【今井紀明氏】 その“つながり”が苦しむ子供を解放する

閉塞(へいそく)感漂う社会の中で、ますます埋もれていく子供たちのSOS。一人の教育者、一人の大人として、教師はその声なき声をどう拾い上げ、支援につなげるべきなのか。イラク人質事件の被害者となり、帰国後に壮絶なバッシングに苦しんだ過去を持つNPO法人D×Pの理事長、今井紀明氏。生きづらさ、経済的困窮、精神的な不調、進路……、根深い問題に孤独に苦しむ10代と過去の自分が重なるときがあるという。その上で「人とのつながりこそが、乗り越えるための材料となる」と話し、苦しむ子供たちが生きることを諦めないための“つながり”を与え続ける。10代のリアルな悲鳴に耳を傾け続けてきたからこそ浮かび上がってきた、今井氏が描く未来の子供の支援の在り方とは――。(全3回の最終回)

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ハイになっているときこそ、手を止める
――児童生徒の支援に当たる教員自身が問題を抱え込み、精神のバランスを崩したり、追い込まれたりするケースもあります。

コロナ禍で学校に寄せられる相談が深刻化している実態を踏まえれば、先生方のケアも必要でしょう。D×Pでも、慣れていないスタッフは子供の問題と自身を切り離すことができず、一人で抱え込み過ぎてしまうことがよくあります。相談案件が増加している状況を踏まえ、今年からさらに現場スタッフのケアを充実させていく方針です。現在は、社内的にカウンセリングを受けられる体制、しっかりと休日を取得できる体制を整えている段階です。

子供たちを支援するに当たり、スタッフには「ハイになってはいけない」と日々呼び掛けています。目の前の苦しんでいる子供に共感してサポートしていると、使命感に駆られて自分自身のことは脇に置き、知らず知らずのうちに「ハイ」の状態になっていることがあります。その高揚感は何かのタイミングでバーンアウトして、倒れてしまう原因になります。

そのため、今年度に入ってからは「忙しいときこそ休みを取ろう」と呼び掛けています。去年の夏も驚くほど相談が寄せられ、私自身は休みなしで稼働せざるを得なかったのですが、スタッフには適宜連休を取ってもらうようにしました。相談の増加が想定された年末年始も、あえて休むという決断を下しました。

もちろん、組織として力不足な部分でもありますが、できるだけ長く、丁寧に、多くの若者を支援するためには、何よりスタッフの健康を守る体制をつくることが大切だと思います。

これは学校現場でも同じことで、自分が「ハイになっているな」「夢中になり過ぎているな」と感じる瞬間こそ、あえて手を止める時間をつくってほしい。熱心で優秀な先生ほど、追い詰められて倒れてしまいます。一人で抱え込まず、絶対に自分だけでサポートしようとせず、同僚や専門機関などと「チームでやっていく」意識を常に持っていただきたいと思います。

悩みの細分化が子供を孤独にさせている
――コロナ禍で、子供たちの口から「生きづらさ」というワードが頻発するようになったように思います。
オンラインで取材に応じる今井理事長

中高生と話していると、自分の気持ちを共有できる人が周囲にいないために、生きづらさを感じている子が多いように思います。

例えば、先日、醜形恐怖症で悩んでいる子供からオンラインで相談を受けました。醜形恐怖症は、自分の外見を醜いと思い込んでしまう症状です。対話を続けていると、その子が「これまで誰にも話せなかったけれど、顔を見せる必要がないオンラインだったから、初めて人に打ち明けられた」と話してくれました。家族にも自分の気持ちを話せるようになったそうです。状況も少しずつ改善していることがうれしいですね。

若者たちと話していて感じるのは、悩みが細分化しているということ。ネットが台頭する以前は目にする情報が少なかった分、モヤモヤした感情はある特定のジャンルに集約できていました。そのため、悩みを他人と共有しやすかったように思います。一方で、現代は情報が溢れています。自分の悩みをより詳細に分解して考えられるような情報にも、手軽にリーチできます。先ほどの醜形恐怖症や不登校、いじめなどの問題も、それぞれ数千種類以上のジャンルに細分化できるため、「自分の悩みは他の人とは共有できない」と孤独を抱え込んでしまう若者が多いように思います。

私たち大人は、今の若者たちほど細分化・複雑化した情報世界にいません。そのため、彼らの悩みや苦しみを理解しきれなかったり、察知できなかったりする部分があるのかもしれません。それが若者たちを「自分のことを分かってもらえない」と、孤独に追いやっている原因の一つなのではと考えることがあります。

ネットを活用できると可能性が広がる
――困難を抱える子供たちが、この混とんとした社会を生き抜くためには何が必要でしょうか。

難しいですね。今の社会構造は弱い立場の人がより固定化し、より落ちやすくなっているような感触があります。

その中でも、ネットを使いこなせるようになることが、子供たちが物理的にも精神的にも生きやすくなるための大きなポイントのように思います。支援している子供を見ていても、パソコンを1台支給しただけで驚くほど伸びるケースが想像以上にあります。それまで学ぶことにほとんど興味を示さなかったのに、ネットで自分に合った高校や大学を見つけてきて進学のために勉強するようになったり、動画制作を独学で学んで「制作会社に正社員で就職が決まりました」と報告してきたりと、こちらが驚かされるケースがよくあります。

ネットの活用方法を覚えるだけで生きやすくなる子、可能性が広がる子は、私たち大人が考えている以上に多いのかもしれません。

日本はOECD各国の中で10代のパソコン保有率が一番低いですし、日常生活に生かせるネットの活用方法を義務教育で十分に学ぶこともできていません。その点では、とても不平等だと感じます。

人とのつながりが人生を変える
――今井さんが子供たちの支援に携わり始めて10年がたちます。振り返ってみていかがですか。
この非常事態を、仕組みを変えるチャンスにしたいと前を向く(D×P提供)

10年たっても、子供の貧困や孤立など、さまざまな問題は一向に解決されていません。

ただ、組織として拾える声が増えてきたという実感はあります。昨年のコロナ禍では、運営するSNS相談サービスの登録者数が5倍近く増えました。このことは深刻な実態を表している一方で、オンライン上に相談できる環境を求めている10代の存在を顕在化できたように思います。

今のような非常事態時は、仕組みを変えられるチャンスでもあります。10年かけて集めてきた子供たち一人一人の声を、どうやって社会に届けていくか。自治体や他のNPOにも私たちのノウハウを提供して、広く10代のニーズや声に応えていける仕組みをつくれるように動いています。そして、D×Pとしても子供たちのニーズに沿った支援サービスを構築して、モデルとして示していかねばならないと考えています。

これまでもD×Pは子供たちから直接声を聞き、要望に応えるための支援を具現化することで、サービスを構築してきました。もちろん、私たちだけで全ての問題を解決することはできませんが、10代のニーズを顕在化することができたのは、これからの子供の支援の在り方を考える上で大きな布石になったのではないでしょうか。

――今井さんがここまで10代の支援に尽力されるのは、なぜでしょうか。

自身の人生を振り返ってみて、運が良い人間だなと思います。高校時代は学校にあまり行かず、環境問題など興味のある分野に一人で没頭していました。同級生たちにはあまり理解されませんでしたが、当時の先生方が「今井には今井の考え方があるよな」と尊重して受け入れてくれたことに、とても救われました。イラク人質事件の後も大学時代の友人に支えられて、引きこもりや対人恐怖症を克服でき、社会復帰することができました。

運というものは、人とのつながりがあってこそ生まれるものです。人とのつながりがない限りは、その運すらも巡って来ないと思います。苦しんでいた当時、私を助けてくれた方々への恩返しの気持ちも込めて、人生に希望を持てない子供たちに人とのつながりを用意し、自分の人生を生きるきっかけをつくることが私の役目だと考えています。

(板井海奈)
【プロフィール】

今井紀明(いまい・のりあき) 認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。高校生のとき、イラクの子供たちのために医療支援NGOを設立。その活動のために、当時、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと、日本社会から大きなバッシングを受ける。結果、対人恐怖症になるも、大学進学後、友人らに支えられ復帰。偶然、通信制高校の教師から通信制高校の生徒が抱える課題を知る。親や教師から否定された経験を持つ生徒たちと自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。オフライン(学校現場)とオンラインで生きづらさを抱えた若者に「つながる場」を届ける若者支援コミュニティーを作っており、寄付も募っている

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