ウェルビーイング 学校現場での活用術を白井室長に聞く

幸せな状態を意味する「ウェルビーイング」という言葉が、社会経済政策の指標として改めて注目を集めている。5月に政府の教育再生実行会議がまとめる提言では、ポストコロナ期の教育政策の基軸とされる見通しだ。そのウェルビーイングの実現をいち早く教育の目標と位置付けたのが、今後10年間の教育の指針を示したOECD(経済協力開発機構)のEducation2030プロジェクト(以下、Education2030)。ここでは「エージェンシー」(主体性)という概念との関わりを重視しており、「主体的・対話的で深い学び」を掲げる新学習指導要領と密接に重なり合っている。ウェルビーイングの基本的な意味合いや学校現場でのアプローチ方法について、Education2030や新学習指導要領の取りまとめに関わってきた白井俊・文科省初等中等教育局教育制度改革室長に解説を聞いた。

(教育新聞編集委員 佐野領)


ウェルビーイング:幸せの定義と教育の目的

白井室長は2015年からパリに本部のあるOECDで教育スキル局アナリストとしてEducation2030を策定したプロジェクトチームの一員となった。帰国して17年から学習指導要領の改訂作業を担う文科省初等中等教育局教育課程企画室長に就いたが、Education2030のナショナル・コーディネーターとして引き続きプロジェクトに関わった。

こうした実務経験を生かし、昨年12月、著書『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』(ミネルヴァ書房)を上梓。同書は、Education2030について、日本の読者を対象に、議論の経過や背景を含めて包括的に説明しており、「OECD におけるプロジェクトと日本の学校教育が密接につながっていること、 そして、 日本における課題の多くは、諸外国においても同様に課題として認識されており、教育の分野においても国際的な連携協力が求められていること」(「まえがき」より)を伝えている。

取材に応じた白井室長は、まずEducation2030の狙いについて、「エージェンシーとか、ウェルビーイングとか、いろいろな言葉が出てくるので、先生方からは『また新しいことをOECDが言っているのか』と言われることもあります。でも、OECDは各国に『これを目指しなさい』と言っているのではなく、各国で『取り入れてもいいなと思う部分があれば、使ってほしい』と提案しているだけ。あくまでリフレクション・ツール(振り返りの手段)として活用してほしい、というのが基本的な考え方です」と前置きした。

ウェルビーイングの実現をEducation2030が教育の目標として位置付けたのは、OECDが持つ歴史的な背景と密接な関係がある。OECDは第2次世界大戦で荒廃した欧州の経済復興を担う国際機関としてスタートした。「このため、OECDは経済的な成長(Economic Growth)を目指してGDP(国内総生産)のような経済指標を重視してきました。しかし、近年は経済成長だけではなく、人の内面的な部分や精神的な幸せ、さらには社会的な公平や格差などの観点も含めた、包括的な成長(Inclusive Growth)を目指すようになり、ウェルビーイングという考え方が注目されるようになりました」。社会経済政策が目指す内容が、経済的な成長から包括的な成長に切り替わっていく中で、それを評価する指標としてウェルビーイングが台頭してきたという文脈だった。

OECDが提示したウェルビーイングを測定する枠組みには、「生活の質」として、健康状態、ワークライフバランス、教育とスキル、社会とのつながり、市民参加とガバナンス、環境の質、個人の安全、主観的幸福が挙げられ、「物質的条件」として所得と財産、仕事と報酬、住居が列挙されている=図参照

OECDにおけるウェルビーイングの測定枠組み  出所:How’s Life? 2017: Measuring Well-being. OECD Publising.  日本語訳:白井俊著『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』(ミネルヴァ書房)より

白井室長によると、この枠組みには2つの特徴がある。一つは「これまで重視されてきたGDPなどの目標だけでなく、所得や住居などはもちろん、安全や社会とのつながり、市民参加などソフト面を含めて、多くの人が求めると考えられる具体的な内容を示したこと」。もう一つは「個人の幸福だけでなく、社会全体や地球環境などを含めて、全体的な発展を考える方向に向かってきたこと」だという。

このOECDが示したウェルビーイングの枠組みを、教育の目標と比べてみると、それぞれの特徴が鮮明になってくる。

「OECDが示したウェルビーイングの指標は、あくまでも大人を対象とした指標ですので、それ自体が、直ちに教育の目的となるものではないと思います。実際、指標の中には、例えば所得、仕事、住居といった物質的な条件が含まれていますが、このあたりが、そのまま教育の直接的な目標になるものでもないでしょう」

「教育の場合、日本では『人格の完成』とか『知・徳・体』『生きる力』のような抽象的な目標が掲げられていますが、それは諸外国でもおおむね変わりません。例えば、オーストラリアでも『良い結果を出す学習者』や『自信にあふれた創造的な個人』『能動的で見識のある市民』の育成が目標になっています。こうした理念はもちろん重要だと思いますが、一方では、住居や仕事がなければ生徒は困ってしまうわけですし、将来的に、仕事を見つけて、社会参画もしていくのは、教育の究極的な目標であり、同時に責任でもあるはずです。そう考えていくと、教育が目指している先にあるゴールを、より具体的な形で認識していくために、OECDが示すウェルビーイングを参考にすることには意味があると思っています」

多義的な内容を持つウェルビーイングという言葉を日本語に置き換えると、十分に意味合いが伝わらないところがあるようだ。国立教育政策研究所(国研)は、生徒の学習到達度調査(PISA)2015の報告書で、ウェルビーイングを「健やかさ・幸福度」と日本語訳した上で、「“well-being”は、心身の『良好な状態』や『健やかさ』『幸福度』という言葉で翻訳されることが多いが、それらの言葉が意味するところ(定義)や解釈は人や立場、文脈によって異なる」と、わざわざ注釈を付けている。

白井室長は、Education2030プロジェクトが議論の成果を2019年にまとめた「学びの羅針盤」(Learning Compass)の日本語訳にも関わってきた。

ウェルビーイングの翻訳について「『幸せ』より意味が広い。国研の『健やかさ・幸福度』という訳は、ちょっと狭いという気がしています」と指摘。その理由について、「国研の定義は、生徒を対象に行うPISA調査の一環なので、同じウェルビーイングという言葉を使っていても前提が異なります」としつつ、「所得、仕事、住居といった物質的な条件のニュアンスが出てこないと、心身の健康などに狭く解されてしまう可能性があります。OECDは社会全体のウェルビーイングを提案しているので、個人だけではなくて、社会や地球環境まで含めた全体的に良好な状態というぐらいがいいかな、と思っています」と説明した。

エージェンシー:個人の主体性と社会的な役割

Education2030では、ウェルビーイングを実現するために、エージェンシー(Agency)という概念が大きな論点となっている。OECDによると、エージェンシーの定義は「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」とされる(同書より)。ここでもOECDの考え方を日本の教育に照らしながら、白井室長の解説を聞きたい。

「エージェンシーは、『主体的に行動して、責任を持って社会を変えていく』といった意味になります。要は、個人の思いだけではなくて、自分の社会的な役割などを考えて、自分だけのためではなく、社会のためにも行動する、という責任の意識が含まれています。実は、日本の教育基本法にも同様の概念があります」

教育の目的を定めた教育基本法第2条3項では、「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」と記述されている。

「この部分は、一歩間違えると、自分を犠牲にしても全体のために、といった『滅私奉公』と混同されやすいところです。しかし、『公共の精神』や『社会の形成への参画』といった概念を正しく捉えるためにも、エージェンシーという概念をリフレクション・ツールとして用いることで、日本の教育を見直すきっかけにもなると思います」

エージェンシーは対話で養う:ブラック校則は発揮できない典型例

子供たちのエージェンシーを育成していくときに、教員はどういうことに気を付けるべきなのか。白井室長は「やはり子供たちとの対話から始まる」と述べ、ブラック校則の問題を「児童生徒がエージェンシーを発揮できていない典型的な例」と指摘する。

「何かおかしいな、と思うことがあれば、生徒が『変化を起こしていくために、自分で行動していく』ことが必要です。それにもかかわらずブラック校則が続いているのは、結局、生徒が行動していない、ということだと思います。もちろん行動しても結果的に変わらなかったという場合もあるでしょうが、そもそも行動していない場合も多いのではないでしょうか」

同書では、エージェンシーの課題の例として「重いランドセル問題」を取り上げている。この問題では、教科書や荷物が非常に重いにもかかわらず、毎日自宅に持ち帰ることが多くの学校で慣行となっており、それが子供たちに過度に負担となっているとして保護者やメディアから問題視され、文科省が教育委員会に見直しを通知した。

「私が疑問に思ったのは、なぜ子供たちが先生や保護者に問題意識を伝えないのか、というところです。多くのケースでは『(学校の)ルールだから仕方がない』という話になってしまっていますが、それではエージェンシーが十分発揮されていないと言わざるを得ないでしょう」

出る杭は打たれる、と言われるように、目立ったことをすると逆に周囲から非難されるので、それを恐れる心情もあって、なかなか自分で行動を起こせない。これは、子供も大人も同じかもしれない。

「しかし、そこは文化によって、いろいろなやり方があるはずです。いきなり全員の前で『これ、おかしいと思います』と言わなくても、事前に賛同者を集めて話を進めることもできるでしょうし、『先生、ちょっと相談があるんですけど』と言って先生と一緒に考えてもいい。お父さんやお母さんに相談してもいい。それぞれの文化に適したやり方があると思いますし、それを考えるのも大切なプロセスです」

「エージェンシーの育成は、何か疑問があって、『これを変えたいな』というところがスタート地点です。例えば、『宿題がちょっと多すぎるんですけど、先生なんとかなりませんか』でもいい。大きな社会変革を考えることももちろん結構ですが、小さな社会変革だって構わない。宿題が多いとしても、先生には先生の理由があるかもしれないし、生徒にも生徒の事情があるかもしれない。黙って不満をため込んでいても建設的な議論はできません。自分の一方的な主張を通すだけでなく、お互いが対話をしていって、納得解に達することが、責任を持って主体的に社会を変えていくというエージェンシーの発揮です」

中学校や高校の探究学習だけでなく、小学校でもできそうな内容だ。

「小学校でもできます。もちろんPBLや探究学習も一つのきっかけになるでしょうが、決してそんなに大げさに構えなくてもいい。全ての学校で、さまざまな場面でできると思っています。『教室の掲示物を整理したい』でもいいし、『席替えのルールを変えてほしい』でも構いません」

エージェンシーの発揮は「主体的・対話的で深い学び」を掲げる学習指導要領とも重なるという。「学習指導要領とOECDが示したエージェンシーの議論は、とても近いと思います。特に、アクティブ・ラーニング自体に、エージェンシーを育んでいくきっかけがたくさん含まれています」

「子供たちがエージェンシーを最も発揮しにくいのが、先生が全て決めてしまうときです。カリキュラムも校則も宿題も学校行事も先生が決めて、生徒はそれに従うだけ、という状況が一番難しい。ただ、そこに対話を通した変革の可能性があれば、どんな事柄でもエージェンシーの発揮につながっていきます」

こうして考えていくと、学校現場の教員が留意すべきポイントも見えてくる。

「生徒の疑問や意見を吸い上げて、授業改善などに生かしていくことが重要だと思います。ほとんどの先生方は、できる限り良い授業をしようと日々研究されていると思いますが、やはり自分では気付くことができない点もあると思います。だからこそ、生徒の声を聞いてみることが大事です。『先生(だけ)が授業をつくる』いうのではなく、生徒を『授業づくりのエージェント』として捉えて、『一緒に授業をつくる』というマインドセットが重要です。その相互作用の中で、より良い授業を作っていくことが、先生・生徒双方の成長につながってくると思います」

教師自身のエージェンシーは、これからの学校改革で、より重要になってくる視点だと、白井室長は指摘する。

「先生方が疑問に思うことがあったら、対話を通して変えていく、ということが重要です。授業はもちろん、学校運営、働き方、保護者や地域に関することなど、『ちょっとこれ、もう少し何とかしたい』と思うことについて、それを周りの先生や校長などの管理職、生徒や保護者などと議論して、より良い方向に持っていく。決して複雑な話ではありません。先生自身がまず現状に疑問を持ち、それを改善するために責任をもって行動していく、ということです。それは生徒のエージェンシーを育てる前提でもあると思いますし、教師という職業を、これまで以上にやりがいがあるものにしていくことにもつながると思います」

AARサイクル:PDCAに代わるVUCA時代の考え方

同書では、将来の予見が難しいVUCA(ブーカ)の時代に対応するため、AARサイクルという考え方が重要になってくることについて、相当なページ数を割いて詳述している。VUCAは、Volatility(変化のしやすさ)、Uncertainty(不確実さ)、Complexity(複雑さ)、Ambiguity(曖昧さ)の略語。AIの発達など技術の進展による変化の加速や、多数の要因が相互に絡み合うことによる物事の複雑化などによって、将来の予測が困難になっていることを意味している。

Education2030プロジェクトは、このVUCAの時代に子供たちが身に付けるべき能力をキー・コンピテンシーとして特定し、実現すべき目標をウェルビーイングとして定め、それを実現する道筋としてエージェンシーの発揮を掲げた。それを整理したのが「学びの羅針盤」であり、白井室長の著書はプロジェクトの内容を日本の教育に引き寄せて包括的に説明している。

その中で、学校現場でもよく用いられているPDCAサイクルの考え方では、これからの時代に対応できないという問題意識を提起している。白井室長は「教育を含めたさまざまな分野でPDCAという言葉が使われていますが、PDCAに適した場面とそうでない場面があります。それらが一緒くたにされていることに懸念を感じており、この部分は丁寧に書いています」と語る。PDCAは、言うまでもなく、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)の略語である。

代わって注目しているAARサイクルは、Anticipation(見通し)、Action(行動)、Reflection(振り返り)の略。学びの羅針盤では、生徒が自律的にコンピテンシーを育んでいくプロセスをAARサイクルで説明している。教師が生徒に教える授業上の工夫ではなく、人が生涯にわたって自律的に学び続けるための学習プロセス、という考え方でAARサイクルを捉えている。

同書の中で、白井室長は「変化の激しい時代においては、いったん計画(Plan)したものであっても、状況に応じて柔軟に変更していくことが求められることから、PDCAに適さない場面も多く想定される。状況に応じて、AARサイクルの視点を活用していくことが重要でしょう」と指摘している。

裏を返せば、最初にきちんとした計画を立ててからスタートさせるというPDCAサイクルの発想では、VUCAの時代に対応できない、と読める。さらに砕いて解説を聞いた。

「例えば、学校は前年度に綿密な計画を作りますが、学校評価の機会などに『予定通りできたか』という視点で評価をしているケースもあります。しかし、PDCAサイクルの発想で『年間でこうやります』という計画を立てても、予想外のことが起きるのが常です。そもそも、昨年度はコロナ禍で計画自体が大きな変更を余儀なくされてしまいました。そうした中で、事前に決めていた目標の進捗(しんちょく)を評価することに、どこまで意義があるのかということです」

VUCAの時代は、コロナ禍のように予想できない事態が、次々と起きることに備えなければならない。そういう時代に計画を立てないとスタートできないようでは「全てについて、対応が遅れてしまう」。PDCAはそもそも工場における製品の製造過程など、反復的で短期間のサイクルが想定されており、学校の年度計画など中長期の計画には合わないという。

では、学校現場はどうすればいいのか。

「私はもっとざっくりした見通しを立てるのでよいと思います。計画を立てるとなると、みんな丁寧に詰めてしまう。大まかな方針があって、それに従って進めながら、問題があれば対話をしながら順次修正していくのは当然の話ですし、その方が納得感も得られるのではないでしょうか」

AARサイクルは、大まかな見通しを立て、行動し、それを振り返り、修正しながら進めていく。コンピューターのOSが、いったん公開した後、ユーザーの反応をみながらバグを修正し、バージョンアップして完成度を高めていくのにも通じるかもしれない。予測困難な時代に対応していくためには、教育のプロセスにもこうした発想が必要になってくる。これも日本の学校現場にとって、Education2030をリフレクション・ツールとして活用する一つの方法と言えそうだ。