【ホンジュラス編】 メリエンダと均等でない教育機会

この連載の一覧

ホンジュラスで小学校の算数の先生

大国を有する北米と南米に挟まれた、中米エリアに位置するホンジュラス。「ラテンアメリカ」と聞くと暑くて陽気なイメージだが、首都テグシガルパは標高約1000m。日中は日差しが強いが湿気はなく朝晩冷涼、野菜も豊富。カリブ海でバカンスも楽しめる。「世界一殺人率の高い国」といううたい文句さえ除けば非常に暮らしやすい。

その首都から西に100km進んだラ・パス県マルカラ市に2018年9月から20年3月までの1年半、私は青年海外協力隊として派遣された。市の公教育を取りまとめる機関である教育事務所に配属され、市内の2校を巡回し、小学校の教員に算数指導の助言を行ったり、研修会を開いたりした。マルカラは標高約1200m、世界的なコーヒー産地として有名で、発展途上国といえどもおしゃれなカフェもたくさんある。

ホンジュラスに学区制はなく、各家庭が選んだ学校に通う。1時間かけて徒歩で通学する子もいれば、父親のバイクに乗って通学する子もいる。教室の隅のヘルメットはよくある光景だ。巡回先の1校であるアンドレス小学校は、義務教育である9学年に対して5教室しかないため、1年生から5年生の午前の部と6年生から9年生の午後の部に分けて授業を行う。午前の部は40分を1コマとし、午前7時から4コマ連続の授業。その後20分の間食休みがあり、午前10時から3コマ連続の授業、正午に下校となる。

楽しみは何と言っても「メリエンダ」
ホンジュラスの間食文化メリエンダ

休憩時間のない時間割の中でのみんなの楽しみは、もちろん間食休み。午前と午後にクラスを分けるホンジュラスでは、給食の時間を確保するのが難しい。また、始業の早さや家庭の経済事情から朝食を食べてこない子供が多い。そこで、ホンジュラスの学校では「メリエンダ(間食)」が提供される。小麦粉や赤豆、油、そして郊外の共同体から仕入れた野菜が、国連世界食糧計画の支援の一環でホンジュラス政府から各学校に提供される。

それを各家庭に分配し、保護者が当番制でクラスの生徒全員分のメリエンダを用意する。調理室で調理したり、家で作って持ってきたりと、学校によってスタイルはさまざま。家庭によっては子供たちのためにと、実費で肉や果物を買い足し、豪華なメリエンダを作ることもある。間食休憩中には多くの保護者が「食べなよ!」と声を掛けてくれた。

メリエンダは子供たちの健やかな成長だけでなく、私の胃袋にも大いに寄与していた。私自身も午前6時半ごろに家を出ており、朝食をほぼ食べていなかったからである。新型コロナウイルスの影響でホンジュラスは3月中旬以降、休校が続いている。育ち盛りの子供たちにとって貴重な栄養摂取の機会であるメリエンダが失われてしまったのは気掛かりだ。

当たり前に行事に参加できる尊さ

赴任してから約半年後、巡回先のモデスト小学校のそばに移動式サーカスがやってきた。ある日、同小学校へ行くと、現地教員に「今日はお昼から全校生徒でサーカスを見に行くから、午前10時半で学校は終わりだよ。ミサトも一緒に行こうよ」と誘われたので承諾した。10時半になると半数近い生徒が帰宅した。教員に聞くと、「サーカス代の50レンピーラ(約230円)が払えない子供は帰らせる」とのこと。「気にしないでいいよ、引率の教員はタダだから」とその教員は付け加えた。

サーカス代を払える子供たちは、野良犬が出入りするテント内で50円のポップコーンを頬張りながら、小学生くらいの男女が披露する軟体芸を楽しんでいた。彼らは学校に行っているのだろうかと考えながら、児童労働に見える状況を眺めている小学生たちに違和感を持たずにはいられなかった。

選抜された子供たちはごみの分別について学んだ(社会見学)

似たようなことはアンドレス小学校でも起こった。あるマルカラ市内のコーヒー企業が、地域の子供たちへの環境教育の一環として、同小学校の20人を社会見学に招待した。教員たちの話し合いで、2年生と3年生の各10人ずつを行かせることになった。定員を超えた希望者を担任の独断(おそらく成績順で決めていたと思われる)で絞り込み、参加者は当日の朝7時に学校に集合した。それ以外の子供たちはその日の授業はなし。間違えて登校しても、その場で「僕も行きたい」と懇願しても問答無用で帰らされる。

晴れて参加できた20人は生ごみを堆肥にする仕組みやリサイクルについての講義を受け、オーガニックの昼食を食べ、企業ロゴが入ったマイボトルを手土産として受け取った。

帰り道、送迎車の中から、社会見学の選抜に漏れた2年生の女の子が林の中で家族とまきを拾っているのを見た。もしかしたら、彼女の家族にとって授業がないことは、娘が家事を手伝ってくれてラッキーだったのかもしれない。それでも、その翌日以降、参加者が誇らしげにマイボトルを使っているのを見るたびに、この国では「教育の機会」は均等でないのだと感じさせられるのであった。

経済格差が教育格差に直結し、同級生がサーカスや社会見学で享受する感動や学びを受け取れない子供がいる現実と、大人がその状況を生み出している可能性を目の当たりにし、家庭事情や成績に左右されず行事に参加できる日本の教育の尊さに気付かされた出来事であった。次回の記事ではホンジュラスの教育現場を支える教員について、もう少し詳しく述べたい。

(西山美里=にしやま・みさと 青年海外協力隊の任期を終え、児童指導員として発達障害児の支援を行う)


この連載の一覧
関連