ヤングケアラーへの支援 教師と学校は何ができるのか?

家族の介護や家事を抱えながら学校に通っているヤングケアラーの子供たちに、今ようやく社会が目を向けようとしている。厚労省と文科省の合同プロジェクトチームは5月17日、初めて実施した実態調査や専門家、自治体、当事者団体などへのヒアリングを踏まえ、国としての支援策を取りまとめた。ヤングケアラーを発見し、福祉による支援につなぐ過程で重要な鍵を握るのが、子供と日々接する学校や教師だ。顕在化されにくいヤングケアラーを把握するために、教師はどんなアンテナを立てるべきなのか。関係者への取材から浮かび上がってきたのは「学校が誰にとっても安心でき、居心地のいい場所であること」「子供の話をじっくり聞くこと」という、学級づくりの大原則だった。


ヤングケアラーの把握・支援が遅れていた日本

ヤングケアラーの存在は英国などでは早くから注目され、さまざまな支援策が展開されてきたが、日本では実態把握すらも行われていない状況が続いていた。

しかし近年、先進的な自治体が独自に取り組みを始めるなどし、にわかに社会問題として注目を浴びるようになった。厚労省でも国として初めての全国的な実態調査に乗り出すとともに、今年に入り文科省と連携し、山本博司厚労副大臣と丹羽秀樹文科副大臣が共同議長を務めるプロジェクトチームを発足。政府の経済財政運営指針である「骨太の方針」への反映を見据えて、具体的な支援策の検討に入った。

そして、5月17日の第4回会合で了承された報告書では、ヤングケアラーへの支援策として▽関係機関・職員の研修の充実、自治体における実態把握の推進▽SNSなどを活用した悩み相談支援▽スクールソーシャルワーカーの配置支援や民間の学習支援事情との連携▽幼いきょうだいをケアするヤングケアラーがいる家庭に対する支援の在り方の検討――などを提言した。

ヤングケアラーを巡っては、すでに一部の自治体で全国に先駆けた取り組みが始まっている。

昨年、「全てのケアラーが個人として尊重され、健康で文化的な生活を営むことができる社会の実現」を基本理念に掲げたケアラー支援条例が全国で初めて成立した埼玉県では、条例に基づき今年度から3年間の「ケアラー支援計画」を策定。条例や支援計画ではヤングケアラーについても盛り込まれている。教育機関と連携した取り組みでは、今年度、自治体の教育委員会と福祉部局の合同による研修会の実施や、当事者や専門家が学校に出向き、講演をするなどの出前授業を予定。また、声を上げにくいヤングケアラーに向けて、オンラインによる当事者同士のサロンやSNSによる相談窓口の運用、啓発や理解につなげるための子供向けのハンドブックの作成なども手掛けるという。

神戸市がヒアリングを基に整理したヤングケアラーの事例

2019年に当時21歳の女性が、同居していた90歳の祖母の介護と、自身の仕事の両立に疲れ、祖母を殺害してしまう事件が起きた神戸市では、こうした痛ましい事件を二度と起こさないために、昨年、ヤングケアラーの支援に特化したプロジェクトチームを立ち上げた。プロジェクトチームでの関係者へのヒアリングなどを基に、神戸市では今年度新たに設置したこども未来担当局に「こども・若者ケアラー支援担当課長」を配置し、ヤングケアラー支援を所管することを明確に位置付けた。6月1日から専任の相談員による相談・支援の窓口を設置するほか、教育関係者への理解促進、当事者同士の交流の場づくりなどに取り組み、教員が関係機関に相談しやすいスキームを構築していくという。

さらに大阪市でもヤングケアラーのプロジェクトチームが立ち上がり、5月13日の初会合では、市内の中学生対象に秋以降に実態調査を行うことや、それまでに教員を対象にしたヤングケアラー理解のための研修を行う方針が示されている。

子供を理解し、変化に気付けるのは担任

13年ごろからヤングケアラー支援の必要性を訴えてきた、日本ケアラー連盟の田中悠美子理事(立教大学コミュニティ福祉学部助教)は、ヤングケアラーの実態把握の難しさを課題に挙げる。厚労省が中学2年生と高校2年生を対象に実施した全国調査でも、ヤングケアラーと自覚している子供は2%程度だったのに対し、「分からない」とした子供が1~2割程度、ヤングケアラーについて「聞いたことはない」と答えた割合も8割を超えた。

ヤングケアラーを自覚している割合(厚労省による実態調査より)

「自治体で実態調査による把握を行う際は、アクションリサーチの側面もあることを意識してほしい。調査の最初にヤングケアラーのイメージをつかみやすいようにイラストの説明を付けるなどして、『自分も当てはまるかもしれない』と思ってもらえるかどうかが第一歩だ」と田中理事。日本ケアラー連盟では現在、埼玉県内の一部の高校で生徒向けの研修プログラムを実施するための準備を進めており、こうした授業を通じて自分自身がヤングケアラーだと気付いた生徒がいた場合に、すぐに学校と連携して対応できる体制も構築したいとしている。

ヤングケアラーを把握し、福祉への支援に円滑につなげるために、学校に求めることとして、田中理事は学校で窓口となる担当者を置き、担任の教員がヤングケアラーの生徒を発見したら、すぐに情報を共有できるようにすることを提案。「生徒のことを一番理解し、変化に気付けるのは担任の教師だ。介護が大変で遅刻してきた生徒に、頭ごなしに怒るようでは、生徒は自分のことを話そうとは思わなくなる。ヤングケアラーと一言で言っても、グラデーションがあるので、まずは子供の話を受け止めてほしい」と話す。

SOSを発信するための共通言語を知る機会を

「ヤングケアラーは必ずしも支援や問題の解決を求めているわけではない」

当事者同士による語り合いの場(こどもぴあ提供)

そう指摘するのは、精神疾患の親がいる18歳以上の人が集まり、自身の体験を語り合う交流の場「こどもぴあ」を運営する社会福祉士・精神保健福祉士の坂本拓さんだ。中高生のころ、うつ病とパニック障害のある母親の話を聞くことが「自分にしかできないことだ」と強く思っていた坂本さんは、当時、自分自身がヤングケアラーであるという自覚はなく、周囲に理解されようと思ったり、SOSを出そうと考えたりしたことはなかったという。

「小学校のころからの友達は、うつ病になる前の元気な母の姿を知っている。母自身も僕も、そのイメージを崩されたくなかったのだと思う。友達が家に遊びに来るときの母は、無理に元気そうに振る舞っていて、友達が帰ると疲れきっていた」と振り返る。

精神疾患に対する偏見の強い日本では、本人が精神疾患を周囲に隠したがったり、そもそも本人にその自覚がなかったりすることもある。ましてや、小さな子供が家族の「心の病」をうまく説明することは難しく、周囲が大ごととして捉えてしまい、子供本人が望まない形での介入につながってしまうこともある。

坂本さんは「周囲の大人は、子供の気持ちの負担感や肩の荷を下ろす役割を第一に意識してほしい。相談した結果、『親は悪者、子供は被害者』のように扱われてしまうことを子供は望んでいない。問題の解決は本当に慎重にしてほしい。学校が、愚痴や辛さを吐き出してもいい、子供にとって一息付ける安心・安全な居心地のいい場所になれば」と話す。

また、坂本さんは子供自身が自分自身の状況や家族の「心の病」を言葉にできるようにするためにも、学校の授業の中で、精神疾患やヤングケアラーについて学ぶ機会を設けることも提案。「SOSを発信するための共通言語を早くから知っておく必要がある。そのために、僕らのような福祉の専門職が学校の力になれることがあればしていきたい。学校が外部に遠慮なく協力を求めてくれるようになれば、教師の負担も減る」と呼び掛ける。

教師の一言が力になる

実は、ヤングケアラーの中でも、幼い弟や妹の世話をしているケースは最も多い。兵庫県尼崎市教育委員会学校教育部こども教育支援課で、スクールソーシャルワーカー(SSW)として働く黒光さおりさんは「幼いきょうだいの世話は、昔であれば当たり前というイメージもあり、支援の対象として見られにくい。SSWとして受け持っているケースも少ないが、実際はもっと多いのではないか」と指摘する。本人は周囲に「大丈夫」と言ってしまいがちであることから、支援の対象として浮かび上がってこない傾向にあるという。

それだけに支援のキーパーソンとなるのは、身近で子供の様子を日々観察している教師だ。黒光さんは「子供は家族の世話にやりがいを感じている。支援しようとしてケアの全てを取り上げてしまうと、かえって不安定になってしまうことも多く、まずは子供の話を聞いて、その子が夢に向かって勉強したり、部活動ができたりするように調整してあげるような意識が重要だ」と話す。

また、「教師がヤングケアラーについて知っているか知っていないかで対応が違ってくる。発見後はSSWにつないでもらえば、地域資源も活用して、卒業後の支援も含めた対応を考えることができる。『チーム学校』で早めに対応すれば、その子にとってよりよい支援につながり、教師の負担も減るはずだ」と、学校でヤングケアラーへの理解とSSWや地域との連携体制を築く必要性を強調する。

そんな黒光さんも、中高生のころは母親に代わって家事をすることも多いヤングケアラーの一人だったという。しんどい気持ちを誰にも言えなかった黒光さんの支えになったのは、中学校3年生の担任とやり取りしていた「生活ノート」だった。黒光さんがノートに「昨日は母の調子が悪くて家事が大変だった」と何気なく書いたところ、その担任からは「よく頑張ったね」といったコメントが返されていた。
そのころ感じていたクラスの雰囲気を、黒光さんはこう振り返る。

「思い返すと、そのときのクラスはどんな生徒にとっても居心地がよくて、みんな仲間だという意識があり、とてもインクルーシブな場所だった。先生の一言が子供への力になる。大人になった今でも、そのノートは捨てられない」

(藤井孝良)