北欧の教育最前線 異文化の境界に鳴るキックオフの笛

スウェーデンは世俗的な国と言われてきた。キリスト教国であるものの、多くの行事に宗教色がほとんどない。しかし、最近では文化や宗教が多様化し、その違いが目につくことが多くなった。「多文化化」する地域社会で暮らす子供たちの日常から、スウェーデン社会の可能性を探りたい。

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サッカー少年・少女たち

スウェーデン南部のベクショー市にあるイスラーム小学校(公費補助を受ける私立学校)では、サッカーが大人気だ。新学期に入ると、ホームルームの議題の一つに「サッカーの計画(fotbollsschema)」が挙がる。サッカーについて議論するときは、ファティマの口数が増える。ファティマは運動神経抜群なサッカー少女だ。恥ずかしがり屋のアリーも、授業ではあまり手を挙げないが、ことサッカーの話題になると自分の意見を通そうと妥協を許さない。

ラマダーン明けのお祝いでモスクに集まるムスリムたち

休み時間になると、子供たちはサッカーボールを持って校庭に飛び出す。男女問わず、そして氷点下の空気もものともしない。サッカーには日々の楽しみ以外にも大事な目的がある。このイスラーム小学校で開かれる近隣の学校とのサッカー大会では、スウェーデン生まれの両親を持つ子供や、外国生まれの両親を持つ子供など、異なる文化を持った子供たちが混ざり、サッカーボールを蹴りながら協働する意味を学ぶ。

ますます多様になるスウェーデンの学校

ムスリム人口の増加により、教育現場では多様性への対応が求められている。例えば、一般の公立基礎学校(日本の小・中学校に相当)でも、ビュッフェ形式の給食には「ハラルフード(イスラームの教えに沿って作られた料理)」の選択肢があり、レバノンやパレスチナ出身のムスリム生徒たちも心配はいらない。

また、スウェーデンでは、外国の背景を持つ生徒に対する学習権として、母語教育を受ける権利が保障されている。イスラーム小学校に通う子供たちは週に1時間、自身の母語を学ぶ。チェチェン語のクラスでは、スウェーデンで育ったチェチェンルーツの女の子たちが一緒に学ぶ。別の教室では、70年代にスウェーデンに来たソマリア人教員のもと、6人の6年生がソマリア語を勉強している。

イスラーム小学校の子供たち

学校教育庁のデータ(2019年)によると、基礎学校全生徒のうち28.3%が母語教育の対象となっている。対象言語の上位2つは、アラビア語(全生徒の7.3%)とソマリア語(同2.0%)であった。この数字はムスリムの背景を持つ生徒数の多さを示している。

ひと口にムスリムといっても、子供たちの出自は多様だ。上述のイスラーム小学校では、アラブ系、ソマリア系、欧州系の子供たちが学んでいる。また、近隣の基礎学校では、ムスリムに限らず、全生徒の9割が外国の背景を持つ。近年ではパキスタンやバングラデシュなどの南アジア系移民も増加しており、多様性の幅もさらに広がっている。

前向きなキックオフを後押しする「第三の空間」

スウェーデンでは1919年まで「キリスト教」という科目があり、宗教教育が重視されていた。その割合は次第に減少し、69年に科目名が「キリスト教」から「宗教」に変更された。夏至祭や聖ルシア祭も、キリスト教を起源とするものの、現代では宗教色がほとんどない。宗教や文化の多元性を尊重してきたスウェーデンだが、ムスリムへの偏見や移民に対する差別は依然として残っている。イスラーム学校はしばしば矢面に立たされ、ムスリムの子供たちをスウェーデン社会から分断していると批判される。

サッカートーナメントを終えて(ベクショーイスラーム学校フェイスブックページより)

インド出身のホミ・バーバ教授(ハーバード大学)は、文化の混ざり合う境界を「第三の空間」と表現し、その文化的雑種性に新しい文化や価値を生む可能性を見いだしている。子供たちがシュートを目指し戦う空間は、小さな「第三の空間」と言えよう。

異なる文化と背景を持つ子供たちが1つのボールを追い掛けるグラウンドには、宗教や文化の差異による「衝突」や「レッドカード」はない。イスラーム学校には、他者への敬意とムスリムとしての自尊心を育むという思いがあり、学校は子供たちをスウェーデン社会に送り出すための工夫を凝らしている。サッカー大会はその現れでもある。

人口1023万人のスウェーデンは、この10年で人口がおよそ1割増加している。スウェーデン社会全体に広がる「第三の空間」においても、前向きなキックオフの笛が吹かれ、フェアプレーが続くことを願いたい。

(田平修=たびら・しゅう 大阪大学大学院博士後期課程・リンネ大学客員研究員。専門は教育社会学)

 


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