【北欧の教育最前線】コロナ禍と「理想の幼稚園」

コロナ禍では教員の仕事が増大する。通常業務である教育や保育に加えて、感染対策にも気を配らないといけないからだ。しかし、ノルウェーでは、コロナ禍の幼稚園(barnehage、幼保一体化された施設)は良かったという教員たちの声も聞かれる。ノルウェーの幼稚園に見られた変化を報告する。

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子供たちとゆっくり向き合える状況

ノルウェーの教員組合が出している幼稚園専門誌は、2021年の第1号で「コロナ禍の幼稚園」を特集した。

教育訓練庁による「信号機モデル」の感染防止ガイドラインポスター(提供:Utdanningsdirektoratet)

ノルウェーでは20年3月中旬、新型コロナウイルス感染拡大のため、幼稚園や学校が閉鎖された。約1カ月後に幼稚園が再開すると、感染防止ガイドラインに沿って、子供たちは小さなグループに分けられ、スタッフ間の交流は制限された。スタッフは協働で計画を立てたり活動したりすることができなくなり、子供たちは遊ぶ友達やおもちゃをあまり選べなくなってしまったという。

しかし、ガイドラインの実施によって、少人数のグループ、ゆとりある時間、そして子供たちとゆっくり向き合える状況が実現したことも事実だった。特集では、教員たちが経験した「理想の幼稚園」についての語りが前面に出ている。

ある教員は、大人が子供たちの遊びに参加することが多くなり、一緒に熱中できるようになったと話す。別の教員は、少人数の子供に1日中関わることができ、一人一人を見て「魔法のような瞬間」を共にできたと喜んでいた。またある教員は、子供がやりたいことに寄り添い、彼らが熱中しているものをより豊かにするという、自分が夢見ていた実践が実現したと言う。

野外での時間が増えたことについても、肯定的な意見が多かった。

スタッフの人数規定のからくり

コロナ禍で「理想の幼稚園」が実現した背景には、職員数に関する規定と運用のギャップがある。ノルウェー政府は18年に、子供の数に対するスタッフ数を規定した。3歳未満では子供3人につきスタッフ1人、3歳以上では子供6人につきスタッフ1人が必要となったのである。また、幼稚園教員養成か同等の高等教育を受けた有資格スタッフの人数規定もより厳格になった。

しかし、この規定は、年間で雇用されているスタッフ数をもとに計算されるため、実際には、この人数のスタッフが常に勤務しているわけではない。もちろん、早朝や夕方以降は子供の人数が減るという事情はあるが、それを加味しても、実態はこの基準とはかけ離れていた。コロナ禍以前のある調査(2019年)によると、1日のうち6時間以上、基準を満たしている園はわずか16.4%だった。過半数の園は、1日のうち基準を満たしているのは4時間から5時間だと回答した。

一方、コロナ禍の感染防止ガイドラインでは、人数規定をもとに子供のグループが編成された。つまり、基本的には子供3人とスタッフ1人(3歳未満)、あるいは子供6人とスタッフ1人(3歳以上)のグループである。子供の交流やスタッフの協働は2グループ間のみに認められた。園再開時は、ガイドラインを順守するために、園の開所時間も短縮された。かくして、ペーパー上の人数規定は現実のものとなったのである。

声を上げる幼稚園現場

十分な大人の存在や小グループの実現により、コロナ禍という大変な状況において、教員たちは逆説的にも「理想の幼稚園」を体験することになった。

現在ノルウェーでは、教育機関の感染防止ガイドラインに「信号機モデル」が適用されている。平常時に近い緑レベルと、小グループ編成を求めるもっとも厳しい赤レベル、そしてその中間の黄レベルの3段階で必要な対応が記されている。緑レベルの地域ではさまざまな制限が緩和されるが、幼稚園の理想的な人数配置がもとの状況に戻るということも意味する。

一方で、長引くコロナ禍の対応と感染拡大の再来で、幼稚園現場の疲弊も報じられている。オスロ市は、今年3月中旬から感染拡大のため赤レベルに移行した。少人数グループの編成が求められる事態である。しかし、人手不足とスタッフの疲弊を懸念する声も上がる。同市のある園では、スタッフが検査や濃厚接触者として次々と隔離され、代替スタッフも確保できない状況だという。コロナだけでなく、疲弊による欠勤もある。感染防止ガイドラインを実施するにも、人がいないと不可能だ。

このような中で、人数規定をはじめ、幼稚園現場の実態について声を上げようという動きも見られる。フェイスブック上でグループを立ち上げ、スタッフ数の充実を実現させようと動き出した教員もいる。他にも幼稚園のスタッフや研究者が参加するグループがあり、教育省に対して意見を提出する動きも見られる。

折しも、教育省は2030年の幼稚園を見据えた質向上のための対話を始めようとしている。コロナ禍で理想と現実の間を揺れ動いた現場の声が、幼稚園の未来をどのように変えていくだろうか。

(中田麗子=なかた・れいこ 東京大学大学院教育学研究科特任研究員。専門は比較教育学)


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