【消滅する教科】 教科書をなぞるだけの授業から抜け出す

「教員が思考を変えなければ、実技教科はいつか消滅してしまう」――。東海大学付属静岡翔洋小学校の音楽専科、塚本伸一教諭は、こう危惧する。義務教育課程での授業時数の減少や、コロナ禍での授業実践の難しさなど、数々の問題に直面する実技教科。ICTを取り入れながら、技術偏重思考を取り払った授業デザインに挑戦し続ける塚本教諭は、子供たちがどんな学びを描き、どんな力をつけていくべきだと考えているのだろうか。(全3回の1回目)

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ICT活用で児童を多面的に見る
――授業では、歌唱や楽器の演奏だけでなく、ICTを取り入れた実践が注目を浴びていますね。授業づくりで、何にこだわっていますか。

オンラインでインタビューに応じる塚本教諭

「考える音楽科」をテーマに、授業改革に取り組んでいます。音楽を通して考える力を養うためには、ただ歌ったり、演奏したりするだけでは足りません。音を出す前に、自分の頭で思考し、何かを感じた上で、それを音に乗せることが大切です。学習指導要領にもそういったことが書かれていますが、あまりに漠然としすぎていて、具体的にどうすればいいのかイメージできない先生も多いと思います。

私の場合、ICTとの出合いで新たな視点を取り入れることができました。本校にiPadが入り始めたのは2016年。当初はそこまで魅力を感じていたわけではないのですが、授業支援アプリである「ロイロノート」の研修会でICTを活用した授業実践を見て、とても面白いと感動しました。音楽の授業でもICTを取り入れれば、もっと児童の思考力や感性を刺激できるのではないかと考え、今ではほぼ全ての授業でiPadを活用しています。

もちろん考える活動は、黒板やプリントでも可能です。しかし、シンキングツールがICT化されたことで、児童の意見を吸い上げるスピードが格段に上がりました。ロイロノートを使えば、児童一人一人の感想をリアルタイムで全員と共有することもできます。

学年が上がるにつれて、授業中に挙手する児童は偏ってきます。でも、発表が苦手な子の中にも、良い意見を持っている子はたくさんいます。そんな児童の考えにスポットを当てながら授業を進めていける点も、ICTの良いところでしょう。実際に私自身も、「この子が、こんな深いことを考えていたんだ」などと、児童の新たな一面を発見できる場面が増えました。

他にも端末の録画機能を使って、家庭で歌唱する姿を撮影してくる課題も出しました。すると、音楽室では緊張してうまく歌えない子が、堂々と歌う姿を目にすることもできました。

音楽をはじめとする実技教科は、技術スキルの向上に重きを置きがちです。そんな中、ICTを取り入れることで児童を多面的に見ることが可能となり、評価や授業そのものの在り方をアップデートすることができます。特に実技教科に関しては、その効果が表れやすいように思います。

なぜ「考える音楽科」なのか
――「考える音楽科」の授業実践について、もう少し詳しく聞かせてください。

例えば、児童がある歌唱曲について「美しい」と感じたとします。次に児童自身にそれを歌ってもらい、美しさを表現するためにどんなところに気を付けたのかを挙げてもらいます。その後、ペアに分かれて歌唱している姿を録画し合い、自分の歌唱姿を客観的に見ながら、その表現が伝わってくるかを検証するのです。

多くの場合、「自分が思ったよりも伝わってこない」という感想に至ります。そこで、何が足りなかったのかを考えます。表情、身ぶり手ぶり、衣装……。児童は音楽そのものだけでなく、それ以外の要素にも目を向け、関心を持ち始めます。

指先が不器用で演奏が苦手な子や、人前では緊張してうまく歌えない子もいます。従来の授業では、どうしてもその技術を見て評価せざるを得ませんでした。しかし、考える活動を取り込んだことで、演奏技術では測れない、児童の内面の思いや考えを把握し、評価することができます。

――なぜ、「考える音楽科」に行き着いたのでしょうか。

実は、私の教員人生は大学から始まりました。そこから高校、中学校、現在の小学校へと舞台を移してきたのです。小学校に赴任したのは今から8年前、43歳のときで、大きな転機になりました。

大学では一斉教授型の講義が主でしたし、高校では部活動の指導が最優先で、毎日の授業づくりにこだわりを持てなかったというのが、正直なところです。

小学校に赴任して音楽科の授業を見学してみると、子供たちがとても退屈そうに見えたことがありました。教科書にある曲を、教師のピアノ伴奏に合わせて歌うだけ。全国の小学校でこんな授業が行われているとすれば、音楽好きの子供はいなくなるし、音楽を義務教育で学ぶ意義がなくなるのではないかと、危機感を抱きました。

そこから授業との向き合い方を180度変え、「学校で学ぶ意義のある音楽の授業」を追い求めてきました。「楽しい」だけで終わるのではなく、そこから汎用(はんよう)的能力を培える学びの形にしなければならないと考えたのです。

今は毎日、挑戦の連続です。大学教員歴が長かったこともあり、最初の頃はどうしても内容が専門的になりがちでした。周りの先生から「塚本さんの授業は今までと違って面白いけれど、難しいよね」と指摘されたこともあります。私は専科教員なので、児童とのつながりは音楽の授業だけしかありません。子供たちの心の距離が離れないように、難しいことをいかに易しくかみ砕いて伝えられるかに、数年間はかかりっきりでした。

端末の楽譜を見ながら、演奏を教え合う児童(塚本教諭提供)

その課題の解決にも、ICTが大いに役立ちました。例えば、打ち込みで演奏や作曲ができる「ガレージバンド」というアプリがあります。授業ではこのアプリを使って、子供たちが作曲に挑戦しました。私はこれからの音楽の授業は、ICTを活用して音楽を奏でることも、器楽活動の一つとして見なすべきだと考えています。端末を使うスキルも向上しますし、アプリを使えば音楽室にはない世界各国の楽器を鳴らすこともできます。さらに、演奏スキルに課題があり、これまで音楽を奏でる楽しさを感じられなかった児童でも、創作する楽しさに触れやすい場合もあります。

全ての児童が自己表現できる環境を
――学校教育で、音楽をはじめとした実技教科は軽視されがちなように思います。

実技教科は、受験の必須教科ではありません。その点、義務教育で音楽科を学ばなくてもいいとの風潮があるのは事実です。そのために私たち音楽教員が頑張らなければいけないと、随分と前から言われてきました。これは音楽科だけでなく、全ての実技教科に当てはまることです。私はあえて、これらの教科を「消滅する教科」という厳しい言葉で表し、私たち教員が存続に挑戦しなければならないと、さまざまな場面で呼び掛けています。

「音符が読める」「ピアノが弾ける」「歌がうまい」といった技術面のスキルは、機械で代用できます。国語や算数などの教科では非認知能力の重要性が指摘されつつあるのに、実技教科では知識や技術スキルを高めることが優先されがちなように思います。

塚本教諭の考える従来型の授業と、「考える音楽科」の授業の違い(塚本教諭提供)

私の授業では、楽器の演奏技術や歌唱スキルには、必要以上に重きを置いていません。「みんなそれぞれに、『ピアノを弾ける、弾けない』や、『歌が得意、不得意』があるのは分かります。先生は一目で分かるので、それを言葉にはしなくていいよ。なぜだか分かる?」と、1年生の最初の授業で必ず問い掛けます。時間はかかるけれど、児童は必死に考えて、「分からない子が嫌な気持ちになるから」と答えます。「だから先生はできる子を『すごいね』と心で思っても、口には出しません。みんなも言わないでほしいな」と話し、児童それぞれが自分たちの能力を多面的に発揮しやすい空気をつくっています。

実技教科は、個人の能力が顕著に見えがちです。その意味で、苦手意識を抱えた子が後ろめたさを感じることなく、自己表現や思考を深められる環境をつくることが、最も大切なことなのかもしれません。

義務教育で音楽を学ぶ意味とは
――「消滅する教科」という表現は、かなりドキッとしました。

音楽や図工、美術の授業時数の減少を見ても、危機感が募ります。音楽に関して言えば、「小学校教育で、音楽科は必要なのか」と、私自身も常に自問自答しています。よく「音楽を通して、子供の感性や情緒を育む」と言う人もいますが、既存の「教科書をなぞる」だけの授業で、それができるのでしょうか。

音楽の授業が育めるものがあるとするなら、「仲間と一緒に〇〇し合う力」だと思います。仲間と一緒に演奏し合う、声を合わせて歌い合う、音を感じ合う……。どれも一人ではできないことです。演奏や歌が得意な子、実技は苦手だけれど考える活動が得意な子など、学校にはいろいろな個性を持った子がいます。お互いの意見を交換し合ったり、一緒に演奏したりしたときに、「チームで一つのものをつくり上げられたね」と児童をねぎらえる授業をつくる。それが学校で音楽科を学ぶ、何よりの意義なのだと思います。

私たち教員が技術偏重主義の考え方を捨て、「音楽を通して」というところにこだわりを持たないと、音楽はゆくゆく学校教育から消滅するかもしれません。音楽だけでなく全ての実技教科で、教員が考えをアップデートする必要があるのではないでしょうか。

(板井海奈)

【プロフィール】

塚本伸一(つかもと・しんいち) 東海大学付属静岡翔洋小学校、音楽専科教諭。児童募集対策室長代行。1969年生まれ。国立音楽大学卒。静岡大学大学院修了。静岡産業大学、静岡学園短期大学、島田市立看護専門学校講師、東海大学付属静岡翔洋高等学校教諭を経て、2013年から現職。ロイロ認定ティーチャー。ICTを活用したさまざまな授業実践を提案し、全国の研究発表会やワークショップなどで講演する。

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