革者たれ』です。まず、実現したい社会像として『知識基盤社会』『自由で豊かな人生の実現』『循環型の持続可能な社会の実現』などと挙げていき、これを実現できる人材を育てようと考えたら、『変革者の育成』がスクールミッションになりました」。南郷市兵副校長は、丹野純一・初代校長(福島県教委高校教育課長)とともに、この建学の精神を作った経緯を、こう説明する。

ところが、15年4月に開校した当初、この建学の精神は、福島県内の各地から着任したばかりの教員たちに全く浸透しなかった。

「先生たちは『言っている意味が分からない』と言うわけです。新設校では通常、1年前には教員を全員集めて準備室を作りますが、ふたば未来学園の場合、一刻も早く開校しないと被災した子供たちの世代がどんどん上がっていってしまうので、すごく急いで作りました。だから、先生たちは4月1日に着任して、1週間後の4月8日には開校式・入学式を迎えた。授業を開始したら間もなく、空中分解しそうになってしまいました」

ふたば未来学園の人材育成要件をまとめたルーブリック(ふたば未来学園提供)

南郷副校長は率直に説明する。それぞれの教科指導ではベテランの教員たちでも、いきなり「変革者を育成しろ」と校長や副校長から言われれば、戸惑うのも当然だろう。このため、4月中旬、全ての教員が無理やり時間をとって集まり、「3年後に子供たちのどういう姿を実現するのか」を話し合った。その結果をまとめた一覧表が、ふたば未来学園の人材育成の指針を示すルーブリックだ=図1

「実はこれ、OECD東北スクールでやった経験がありました。非常にハードなプロジェクトだったので、先生たちは途中で挫折しそうになりました。そのときに原点に立ち返ろうと言って、2年半後に子供らをどんな姿にしていきたいのかをテーマに、田村学教授の司会でワークショップをやり、資質と能力の表を設定しました。それをふたば未来学園でもやるべきだと考えました」

縦軸には、知識、技能(スキル)、人格、メタ認知などの資質・能力が10項目に分けて並べられ、それぞれ項目ごとにレベル1からレベル5まで説明が書き込まれている。

この中で、福島県内の各地から赴任した教員たちが、生徒たちに育成すべき項目として一番に挙げたのは、「寛容さ」だった。レベル1では「集団や他者との中で、他者を気づかえる」とある。これがレベル3に上がると「集団や他者に対して、思いやりを持って行動し、周囲の幸せを考えることができる」となり、最高水準のレベル5では「考えの違う他者の意見や存在を、自分や社会をより良くしていくための重要なものと考えて、受け入れられる」となっていく。

「原発関係者と地元住民とか、避難先に家を建てた人と帰還を決めた人とか、双葉郡ではそういう不幸な対立が非常に多かった。それが『寛容さ』を重視する背景にあります。1年生のとき、地域の課題を描く演劇の授業を通じて、最初に取り組む項目です」

もう一つ、「表現・発信力」にもこだわった。レベル2では「突然指名されたときでも臆せず、集団の前で、自分の意見や考えを相手に伝わるように表現できる」となっているが、レベル5では「多様な人々へ、熱意とストーリーを持って腑(ふ)に落ちる形で説得力ある発信を行い、共感を得ることができる」ところまで上がっていく。

「生徒を海外研修に連れて行くと、『福島は住んでも大丈夫なのか』と、よく聞かれます。悪意があるわけではなく、普通にそう思われている。このときに、ただ愛想笑いするだけでは悪評につながるし、その評価のまま風化させてしまう。だから、突然問われたときに、相手が大人であっても、ちゃんと自分の言葉で答えられないといけない。そのときに出てくる言葉には、力があります。レベルが上がると、論理的な発信だけじゃなくて、情緒も含めて、人々の共感を得ながら行動できる人材になることを目指します」

こういう資質や能力を生徒たちに育んでいくことが「変革者を育成する」という建学の精神を実践する意味になる。南郷副校長は「これを作った時に初めて先生たちは、みんなで何を目指すのか、納得できた。そういう出発点であり、目指すべきゴールです」と説明する。これを実践する上で、コアとなるカリキュラムが、探究学習「未来創造探究」と位置付けられている。

大切なのは「ちゃんと対話をすること」だと気付いた
友人とともに東京電力福島第一原発の廃炉作業現場を訪ねた遠藤瞭さん(右端)

こうした意欲的なカリキュラムが少しずつ軌道に乗り、最初の1年間が過ぎた16年4月、遠藤さんは2期生としてふたば未来学園に入学した。

中学生の段階から原発の廃炉に強い関心があり、トップクラスの進学校に行ける学力を持っていた遠藤さんにとって、ふたば未来学園での探究学習は、ずいぶん相性がよかったようだ。探究学習で大きな関門となるテーマ設定の難しさと注意点について、生徒の目線から的確に説明してくれた。

「未来創造探究は、最終的には自分でテーマを見つけ、それに対して探究する授業ですが、このテーマ設定がすごく難しい。一番みんなが苦戦するところです。ちゃんと現状を捉えられなくて、自分の偏った見方で考えてしまうと、間違った問いを立ててしまいます。例えば、廃炉作業の現場で働いている作業員と、住民の間に何か対立があると自分で思い込み、そういう問いを立ててしまうと、実際の現場では意外と仲良く共存共栄していることが見えなくなる。だから、1年次は、バスツアーで地域の人に話を聞くなど基礎知識のインプットを徹底し、事実を正確に、ありのままに捉えていきます。2年次以降は少しずつ課題や問題点を考えていきます」

探究学習は「基礎を学ぶ段階」を踏まえた上で、自分のテーマを設定する「探究を進める段階」に入っていくのが手順になる。ふたば未来学園の未来創造探究では、まず1年生で2コマ設定される「産業社会と人間」で、まず大型バスに乗って地域の人々に会うツアーに参加し、そこで見いだした課題を演劇で表現。これを通じて生徒たちはメタ認知能力を磨く。2年生と3年生では「未来創造探究」が3コマずつ設定され、自分のテーマについて探究を深めていく。

遠藤さんが選んだ未来創造探究のテーマは「廃炉に向けた合意形成のあり方」。だが、「最初はこのテーマを考えていたわけではなかった。漠然と廃炉をもっと勉強したいと思っていた」という。テーマを絞り込んでいく過程を見ていこう。

探究学習の基礎を学ぶ段階だった1年生のころ、南郷副校長ら教員たちは、経産省・資源エネルギー庁や原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)などが行う学外のフォーラムなどの開催情報を提供。遠藤さんは積極的に参加するようになっていた。

「そうしたフォーラムの多くは住民参加の形をとっていましたが、何回か参加すると、住民側の参加者はいつも同じ人で、一部の興味ある人だけが参加していることが分かってきました。廃炉を進める人たちは『科学的に安全性が分かっています。理解してください』と言うばかりで、すごく一方的な内容に感じました。それでいて、ホームページや新聞、雑誌では『フォーラムで理解を求めました』なんて書いてある。そういう進め方でいいんだろうか、と疑問を持つようになりました」

もやもやを抱えていた遠藤さんは、廃炉に関する理解促進活動を行っている地元の一般社団法人AFWの勉強会に参加したとき、大きな気付きがあった、という。

「放射性物質を含むトリチウム水の勉強会でしたが、説明がすごく分かりやすかった。模型を使いながら、少人数で複数回やる形でした。質問もしやすくて、これまで出席してきたフォーラムとは全く形式が違いました。その時感じたのは、『大事なのは、科学的な安全性の話だけではない』ということです。こういう課題があるからこそ、『ちゃんと相手と双方向でコミュニケーションをとることが大事なんだ』と分かりました。そこから行き着いたのが『対話がどうあるべきか』というテーマです」

分断や対立が注目されがちな原発事故の被災地で、地域の復興と廃炉を進めていくためには、地域住民、東京電力など廃炉を進める廃炉実行主体、研究者や学生などが、きちんとしたコミュニケーションを図る必要がある。これまでのやり方が不十分なのだとすれば、対話のあり方そのものをきちんと考え直すところから始めなければならないはずだ、というのが遠藤さんの問題意識だった。

テーマ設定が固まったら、あとは行動を加速するしかない。「自分が問題だと思ったところを、どうすれば解消できるかを考えて、みんながちゃんとしたコミュニケーションをできる対話の場を作ることにしました」。高校3年生に進級したばかりだった遠藤さんは、教員たちと相談し、立場の違う大人たちと高校生が一緒に参加する対話の座談会を夏に実現することを決めた。課題解決の道筋を探る全てのプロセスが、そのまま探究学習になっていく。

六ヶ所村・中間貯蔵施設の衝撃
遠藤瞭さんの探究学習を支えた連携先(ふたば未来学園提供)

対話の座談会に先立ち、遠藤さんは、教員らとともに、青森県六ヶ所村に原発の使用済み核燃料を一時保管する中間貯蔵施設を見学した。遠藤さんが核廃棄物について調べるうちに知り合った日本原子力研究開発機構(JAEA)の担当者の紹介だった。地域の課題解決に取り組んだ遠藤さんが培った人脈は、高校生とは思えないほど幅広い。見学には、いわき市で地域の対話活動を続ける女性弁護士も同行している。こうした専門家や地域の大人たちが遠藤さんの探究学習を支えた=図2

「六ヶ所村の中間貯蔵施設は、すごく考えさせられた場所でした。中間貯蔵と言っておきながら、そこにいつまで置くんだろう。どこかの小さな田舎の誰かが犠牲になった上で、みんなの生活が成り立っていて、それをみんなが知らない。そういう構図になってしまってはいけない、と思います」

遠藤さんが生まれた大熊町はいま、福島県内の除染に伴って発生した土壌や廃棄物等を一時的に保管する中間貯蔵施設を受け入れており、東京電力福島第一原発の周辺に除染土壌が運び込まれている。遠藤さんは「除染土壌自体はそれほど放射線の線量が高くないので、六ヶ所村とはレベルが全然違います。でも、中間貯蔵という名前で、最終的に押し付けられるのかもしれない、というところは一緒です」と話す。

同行した南郷副校長は「(遠藤さんは)ショックを受けていました。六ヶ所村の広大な核廃棄物の貯蔵施設に、どうしても大熊町が重なりましたから。どうしていけばいいんだろうねと、宿で語らいました」と振り返る。スクールミッションで開校の背景に挙げられた「解決困難なさまざまな課題」が、ふたば未来学園のすぐ近くに横たわっている。

安心して発言できる信頼関係が対話を成立させる
2019年9月、G20サミット教育関連イベントで英語で報告する遠藤瞭さん(右端)

2018年7月28日、いわき市にあった総合スーパーの2階で、遠藤さんが企画した「高校生と考える廃炉座談会」が開かれた。

開催場所にスーパーを選んだ理由について、遠藤さんは「2階はフリースペースになっているので、偶然通りかかった人も立ち寄りやすい。少しでも敷居が下がるように考えました」と説明する。参加者はいくつかのグループに分けて座るように配慮し、「少人数で双方向のコミュニケーションがとりやすいように気をつけた」という。

廃炉を進める立場からは、東京電力、JAEA、経産省・資源エネルギー庁の担当者が数人ずつ参加。ふたば未来学園の生徒も何人も参加した。ただ、住民の参加は「知り合いに、もう一人ずつ連れてきてもらったぐらい」で苦戦した。

対話のあり方を考えるのがテーマだったので、最初は簡単な自己紹介から始まった。「その人のバックグラウンドを共有して、その人にとっての廃炉や復興がどういうものか」をお互いに聞いた。最後は「どういうふうに対話していけば、これからうまくいくんだろうね」「今どういうところに問題があるんだろうね」といった今後の課題について、お互いの考えを話し合い、座談会を終えた。

印象に残っているのは、参加者が書いてくれた感想だった。遠藤さんは「今までフォーラムなどによく参加してきた人が『こういうふうに話せたことはなかった』とコメントしてくれました。住民と東京電力が話すという構図ではなく、顔の見える関係性で人と人が対話する進め方は、すごく有意義だな、と改めて実感できました」と話す。こうした探究学習の成果について、遠藤さんは主要国の教育関係者が参加した19年9月のG20サミット教育関連イベントで実践例を英語で報告したほか、日本原子力学会の学会誌「ATOMOΣ」に寄稿するなど、周囲から高く評価された。

分裂や対立が強調されがちな原発事故の被災地だからこそ、双方向のコミュニケーションがきちんと成り立つ対話が大切だと考えた遠藤さんにとって、「いい対話」とはどのようなものだろうか。インタビューで聞いてみると、「うーん」としばらく黙って考えてから、「これは後で気付いたことですが」と話し出した。

「住民側が聞きたいことと、東京電力など廃炉実行主体側が発信していることの食い違いが、すごく問題になっています。特に東京電力は、発信する情報に大きな責任が生じてしまうので、確証のないことは言えない。もし『こうだと思う』という話をして、それが結果として違ってしまったら、『あのとき、ああ言ったじゃないか』と言葉尻を取り上げられてしまう。そういう関係性があるから、なかなか距離感が縮まらない」

では、どうしたら、もっときちんとした対話が成り立つようになるのか。

「もう少しお互いを認め合うというか、許し合うというか。安心して発言できる場ができたらいいな、と思います。住民側は分からないことをちゃんと『分からない』と言えるようにする。東電側も同じで『ここは分かっていないんです』『ここは今の時点では、こういうふうに考えています』というところまで言う。そういう距離感や関係性だったら、もう少し意義のある対話ができるでしょう。お互いに信頼関係が成り立つような、対話の場が作れたらいい、と思います」

お互いに安心して発言できる心理的安全性が確保されるためには、相手と互いに認め合ったり、許し合ったりしなければならない。遠藤さんの言葉からは、ふたば未来学園の教員たちがルーブリックで最も重視した「寛容さ」という資質が、しっかりと生徒の中に根付いていることを感じさせてくれた。

遠藤さんの探究学習の成果について、南郷副校長は「今の福島が抱える廃炉を巡る問題に、専門家や地域がどう関わるべきか。これについて、彼は自分の価値観を確立していったんです」と説明する。「でも、そこまでいける生徒は少ない。表面的に地域課題を捉えたり、ステレオタイプに押し込めてしまったりすることが、まだまだ多い。本質的な課題にしっかり目を向け、先人の知恵をつかんで実社会で生かしていく力にこだわって、未来創造探究をやっていきたい」と言葉に力を込めた。

遠藤さんは、これから大学、大学院と研究者の道を歩み、廃炉関連の仕事に就きたいと考えている。「高校時代に対話について考えた時間は、将来、自分がなりたい研究者像にすごく影響していると思います。専門領域だけをやるのではなく、専門知識をきちんと持ちながらも、コミュニケーションに重きを置いてやっていくような研究者になりたい。これはふたば未来学園での学びがないと考えなかったかな、と思っています」と、取材の最後に抱負を語ってくれた。

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