【消滅する教科】 コロナ禍だからできた「児童主導の授業」

「みんなが先生になって、授業動画をつくってみよう」――。東海大学付属静岡翔洋小学校の音楽専科、塚本伸一教諭は日々こうした斬新な授業実践に取り組んでいる。コロナ禍で制限が課せられた今こそ、「子供たち主導の授業に転換するチャンス」と前を向き、バラエティーに富んだ挑戦を行ってきた。「授業は実験」と話す塚本教諭は、どのように「子供主導」の新たな授業スタイルを自分のものにしていったのだろうか。(全3回の2回目)

この特集の一覧

児童が先生になり、授業動画を作成
――休校中は、どのように授業をしていたのでしょうか。

オンラインでインタビューに応じる塚本教諭

私の場合、休校前から大半の授業でiPadを活用していたので、そこまで苦労した記憶はありません。ただ休校になった当初は合唱や合奏ができない状況が続き、音楽の授業の醍醐味を味わえない物足りなさを感じていました。そこでZoomを活用して、児童と合唱や合奏の気分だけでも味わえるような実践をしました。例えば「『ドレミのうた』を音階で歌ってみよう」と呼び掛け、1人1音ずつリレー形式で歌いました。

音楽の授業としては効果が低かったかもしれませんが、何よりコロナ禍という緊急事態に音楽を通じて交流できたことが、児童や保護者、教員である私にとっても心強く感じられました。

児童は想像以上に、前のめりで挑戦していました。というのも、Zoomでは発言するユーザーの画面の枠が光ります。子供たちは自分の枠が光る瞬間がうれしいようで、教室では恥ずかしがるような子も、スポットライトを浴びるかのような堂々とした姿を見せていました。

また、授業に参加する児童の傍らには、両親やおじいちゃん、おばあちゃんが同席していることもありました。家庭の人も巻き込みながら授業をすることができたのは、とてもよいことでした。

――休校が明けて対面授業に戻った後も、合唱や合奏はしづらい状況が続いていますね。

そうです。そこで、新たな切り口の授業実践に挑戦することにしました。名付けて、「自分が先生」です。

「自分が先生」で授業動画を作成する児童ら(塚本教諭提供)

これまでの授業は、教員が教科書や教材を示し、一方的に説明して、児童はそれを聞くというスタイルが主流でした。「自分が先生」は、それを逆転させ、児童自身が教師になり、授業動画を作るといった取り組みです。

テーマは自由。子供たちは教科書の中から一番気になった一曲を見つけて、それをテーマに動画を作ります。iPadの動画編集アプリや作曲アプリ「ガレージバンド」、学習支援アプリ「ロイロノート」、ボイスメモなど、さまざまなツールを活用して、子供たちはオリジナルの授業動画を作りました。

例えば、『翼をください』という歌唱曲があります。とても良い曲ですが、個人的に、教材として教えるための材料は少ないと考えていました。ところが、それをテーマにした児童の動画は「皆さんは、翼を広げてどこに行ってみたいですか? その行った先には何がありますか?」という問い掛けから始まるなど、学習者の想像力をかき立てるものになっていました。私たち教員も、これまでにはない視点を発見できました。

同時に、彼らにもっと音楽的視点を持ってもらうために、教員としてどんなフォローができるかと、新たな課題について考えを深めることもできました。

問い掛け1つで児童が能動的に
――コロナ禍以降、授業に臨む気持ちに変化はありましたか。

コロナ以前も「教員はファシリテーターであるべき」と、いろいろなところで言われてきました。しかし、私を含め多くの教員は、児童生徒を促したり、誘導したりしてしまう場面が、あったように思います。

休校中のオンライン授業や、制限のある中での対面授業の経験を積んでいく中で、「教師が音楽室にいなくても、授業は成り立つんだ」と、ふと思ったことがあります。以前だったら、そんなことを思いもしなかったでしょう。これが一番の変化でした。

今では児童たちに「先生が万が一コロナに感染しても、病院からオンラインで授業できそうだね」と話すと、「もちろん、できるよ」と心強い答えが返ってきます。「なんだか寂しいなあ」と冗談で返すのですが、学びの形が子供たち主体になっている証拠だと思います。

例えば先日、6年生の授業で『おぼろ月夜』という曲を取り上げました。この曲は、楽譜に強弱記号が一切出てきません。例年であれば、それを私が一方的に説明して終わりです。

それを今年度は、「この楽譜を見て気付くことはありますか?」と児童に問い掛けてみたのです。すると、歌詞や音符の上がり下がり、ブレス記号、教科書の挿絵など、さまざまな意見が出てきました。そんな中、一人の児童が「強弱記号がない」と発言したのです。すると、周りの児童も「本当だ!」と大盛り上がり。もちろん教員が教えるほうが効率は良いですが、時間を掛けてでも自分たちで気付けると、児童はこんなに感動して記憶に残るのかと思いました。

2拍子と3拍子の違いについて考えを深める児童(塚本教諭提供)

あとは「先生はこの後、どんな質問をすると思う?」と私の気持ちを想像させる問い掛けも、児童の思考を刺激することに気付きました。私は専科教員なので、児童との関係は最大6年間続きます。そうやって長期にわたって関係性を築いていることもあり、子供たちのことをよく知っているとの自負がありますが、それ以上に子供たちも私のことを知ってくれています。そうした関係性の下、例えばロイロノートを使って児童の回答を共有しながら、「いいこと言っているね。こんなこと先生は思いつかなかった」などとコミュニケーションを取りながら、授業を進めていきます。

これまでの授業では教師が話している間、児童生徒は受け身になりがちでした。それが最近は、私が説明している間でも、子供たちは「先生は、どうしてこんな発言をしたのだろう」「先生が前回言ったことは、実はこことつながっていたのかもしれない」などと想像しながら、能動的に学び取っていく授業になりつつあるように思います。

授業は毎日が実験
――新しい実践に挑戦する中で、失敗もありましたか。

もちろん、ありました。

例えば、今の6年生が5年生だった昨年度、学習発表会で、ガレージバンドを使って、『鬼滅の刃』の主題歌『炎(ほむら)』を合奏しました。私が小学生向けの楽譜を参考にし、児童ごとにパート分けをして、各自がそれぞれアプリを使って演奏、録音します。そして最後に、各自のパートを合体させて、1つの曲にするという取り組みです。学習発表会当日はその演奏をバックに、児童たちがダンスを披露する予定でした。

ガレージバンドでは、バイオリンやギター、異国の地の楽器など、児童たちがこれまで触れたことのない楽器の音と出合えます。その機能を生かし、児童は原曲により近い音を探しながら演奏・録音していました。

そうして、それぞれが録音してきた演奏ファイルを合体させて、つなぎ合わせました。ところが演奏がバラバラで、曲として成り立たなかったのです。各自で音を録音する中で、正確に作業したつもりでも、少しずつ拍がずれていたことが理由でした。児童はとてもショックを受けていましたし、私としても想定外のことでした。期限が迫っていたので学級担任と相談して、発表会当日はCD音源を流して踊るスタイルに変更しました。

肩を落とす児童に、「この失敗は、すごくいい失敗なんだぞ」と、しつこいくらい言いました。本番前に失敗に気付いて方向転換をすることができたし、いくらICTとはいえ、正確性を心掛けなければ失敗することも学べました。

何かに挑戦するとき、私は児童にこうメッセージを送っています。

「実験は理科の特権じゃない。音楽の授業だって、毎日実験だ。実験だから成功もするし、失敗もする。失敗するとき、次にどうするかを考えてほしい」

学習発表会後の児童の日記に、「あのとき塚本先生に『失敗だ、諦めろ』と言われたのは、本当は悔しかった。だけどみんなで失敗したことが、次へつながるかもしれない」と書かれていて、とても感動しました。この経験を経て、子供たちは心なしか以前よりも強くなった気がします。

絶対的な自信が壊れていく瞬間は、人生においてたびたび訪れます。子供たちは音楽を通して失敗を体験し、学びを深めたのだと思います。

技術偏重の授業ばかり追い求めて、「音楽しかできない子」を目指してはいけません。音楽を通して何かを考えたり、感じたりした先に、学びを見いだせる子供を育むための授業をつくっていきたいと考えています。

(板井海奈)

【プロフィール】

塚本伸一(つかもと・しんいち) 東海大学付属静岡翔洋小学校、音楽専科教諭。児童募集対策室長代行。1969年生まれ。国立音楽大学卒。静岡大学大学院修了。静岡産業大学、静岡学園短期大学、島田市立看護専門学校講師、東海大学付属静岡翔洋高等学校教諭を経て、2013年から現職。ロイロ認定ティーチャー。ICTを活用したさまざまな授業実践を提案し、全国の研究発表会やワークショップなどで講演する。

この特集の一覧
関連記事