学校に行けなかった僕の、その後の物語 棚園正一さんに聞く

自分自身が不登校だった頃の経験と感覚を作品として描き、大きな反響を呼んだ漫画家の棚園正一さん。今年3月、その続編となる『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』(双葉社)が単行本として発売された。主人公に関わるさまざまな「先生」との関わりを丁寧に描写していった前作に続き、今作では漫画家という夢を叶えるまでの紆余(うよ)曲折の中で出会った「友達」との交流を軸に、「僕」が大人になるまでのプロセスが描かれる。棚園さんに、この作品に込めた思いや不登校の子供に寄り添う大人の姿勢を聞いた。


「フツウ」に友達が欲しくて学校へ
――今回、続編を描こうと思ったきっかけを教えてください。
自らの不登校経験やさまざまな人との出会いを振り返る棚園正一さん(本人提供、奥野浩次氏撮影)

前作の『学校へ行けない僕と9人の先生』を出してから、ちょうど6年になります。この間、講演会などで不登校の子供やその保護者に自分自身の経験を話す機会があり、「鳥山明先生と出会って漫画家を目指すと決めた後、どうなったのですか」とよく質問を受けたのです。僕自身、漫画にしてみて、改めて不登校や引きこもりだったときの苦しみを思い出すことにもなったし、本が出るとたくさんの反響があり、こんなにも学校に行けないことで悩んでいる人がいるのだと知ることにもなりました。そんなとき、担当の編集者から「続編を描いてみないか」と提案され、いいタイミングだと思ったのです。

――作品の中では、学校に行くのが嫌いだった主人公が、中学校、アニメの専門学校、定時制高校、フリースクール、大学と、結果的にさまざまな「学校」に行くことになりますね。

小学校や中学校は集団生活が中心で、とても窮屈さを感じていました。小学校を卒業すると、心機一転やり直そうと、学区外の中学校に通うことになったのですが、小学校で仲の良かった友達とも離れて、誰も自分を知らない環境に放り出されてしまいました。頑張って久しぶりに中学校に行くと、周りがみんな気を遣ってくれているのが分かる。それがとても申し訳なくて、居場所をつくるのが大変でした。不登校の経験がある人はよくあることらしいのですが、いろいろ考えすぎて、行動が空回りしてしまうこともありました。

一方で、専門学校やフリースクール、大学は自分で時間割を決められるし、自由だったので、僕の肌に合っていたのだと思います。僕が学校に行く目的は、今思い返せば、勉強をしたいというよりは友達が欲しかったのです。いろんな学校に行くことになったのは、みんなと同じように、「フツウ」に友達と街を歩いたり、一緒に何かをしたりすることに強い憧れを抱いていて、そんな学生生活を取り戻したかったのだと思います。

漫画にするにあたり、改めて登場する友達には連絡を取りました。みんな漫画にすることを喜んでくれました。彼らとは今でもつながっていて、よく話もします。漫画家の仲間もいるのですが、全然違う仕事に就いている友達と話すとすごく面白い。考えてみたら、小、中、高校、大学とそのまま進学していき、就職していたら、年齢も経験してきたことも全く違う人と友達になれるチャンスはそうはありません。結果的に、いろんなフェーズの人たちと出会えたことは、僕にとって大きな財産になっていますね。

学校に行けないことと才能を持っていることは別の話
――作品を通じて、不登校の子供たちや、その家族に伝えたかったことは何ですか。
さまざまな「学校」での友達との出会いが描かれる(双葉社提供

不登校だった頃は、このままではちゃんとした大人になれないんじゃないかと、いつも考えていました。しかし、大人になって振り返ると、学校に行ったか、行っていないかは関係なく、どんな生き方であっても、みんな同じように大人になれるということに気付きました。それを漫画で描きたかったんです。

でも、今本当に苦しみの渦中にある人たちには、その声は届きません。講演会や手紙で「子供が不登校になって、どうすればいいか分からない」という相談を受けることがあり、自分の無力さを痛感しました。

きっとその人たちはいろいろな解決策を求めているのと同時に、「自分には無理だ」とも思い込んでいる。それを繰り返して、どんどん自分を追い詰めてしまっている状態です。そんなときに、周りがいくら具体的なアドバイスをしても届きません。

親や教師は、子供が大切だからこそ、視野が狭くなりがちです。「学校に行かなければいけない」ということを、不登校の子供自身が一番よく分かっている。だから、大人から何か褒められても、その裏に「学校に来てほしい」というメッセージが、透明な吹き出しになって浮かび上がっているような感覚になるのです。

僕は不登校だった頃、家で一人でテレビゲームをしていて、セーブデータの中に父親の名前があるのを見つけて、すごくうれしかったのを覚えています。そんなふうに、親や教師も、まずは子供と一緒の時間を共有することから始めてほしいのです。

いろんな解決策を提案されても、今は心の中のコップはいっぱいで、新たに何かを注げばあふれてしまうような状態です。でも、そのうちコップの中身は少しずつ減っていきます。大人には、子供がそうなるまでじっくり待ってほしいのです。そうしたら、ちょっと前を向ける余裕も出てきます。そのときに、その子にとって一番いいやり方を一緒に考えてあげればいい。

――教師も親も、学校に行くことが目的ではなくて、その子のために今何が最適なのかを考える。それが寄り添うということなのかもしれませんね。

そうですね。それともう一つ、僕は不登校だったからこそ、絵を描くという特技に固執してしまって、自分自身にプレッシャーをかけ続けていた部分があります。不登校の子供は学校に行けないことのコンプレックスを、他の感性や特技で埋めようとしがちですし、大人もそれを期待してしまいます。

でも、学校に行けるか行けないかということと、優れた才能を持っているかどうかということは、本来関係のない別の話なのです。その子の良さは他にもあるかもしれませんよね。例えば性格が優しいとか。

僕はたまたま絵が得意で、鳥山明先生との出会いがあったけれど、別に有名な人でなくても、いろいろな大人がその子と関わりながら、その子の良さを分かってあげたらいいのだと思います。

学校に行かなくても、大人にはなれる
――コロナ禍でオンライン授業が行われるようになると、不登校の子供が学校の授業に参加するようになったという話を聞くことがあります。
作品に込めた思いを語る棚園正一さん(本人提供、奥野浩次氏撮影)

コロナ禍になって、オンライン上でさまざまなコミュニティーが生まれています。傍らからは引きこもりに見えるかもしれないけど、実はネット上ではいろいろな人とつながっているということもあるでしょう。そうだとすれば、それは果たして引きこもりと呼ぶべきなのか、よく分からなくなります。

今、日本でも多様性のある社会や自由な生き方が叫ばれていますが、そうすぐに変わるものではありません。不登校だって、学校に行かないことが認められつつあるけれど、やっぱりまだ「学校へ行くのが当たり前だ」という感覚は根強く残っている。

でも僕は、大人になるまでに三歩進んで二歩下がるようなことを繰り返しながら、いろいろな人とつながることができました。学校にはほとんど行かなかったけれど、大人になれた。大人になるために、学校に行くか行かないかは、どちらでもいいことなのです。

だから、学校に行けないことを本当はそこまで悩まなくていい。でも、悩まざるを得ない苦しさも分かります。そしてその苦しみは、いつか大人になるための糧になるはずです。

この作品は、不登校や引きこもりの子と、その家族はもちろんですが、どこかで生きづらさを抱えている人、迷いながらの日々を送っている人たちにも、ぜひ手に取ってもらえたらと思っています。

読んでみて「これはあくまでこの人個人の話だ」と感じる人もいるかもしれません。それでもいいと思います。それでもきっと、共感してもらえることが一つくらいはあるはず。

みんな同じように、悩んで、苦しんで、遠回りしながら少しずつ大人になっていくんです。それを知るだけで、少しだけ気持ちが楽になるんじゃないかな。

『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』あらすじ

小学1年生の頃に、担任の教師からたたかれたことがきっかけで不登校となった棚橋正知少年は、夢中になった漫画『ドラゴンボール』の作者、鳥山明

『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』(双葉社)

氏と出会い、漫画家を志す一方、「フツウ」に憧れを抱き、専門学校、定時制高校、フリースクール、大学と、さまざまな「学校」でかけがえのない友達と出会い、葛藤を繰り返しながら大人になっていく。

【プロフィール】

棚園正一(たなぞの・しょういち) 1982年、愛知県生まれ。13歳で鳥山明氏と出会い、漫画家を志す。2005年に「集英社少年ジャンプ第70回手塚賞」、08年に「集英社少年ジャンプ 第68回赤塚賞」を受賞。15年に自身の不登校経験を基にした漫画『学校へ行けない僕と9人の先生』、21年に続編となる『学校へ行けない僕と9人の友だち』(いずれも双葉社)の単行本を出版する。この他に、入院している子供と接することで成長していく教師を描いた『マジスター 見崎先生の病院訪問授業』(小学館)の作画を担当。


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