【工藤校長×仁禮代表】 個の幸せを超えた社会を描く

「教育こそが、世界中のさまざまな課題を解決する基盤にあるはず。だから教員は、環境や他人のせいにしてはいけない」――。新型コロナウイルス感染症や諸外国の分断、環境問題など、世界規模でますます深刻化する社会問題の数々。横浜創英中学・高等学校の工藤勇一校長と、民間で起業家教育プログラムを小中高生に提供するTimeLeapの仁禮(にれい)彩香代表による対談の2回目では、より良い社会をつくるための教育の在り方について語ってもらった。全3回の第2回。

(司会・教育新聞記者 板井海奈)

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就職活動が大きな壁に
――若者の当事者意識の低さについて、さまざまな指摘があります。同世代として、仁禮さんはどのように見ていますか。

仁禮 私は現在23歳ですが、一概に世代でくくるのは難しいでしょう。私のように学生で起業していると、周りにも当事者意識を持った同世代が集まります。個人的には、当事者意識を持って自分たちの社会の課題を解決していこうとしている若い世代は、増えているような実感があります。私たち「Z世代」が、新しいものや新しい価値を生み出し、新しい視点で世の中にインパクトを与えようとしている実践事例を、これからもどんどん増やしていきたいです。

一方で、そうではない若者がいることも事実です。例えば、同世代の多くが、就職活動で大きな挫折を味わっています。彼らの多くが、これまでの学校生活を自分で意思決定することなく歩んできたにもかかわらず、就職活動で初めて、「あなたはどんな人ですか?」「この会社にどう貢献してくれますか?」と問われます。決められた正解を回答して評価されてきたのに、急に自分で何かを決めたり、自分の個性やスキルについてアピールしたりしなければならないわけです。そういうことに慣れていないのでどうしたらよいか分からず、自分のアイデンティティーを無理やり形成しようと戸惑ったり、メンタルを崩したりする人も少なくありません。

その意味でも、中学や高校の段階で、たとえ小さなことでも構わないので自分で何かを決めるプロセスが踏めるようになればいいのではないでしょうか。そうした機会があれば、大学生以降、社会に出たとしても、自分の意思で自由に物事を捉え、選択できる人が増えるのではないかと思います。

ありのままを受け入れ、考える
――読者から事前に、教師の当事者意識についての指摘が数多くありました。例えば「教師自身が意思決定できない環境にあるから、それが子供に反映されているのではないか」といったものです。
工藤校長

工藤 教師自身の当事者意識が薄れている点は、長きに渡る日本の大きな課題です。学校現場にはたくさんの課題が溢れていますが、すぐにも改善できることすらできない組織が多くみられます。

例えば、学校行事については「多すぎる」という意見がある一方で、「いや、この行事は大切だ」という主張もある。こういった意見の対立が生じるのは、ごく普通のことです。多様性を受け入れるというのは、そこで発生する対立やジレンマも含め受け止めるということなのです。「みんな違っていい」「多様性を受け入れる時代だ」と口では簡単に言えますが、私たちは行動に移すことに慣れていません。だから対立から逃げて、「取りあえず例年通りでいこう」と諦めてしまいます。

つまり教員自身が、自分たちで課題解決に向けて試行錯誤する習慣がないのです。大半の人が「自由な環境にいないから変えられない」と考えているかもしれませんが、実は自分たちで変えられることはたくさんあります。それを行動に移せないだけなのです。

これは教員だけでなく、私も含めた日本中の大人が総じて、「世の中がうまくいかないのは他人のせい、社会のせい、環境のせいだ」と捉えているからではないでしょうか。つまり、私たちは今の日本のありのままを受け入れられなくなっています。そして、理想像として他の国と比べ、みんなで不幸だと嘆いている。この社会こそが私たちの生きている社会なのだから、不幸になる必要は全くなくて、そのままを受け入れるだけでよいのです。

例えば、自分の職場一つとってみても、職場の状況をありのまま受け入れて、自分は何をするべきなのか考えなければいけません。もし、「私にはそんな力がない」なんて言葉を一言でも言ってしまったら、この世界に平和は来ないということでしょう。

今、世界中に広がる問題は、さらに大きい規模で動いています。中国や米国といった大国がある一方で、発展途上国と呼ばれる国もあり、その中で環境問題や食糧問題、紛争などを解決していかなければなりません。SDGsには17の目標がありますが、どの問題に取り組んでも利害の対立が発生し、それを踏まえて物事を決めるのは本当に大変なことです。

自分の学校すら変えることができないと全ての教員が思ってしまったら、この世の中は絶対に救えません。教育こそ、世界中のさまざまな課題を解決する基盤にあるはずですから。教員は、環境や他人のせいにしてはいけないんです。

「みんな違っていい」では社会が滅ぶ
――仁禮さんと工藤校長は「より良い社会」を見据えて、教育実践をされています。それぞれの思う「より良い社会」とは、どのようなものでしょうか。
仁禮代表

仁禮 「より良い社会」の定義は、場所や時代、そこにいるメンバーによって変わるべきではないでしょうか。それぞれの時代や場所によって決めた「良い」に皆が合意できていて、かつ時代に沿って変化させられることが大切だと思います。いったん決めた「より良い」から抜け出せなくなったり、そこに合わなければ「あなたは一員ではない」と排除されたりするようなことは、あってはなりません。

つまり、変化を受け入れられる社会の中で、そこにいる当事者が「より良い」について議論し、新たに決定し続けられる社会が、私の思う「より良い社会」ですね。

工藤 OECDのLearning Frameworkには、2030年の教育のあるべき姿が示されています。そこには、教育の最上位目標として「Well-Being」(身体的、精神的、社会的に満たされた状態)が掲げられ、個人のWell-Beingと社会のWell-Beingについて触れられています。

かつての世界では、自国の経済を豊かにし、戦争に強く、他国と渡り合える国にするために、教育がありました。しかし、それでは社会が持たなくなってきたのです。環境や平和、飢餓、食糧……。地球上には、ありとあらゆる問題が起こっています。どの問題も、どうしても利害の対立が起きるので、簡単には解決しません。

例えば、二酸化炭素の排出を抑えるために、EUは厳しい基準を設けています。すると当然、仕事がなくなる人や、報酬が下がる人など、利益を損ねる人がたくさん生まれます。それでも、世界は全員が幸せになる方向に進んでいかなければなりません。

より良い姿は当然、社会全体としてもいまだに見えませんし、その答えも分かりません。また、より良くするための取り組みが本当に良かったかどうかも、後になってみないと分かりません。それでも、みんなで対話をして、課題を一つ一つクリアしながら進んでいくしかないのです。「みんな違っていい」と言いながら、全員が違うことをやり始めると、必ず社会は滅びます。全員が持続可能な方向を向き、既存の価値観を変えていくために対話をしなければなりません。そのための方法を修得することが、教育の目的の一つです。

自国だけを豊かにしようという考えでは駄目ですし、もしかすると、一人一人がそれぞれ幸せだったらいいという考え方も駄目なのかもしれません。社会全体が持続可能になってこそ、一人一人が生かされていく。教育は、対話を重ねながら価値観を変えていけるような人材を育成していく方向に、シフトしていかなければいけないように思います。

仁禮さんの言うように、「より良い社会」には答えなどなくて、常に変化し続けるものなのかもしれません。

思考し続け、意思決定し続ける

仁禮 工藤先生が指摘された、「一人一人を幸せにしていこうでは足りない」という点が重要だと思いました。日本の教育は、自国の利益に重きを置いた教育から、一人一人が自分の人生を選び取れる、個人の尊重をベースにした教育に移行しつつあります。個人の尊重ももちろん大切ですが、「みんな違っていいよね」で終わってしまっては不十分です。その先にある持続可能な社会の一員として、みんなで生きるための術を考えなければいけないのだと改めて感じます。

確かに「より良い社会」の答えは変化し続けるので、考え続けなければなりません。ただ、その中でも意思決定は必要不可欠です。「先が見えないから、決められないよね」とスルーしてきた課題を、その瞬間、瞬間に「今はみんなでここに向かって進もう」と決めていくことが、求められています。

【プロフィール】

工藤勇一(くどう・ゆういち) 横浜創英中学・高等学校校長。山形県の公立中学校で教壇に立った後、退職し、改めて東京都の公立中学校に数学科教諭として赴任。自身の経験から「無意味なことを強制する理不尽な教師ではだめだ」という理念のもと、荒れた学校で型にはまらない授業を実践。教育委員会に赴任した際には「子供たちのためになる」を第一に掲げ、前代未聞の改革チームを率いた。前任校の東京都千代田区立麹町中学校では「麹中メソッド」「オープンイノベーション」など、公立らしからぬ公立学校として注目を集めた。著書『学校の「当たり前」をやめた。 ―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)がAmazonにてベストセラー。2020年4月より現任校の校長に就任した。

仁禮彩香(にれい・あやか) 1997年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学。 中学2年生の時に㈱GLOPATHを設立。学校コンサル、研修開発、CSR支援など展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを買収し経営を開始。
2016年に㈱Hand-C(現TimeLeap)を設立。同年 ハーバード・ビジネス・レビューが選ぶ未来を作るU-40経営者20人に選出。Hand-Cでは企業向け研修や、小中高生向け人材育成プログラムなど、「自らの人生を切り拓く力」を育むさまざまなプログラム開発・運営を行う。

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