【3.11から10年】ふたば未来学園 地域に関わる「文化」

震災復興と学校教育を考える企画の最終回は、全国の高校生に、原発事故の被災地である福島県双葉郡が抱える課題を「他人事」ではなく「自分事」として捉えてもらうことを目指し、「地域交換留学」という意欲的な取り組みを探究学習で実践した福島県立ふたば未来学園高校の3期生、渡邊美友さん(関西学院大学人間福祉学部社会起業学科1年生)の体験を紹介する。同校では、2015年4月の開校以来、こうした探究授業「未来創造探究」を続けた結果、卒業時には、社会とどう関わっていくかを見いだした生徒が8割を超えた。6年間の成果について、南郷市兵副校長は「地域のために何ができるかを考えるのが当たり前という『文化』が生徒たちに根付いてきた」と、手応えを語る。

(教育新聞編集委員 佐野領)

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志望理由は「かわいい制服」

渡邊さんは福島県白河市で双子の姉として生まれ、中学卒業後、100kmあまり離れた同県双葉郡広野町にあるふたば未来学園への進学を選んだ。志望理由は「制服がかわいかったから」と、屈託がない。

ふたば未来学園の制服は、開校を応援していた著名人の一人、作詞家の秋元康氏がプロデュースし、AKB48の衣装デザインを担当する茅野しのぶ氏が手掛けた。「高校生になったら、かわいい制服が着たいと、ずっと思っていた」という渡邊さんは、中学2年生のとき、同校に1期生として進学していた2歳年長のいとこが祖父の葬儀で着ていた制服に一目ぼれ。「この制服が着たい」という気持ちが進学につながった。

「でも、今だから思えるんですけど、私の場合、妹と比べられる環境から抜け出したかったことが一番大きかった。妹の方が成績も上だし、しっかりしてるし、親の言うことをちゃんと聞く。だから、昔から人と比べられることが嫌でした」。こうして15歳で親元を離れ、2017年4月、寮生活をスタートさせた。

入学してまもなく、渡邊さんが「原点になった日」と呼ぶ出来事が起きた。ふたば未来学園では、探究学習の基礎段階として1年生で週2時間の授業「産業社会と人間」が設定されており、そのカリキュラムの最初に双葉郡内を回って震災遺構をみたり、地域の人たちに話を聞いたりするバスツアーが設定されている。その時に、渡邊さんは富岡町の桜の名所である「夜の森の桜並木」にあるフェンスと通行制限の看板を見て、強い衝撃を受けた。

東日本大震災が発生した2011年3月、渡邊さんは小学3年生だった。「学校で帰りの会をやっていたとき、突然揺れて。ずっと泣いていました。家に帰ったら、足の踏み場がないぐらい物が散乱していたのに、大きな余震がずっと続いて、片付けもままならなかった。はっきり覚えています」。幸い、家族は無事だった。内陸部の白河市では津波の被害はなく、避難生活の経験もない。

それから数年がたち、「中学生の頃は、震災の日が近くなって、関連のニュースがたくさん流れてきても、正直、心の中では『もう何年もたっているのに、いつまでやってんの』と思っていました。他人事でした」と振り返る。

夜の森の桜並木を案内する高校3年生当時の渡邊美友さん

でも、夜の森のフェンスを自分の目で初めて見たとき、「復興はまだまだ終わってなかったんだ」と知った。「同じ福島県内なのに、震災から何年もたってるのに、入れないところがある。そのことにみんなが知らんぷりしていて、自分も福島県民なのに、他人事だと思っていた。そういう無関心な自分に気付いて、ものすごくショックだった。それから興味を持ち始め、この双葉郡に何か関わってみたいと思うようになりました。夜の森のフェンスは、私にとって一番のきっかけです」。この気持ちは、探究学習を通して、少しずつ形になっていくことになる。

双葉郡の課題を「他人事」から「自分事」にしたい

渡邊さんの探究学習は、決して真っすぐに一本道でゴールに向かって進んだわけではない。それどころか、ゴールを見定めて行動を起こし、実社会での実践につなげていくまでには、かなり長い準備期間と曲折があった。

海外研修は大切な機会になった。1年生の夏には、チェルノブイリ原発事故で一番被害を受けたベラルーシで、双葉郡について発信する機会があった。同じく1年生の冬にはスーパーグローバルハイスクール(SGH)のプログラムで訪問したドイツで、難民の子供たちと話したところ、放射能や避難生活を巡る差別が話題になり、日本国内での差別意識に気付かされたこともあった。

「何か踏み出したいし、問題意識は持っているけど、それを形にして行動できない自分がいました」。自分がやりたいことを言語化していくプロセスでは、認定NPO法人カタリバの存在も大きかったという。ふたば未来学園では、カフェテリアのような多目的スペースにカタリバのスタッフが常駐。話しやすいお兄さんお姉さんが持つ「ナナメの目線」をモットーに、原発事故による避難生活を続けてきた生徒たちへの心のケアから探究学習の相談まで、生徒たちの伴走役を務めている。渡邊さんもカタリバのスタッフを相手に壁打ちを続けた一人だった。

2年生になって、探究学習の授業は自分でテーマを設定して探究を進める「未来創造探究」に入った。夏休みに、米カリフォルニア大学バークレー校で行われる地域貢献プログラムの3週間集中コースに参加したときには、地域に対して具体的なアクションを行う必要を強く感じさせられた。

「双葉郡はすごくいいところだけど、まだまだ復興途中で課題が見える場所。そのことをたくさんの人に『他人事』ではなくて、『自分事』として考えてほしい。同時に、やるからには自分が楽しいと思えるものにしたい。こう考えていって、自分が他の地域の高校生になって、逆に他の地域の高校生が双葉郡の高校生になって、お互いに地域を交換したら、めっちゃ面白いんじゃないかなと考えて、『地域交換留学』を思い付きました」

最初のアクションは、高校2年生の12月。白河市にあるコミュニティ・カフェ「EMANON」が毎年、滋賀県立彦根東高校の生徒を福島に呼んでバスツアーを続けており、渡邊さんから探究学習の内容を聞いた旧知のスタッフが双葉郡の案内役を頼んできた。

渡邊美友さんの探究学習を支えた連携先(ふたば未来学園提供)

「いきなり地域交換留学だと規模が大きいと思ったので、まずファーストステップとして、バスツアーで半日、双葉郡を巡り、地域の大人たちの話を聞くフィールドワークをやりました」。生徒の探究学習が動き始めると、ふたば未来学園の周囲にいる大人たちがごく自然に協力を始める。教員たちも「めっちゃいいじゃん、このプロジェクト」と言って、背中を押してくれたという。渡邊さんの探究学習を支える大人たちの輪は一気に広がりをみせた=図参照

フィールドワークにあたり、渡邊さんが掲げた目標は「他人事から自分事にする」と「問題意識を持ってもらう」の二つ。結果はまずまずだったが、課題もすぐに浮かび上がった。

「参加者から『問題意識は持てたけど、自分事として考えるのは、やっぱり半日じゃ難しかった』と言われました。自分事にするには何日かかかるので、やはり地域交換留学が必要なんだなと思わされました」。地域交換留学を実現するには、資金もいる。南郷副校長のアドバイスを受けながら、福島県観光交流課に申請して約160万円の助成を得た。

高校3年生の7月上旬、東京都中野区にある東京大学教育学部附属中等教育学校から生徒6人が双葉郡を訪問。1泊2日の地域交換留学が実現した。3月に東大附属中等教育学校の生徒有志が双葉郡を訪ねたことを聞いた渡邊さんが連絡をとり、参加を呼び掛けた。

渡邊さんが設定したプログラムは「フィールドワーク」「ホームステイ」「地域未来会議」の3つで成り立っている。フィールドワークでは、ふたば未来学園のある広野町が東日本大震災の時にどのような被害を受けたのか、同町出身の生徒が体験を踏まえて説明。続いて、富岡町にある夜の森の桜並木を訪れ、「帰還困難区域と帰還できる区域の境目」を確認。語り部を続けている元県立富岡高校校長の青木淑子さんの話も聞いた。

夜は楢葉町の民家やいわき市の生徒宅などに分かれてホームステイ。2日目は3時間かけて地域未来会議を開き、双葉郡と東京の高校生たちがそれぞれの視点から地域課題を議論した。次には7月下旬にふたば未来学園の生徒7人が東京に行き、東大附属中等教育学校の生徒たちを訪ねた。

「双葉郡の地域課題は、日本全体の地域課題ともつながっている。東京には地域課題がないように思えても、よく見れば差別があったり、街にごみがあふれていたり、見落としているだけで地域の問題はたくさんある。参加した生徒たちは、相互の地域で学ぶことの大切さをすごく実感してくれました。地域交換留学は、自分の想像以上にすごい価値があるんだと分かって、うれしかった。企画してよかった」

関西学院大学のキャンパスで笑顔をみせる渡邊美友さん

こう語る渡邊さんは大学受験と並行して、卒業するまで地域交換留学のプロジェクトを押し進めた。地域交換留学では、3年生の2月に島根県立隠岐島前高校の生徒たちが双葉郡を訪問。ふたば未来学園の生徒たちも隠岐を訪ねる予定だったが、コロナ禍で中止になってしまった。

「卒業間近まで、ずっと突っ走っていました。でも、本当に楽しくて、やりがいしか感じなかった。行動していくごとに、どんどん双葉郡の魅力を知ったし、地域が大好きになっていきました。いま思えば、それが原動力だった。そういう行動に対して、ふたば未来学園の先生や地域の大人たちがちゃんと評価をしてくれた。そのことが、小学校も中学校も学力で決められる環境に育ち、常に誰かと比べられてきた私にとって、すごく大きかった」

探究学習の過程で行った双葉郡バスツアーは計4回を数え、地域交換留学を含めて、巻き込んだ高校生の人数は約200人に達した。渡邊さんはこうした成果を80ページに及ぶ論文にまとめ上げ、AO入試で名門校の一角である関西学院大学に合格した。

地域の課題を解決しようとするのは当たり前

東日本大震災と原発事故で深く傷ついた福島県双葉郡に、「変革者の育成」をスクールミッションに掲げ、探究学習「未来創造探究」を柱に置いた独自のカリキュラムを提供してきたふたば未来学園。2015年4月の開校から現在までに、できたこと、できなかったことは何だろうか。

「一番できたことは、地域とか社会の課題を解決しようとして、生徒たちが探究に向かっていくのが当たり前という『文化』が、ものすごく根付いていることです。ふたば未来学園の子供たちはいま、本当に地域課題を解決しようとしています。率直に言って、(先の連載記事で紹介した)佐藤勇樹さんら一期生のときはこんな感じではなかった。それが一番大きな成果だと思っています」

6年間にわたって学校現場に立ってきた南郷副校長は即座にこう答え、卒業式の前日に行った卒業生へのアンケート調査の結果を見せてくれた=グラフ参照

それによると、渡邊さんら3期生では、ふたば未来学園での学びを通じて「社会とどう関わっていくかを見いだした」かどうかを聞いた質問に、「大きく影響した」「ある程度影響した」を合わせて81%が肯定的な答えをしている。この数字は先の連載記事で紹介した遠藤瞭さんら2期生でもほぼ同じ数字だった。「自分の価値観を考えることにつながった」かどうかを聞いた質問では、同じく87%が肯定的な答えだった。自由記述には「復興とは何かをすごい考えた」「豊かさとは何かすごい考えた」といった答えが並んだ。

この結果を日本財団が2019年に実施した「18歳意識調査」と比べると、ふたば未来学園の卒業生が持つ国や社会に対する意識は、日本全体の若者の平均像とは大きく異なることが分かる。日本財団の調査では「自分は責任がある社会の一員だと思う」との答えは44.8%、「自分の国に解決したい社会課題がある」との答えは46.4%で、他の主要国と比較しても突出して低かった。ふたば未来学園の卒業生の意識は、主要国と比べても遜色のない水準か、やや上回るくらいだ。

ウェブインタビューに答える南郷市兵・福島県立ふたば未来学園副校長

南郷副校長は「この結果は、探究学習『未来創造探究』を通して、生徒たちが自分の生き方を見つけていったということを示しています。数字と実感値がほとんど同じ割合で表示されました。カリキュラムや教員たちの指導もありますが、生徒がそれぞれにいろいろなプロジェクトをやり、互いに刺激し合ったり、切磋琢磨(せっさたくま)したりするという『文化』ができてきたのだと思います。こういう学びが存在し得たというのは、とてもうれしいことです」と、率直に探究学習の成果を語る。

では、探究学習をカリキュラムの中核に置くふたば未来学園にとって、これから取り組むべき課題はどこにあるのか。

一つは大学進学だ。ふたば未来学園の進学実績は、まだ県内トップクラスの進学校には及ばない。南郷副校長は「学力とは、実社会で生かせる知識をつかむ力だと思いますが、その先にはやっぱり大学での合格がある。いくら探究学習をやっても、それが大学進学の学力にもつながらなければ、きれいごとだけ言っていたら、生徒たちは路頭に迷ってしまう」と表情を引き締める。

「10年後に卒業生たちが社会で活躍しているという確信はあります。でも、18歳の春にしっかりと『ここなら自分の力が発揮できる』というところに連れて行ってあげるのも私たち大人の責任です。そのためには、探究学習によって『学力も伸びるんだよ』というところを見せていかなければなりません。それも含めて、生徒たちが探究学習によって自分の生き方をしっかり見つけて、巣立っていくのがとても大切なことです」

もう一つの課題として、南郷副校長は「人材育成と地域復興の相乗効果を生む」という、ふたば未来学園が設立されたときのスローガンを挙げた。

「これからの地域は、自分たちの足でしっかり立って、自分たちが暮らしたい地域を作り、自分たちの幸せを勝ち取っていかなければいけないでしょう。でも、地域から新しい大人が出てくるわけではない。ふたば未来学園の生徒たちが育って、やがて地域を支える主役になっていくという、還流の流れができていったときに、この地域が本当に復興できるのかなと思っています。そこまで見通して、この地域のイノベーションの核となる学校でありたい。時間はかかるでしょうが、それがふたば未来学園です」

ふたば未来学園の玄関には、原発事故による避難指示を受け、現在は休校となっている双葉高校、浪江高校、浪江高校津島校、双葉翔陽高校、富岡高校の双葉郡内5校の校旗が飾られている。双葉郡内唯一の中高一貫校として、ふたば未来学園が背負うものは大きい。

「将来やりたいことを言語化してくれた」

探究学習で地域交換留学に取り組み、高校生活を走り抜けた渡邊さんは卒業から1年近くたったいま、ふたば未来学園での学びをどう考えているのか。

「ふたば未来学園は、行動すればするほど評価してくれる学校でした。価値のない人はいない、ということを実際に示してくれた環境がありました」

その学びは、渡邊さんの進路に大きな影響を与えた。「私が将来やりたいことを言語化してくれたなと、すごく思っています。どういう社会にしたいかを考え、それを探究学習の実践で具体化して、そのためには大学進学が必要だな、関西学院大学に行くべきだなという、道しるべを作ってくれた」と、力を込める。

「以前の私は夢がなくて、何がやりたいか分からなかった。でも、理想の社会を考えるようになったら、高校教育に将来携わりたいという思いが芽生えてきました。教師の立場として関わるのか、それともNPOを立ち上げて関わるのか、そこはいま迷っていますけど」

ウェブインタビューに答える渡邊さんの言葉がだんだん止まらなくなってきた。

「なぜ高校教育かというと、大学か就職かを選ぶ高校卒業後の進路は人生で最も大きな選択肢だと思うからです。それなのに、大学に進学する時に夢も持たずに、なんとなく進学している人たちがすごく多い。それはもったいない。だから、本気で自分のやりたいことを模索して、きっかけをつかんで行動することによって、人それぞれの本当の価値を見いだしていくサポートをしたい。そこに高校教育に携わる価値を感じます」

ここで渡邊さんは、ちょっと小声になった。「本当は、教師には小さい頃からずっと興味がありました。でも、笑われるんですよ。『教師なんて、頭が良くないと無理だよ』とか言われて。だから教師になると言えなかった。でも、その道を本気で目指したいと思うようになったのは、ふたば未来学園で過ごした3年間があったからなのかな」

教育は成果が現れるまで時間がかかる。けれども、3.11から10年がたったいま、本当の意味での復興とその先の未来を考えていく上で、やはり教育には大切な力がある。多感な10代を東日本大震災と原発事故の被災体験と向き合いながら過ごし、いま将来の夢を堂々と語るふたば未来学園の卒業生たちの言葉を聞きながら、そんな当たり前のことに改めて気付かされる思いがした。

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