教員の本音と認識 模索始まる校則・制服の見直し(後編)

校則や制服を巡る議論は盛り上がりつつあるが、児童生徒や保護者に比べて、教員の本音を探るのは難しい。校則や制服の在り方という古くて新しい問題から、これからの学校づくりのヒントを探る。後編では、教育新聞が行った読者アンケートや有識者への取材を基に、見直しに向けた視点を浮き彫りにする。

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教員の6割が見直した方がよいルール「ある」

読者アンケートは、3月1~7日に、小学校~高校の教員を対象に実施。78人が回答を寄せた。アンケートの性格や回答数の少なさから、安易に一般化はできないものの、校則や制服に問題意識を抱いている教員の代表的な声として捉えることはできる。

まず、勤務校での児童生徒の服装について聞いたところ、「学校指定の制服(購入・着用義務あり)」と答えたのは50人、「標準服(服装の大まかな基準を示しているが、着用義務はない)」は6人、「私服」は22人だった。「私服」と回答したうちの18人は、公立小学校の教員だった。

子供の服装や身だしなみについて、学校として詳細なルールが決められているかを聞いたところ、「決められている」は53人で、約3分の2を占めた。「決められていない」と答えた23人のうち、17人は公立小学校の教員だった。

では、具体的にどんなルールが決められているのか。自由記述で聞いたところ、「靴下の色指定、スカート丈の指定、カーディガンの色指定、シャツの指定」(公立高校教員)や「白色のカッターシャツとブラウスの襟をブレザーの上に出す」(公立中学校教員)など服装に関するものから、「染髪禁止(地毛証明書が必要)、ピアスや化粧は禁止、ツーブロック禁止」(公立高校教員)、「髪型・結び方でふさわしくないもの、毛染め、パーマ禁止」(公立中学校教員)など、髪やアクセサリー、化粧に関する規定などが目立つ。中には「小学生らしい服装と髪型」(公立小学校教員)、「中学生らしいもの」(公立中学校教員)などの「らしさ」を求めるものもあった。

興味深いのは、こうしたルールの中で教員自身が「見直した方がよいと思うものがあるか」との質問に、6割以上に相当する33人が「ある」と答えていることだ。「髪の毛が耳にかかってはいけないというルールは必要ないと思う。なぜならば、何も問題ないから」や「廊下に出るときはブレザーを着なければならないというルールがあるが、なぜセーターではいけないのか説明できない」(いずれも公立中学校教員)など、教員がそのルールの合理性に疑問を感じている様子もうかがえた。

教員が子供の声を聞く場を

実際に、校則の改正はどのように行われているのだろうか。

身だしなみなどのルールが学校で決められていると答えた53人の教員のうち、ルールを改正する手続きが「明文化されている」と答えた教員は9人にとどまり、7割以上の39人が「明文化されていない」、5人が「分からない」と答えた。

また、ルールを見直す際に子供が意見を述べたり、子供の意見を反映したりする機会が設けられているかについては、▽設けられている 15人▽ルールや教員の判断によって異なる 9人▽分からない 7人▽設けられていない 20人――と分かれた。

今年1月、高校生や生徒会活動を経験した大学生で構成される「学校内民主主義を考える検討会議」として提言を発表した日本若者協議会の室橋祐貴代表理事は、こうした実態について「改正のための手続きや子供の意見を聞くなどのルールがないと、そのときの管理職や教員の意識に左右されてしまう。意識の高い教員がいる学校と、そうでない学校との間で格差が広がっている」と指摘する。

さらに室橋代表理事は、学校の中で教員と子供が定期的に対話する場を設け、学校が子供の声を聞いているかを第三者が評価するなどして、実効性を担保していくことを提案。「例えば、教員は自分自身が制服を着ているわけではない。子供が感じている制服の不便さに、気付いていないこともあるだろう。子供たちが学校生活で困っていることも含めて、教員が子供と対等に話し合い、意見を聞く姿勢や風土をつくっていけば、学校全体が民主的に変わっていくはずだ」と強調する。

家庭の経済的負担への意識を

教員の意見が割れたのは、制服の必要性についての質問だ。学校生活において制服は「必要だと思う」が4人、「ないよりはあった方がいいと思う」が37人だったのに対して、「不要だと思う」は31人、「あるよりはない方がいいと思う」は4人だった。「必要だと思う」「ないよりはあった方がいいと思う」と答えた教員に、複数回答でその理由を尋ねたところ、「私服にするよりも制服の方が経済的な負担が少ないと考えるため」が最も多く30人、続いて「学校や集団への帰属意識を高めるため」が18人だった。一方で、「私服にすると学校が荒れる懸念があるため」を挙げた教員は5人と少数だった。

かつて勤務校で制服のリニューアルの検討に関わったという、ある私立高校の教員は「私服にすると、着ている服によって子供に先入観を持ってしまったり、経済的な格差が出てしまったりする。制服ならどんな家庭環境でも同じに見える。制服が没個性的で悪という見方には疑問だ」と、制服のメリットを強調する。勤務校では現在、新型コロナウイルスによる経済状況の悪化を踏まえ、価格を下げることも視野に入れながら、新たな制服の検討を始めているという。

こうした認識について、学校教育費の家庭負担の問題に詳しい福嶋尚子千葉工業大学准教授は「一口に制服と言っても、ジャケットやスラックス、スカートだけではない。ワイシャツは替えも含めたら複数枚購入する必要があるし、靴下が白と指定されていれば、汚れが目立つため長くは履けない。体育で使うジャージや体育館シューズも入れれば、決して私服より安いとは言えない。なぜ学校に登校するために、身に着けるものにそれだけの費用をかけなければならないのか」と疑問を投げ掛ける。

また、福嶋准教授は集団への帰属意識についても「校歌や行事でも学校への帰属意識は育むことができる。そもそも、そこまで学校への帰属意識は必要だろうか。学校によっては、クラスでTシャツを作ったり、学年によってジャージのカラーを変えたりしている。そうしたことで、不利益を被っている子供や家庭に配慮してほしい」と指摘。教員や学校が、こうした家庭負担の教育費について把握し、精査していく必要性を呼び掛ける。

身だしなみ指導に疑問を抱く教員

身だしなみや服装のルールに基づいた指導について、教員はどう感じているのだろうか。何かしらのルールが決められていると答えた中の、定期的に指導を行っている教員にその必要性を聞いたところ、▽必要だと思う 8人▽どちらかと言えば必要だと思う 10人▽どちらかと言えば必要ないと思う 5人▽必要ないと思う 8人――で、これも意見が割れた。

また、身だしなみや服装指導の負担感を聞いたところ、▽負担に感じる 11人▽どちらかと言えば負担に感じる 8人▽どちらかと言えば負担に感じない 6人▽負担に感じない 5人▽分からない 1人――で、半数以上が負担に感じていると答えた。

その理由を自由記述で尋ねると「ごくわずかだが反抗的態度を取る生徒がいて、周囲の雰囲気まで悪くなるのが不快」や「(子供との)信頼関係がつくれなくなる」(いずれも公立高校の教員)など、子供との関係づくりを阻害する要因になるといった意見や、検査のときだけ服装を整えてきたり、教員によって指導にばらつきがあったりするなど、形骸化を指摘する声もあった。

ある小規模な公立中学校に勤務する教員は、服装などのルールがあるものの、指導が厳しくない勤務校の状況を「髪形や靴、かばんなども自由だが、なぜそうしたのかという点では、子供の自主性を大事にしようということよりも、単に教員が面倒に感じているからではないかと思う。教員間で目的が明確に合意されていないから、指導もばらばらで、生徒が戸惑うこともある」と打ち明ける。

自身は制服や校則は本来、生徒や保護者が決めるべきというスタンスだといい、「生徒が落ち着いていれば、議論する必要のない問題なのか。グローバル化する社会では、さまざまな選択を自分でしていかなければならなくなる。それなのに、学校は画一化されたまま、生徒が決められないままでいいのか」と、現状に危機感を持たない学校の雰囲気に首をかしげる。

コロナ禍における校則や制服の在り方について、精力的に問題提起を続けている内田良名古屋大学准教授は、これらアンケートの結果について、サンプルに偏りがあるので一般化はできないと断った上で、「校則や制服の問題について、意識の高い教員は確かにいる。全体的な学校の姿と個々の教員の意識が乖離(かいり)している。もっと職員室の中で教員同士が対等にディスカッションできたら、変わっていくのではないか」と期待を寄せる。

(藤井孝良)

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