高校再生の仕掛け人 「町の最高学府」として創生の核に

北海道の中央部、自然豊かな鹿追町にある鹿追高校が今、町と連携した公設塾や部活動改革、探究学習プログラムなど、さまざまな改革で注目を集めている。2019年度に着任した俵谷俊彦校長は、前任校の北海道奥尻高校で「まなびじま奥尻プロジェクト」など大胆な施策を展開し、存続の危機にあった同校を再生したことで知られる。過疎化や少子化が深刻な地方の公立高校は今後、どのような道を歩むべきなのか。俵谷校長の着任初年度のマネジメントに焦点を当て、未来への戦略を探る。(全3回の第1回)

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教員が主体になって改革に向かう仕掛け
――ユニークな取り組みを打ち出したことで、生徒数も増えてきているのでしょうか。

実はまだ、生徒数としてはっきりと成果が出ている段階ではありません。2020年度の生徒数は、2年生と3年生が50人台ですが、1年生は30人を切り、ついに1クラスになってしまいました。41人以上の入学者がいないと2クラスにはなりませんから、教員の配置数も減ることになります。地域の少子化に加え、近年は帯広市などの都市の高校に生徒が流れる傾向が強くなってきた結果です。

鹿追高校では長年、進学指導をセールスポイントにしてきました。具体的には、60人ほどの生徒のうち、毎年10人ほどの生徒が国公立大学に進学できるほどの実績を誇っていました。それを支えていたのは、部活動が終わった後に行われる課外補習「鹿ゼミ」でした。しかし、教員にとっては勤務時間外の取り組みだったため、働き方改革の一環で数年前に廃止されていたのです。その結果、進学を意識していた保護者の気持ちが離れてしまったんですね。

こうした状況があったとはいえ、新しく来た校長がトップダウンで改革を進めると、余計な混乱や摩擦を生むこともあり、誰も望みません。そこで、新しい組織をつくることにしました。既存の問題をみんなで明確にして、これからの方向性を共有していく必要があると考えたのです。

そうして立ち上げたのが、「持続可能な鹿高づくり運営委員会」です。各分掌の代表と有志の教員で構成され、何度も議論を重ねながら、職員会議では出てこないような教員視点での課題意識、地域のニーズなどを洗い出しました。その上で、今の高校改革の流れも踏まえて、取り組むべき問題について役割分担をし、それぞれの教員が責任を持って改革を進めてくれました。本校で今展開されているさまざまな改革は、この委員会の教員らが中心になって取り組んでいるものです。

地域の思いと現状認識のずれを修正する
――教員が問題解決に向けて主体的に動き出したのですね。地域はこのことを、どう見ていたのでしょうか。

俵谷俊彦校長(本人提供)

入学者が大きく減少して1クラスになってしまったことは、教員にとっても、町の人たちにとっても衝撃でした。

実は、町としても高校の存続についてはかねてから危機意識を持っていて、校長に着任して早々に、私は町から「看護コース」の設置を要請されました。ただ、それで本当に生徒数が増えるのかは疑問で、教員も強く反発しました。当時、町役場には「看護学科早期実現」と書かれた垂れ幕が掛かっていました。それを見れば町の方針は明らかだったのに、高校の中で議論された様子はなかったですし、町や教員がちゃんと現状を分析しているとも思えませんでした。

そこで私は町に「看護コースの設置は難しい」と正直に説明し、「教育の質を向上させるにはICT環境が最優先で必要」だと訴えました。その結果、町の予算で校内のWi-Fi環境を整え、40台のタブレット端末を貸与してもらえることになり、リクルート社の「スタディサプリ」を導入しました。それが2019年度末のことです。そのおかげで、コロナ禍の休校期間中、本校は道内ではいち早くオンライン授業ができました。

もう一つ町にお願いしたのが、女子寮の設置です。実は本校には男子寮はあるのに、女子寮がなかったのです。町内にある中学校では、山村留学がすごく人気で、鹿追町にも多くの中学生が都市部から来て学んでいました。そうした中学生が、高校生になってもそのまま鹿追で学び、暮らし続けたいと考えたときに、女子にはその受け皿がなかったのです。

改革の本気度を伝えた校長公募
――そうやって、町の問題に対する現状認識と解決策を少しずつ擦り合わせていきながら、改革に着手していったのですね。

生徒数の減少が課題となっていた鹿追高校(俵谷校長提供)

私にとって一つ悩ましかったのは、これらの問題に取り組むには、校長の通常の任期ではとてもではないが時間が足りないということでした。多くの場合、公立高校の校長は2~3年で異動となります。でも、鹿追高校の改革を実現させるには、最低5年くらいは必要です。

そう思っていたところ、ちょうど道教委が校長の公募を始めたのです。本来は、校長が次の転勤で行きたい高校を挙げて、そこでどんな学校経営をしたいかをプレゼンし、審査するという趣旨だったのですが、要項を見たら転勤を前提としていないことや高校の指定もありませんでした。そこで私は、今の鹿追高校でもう少し時間の猶予が欲しいと訴えることにしたのです。道教委からは珍しがられましたが、教員にも校長の本気度を示すことができました。

その校長公募のプレゼンで私が打ち出したのが「鹿追創生アカデミア構想」です。これは文字通り、鹿追高校を町の最高学府として、創生の核となる学び舎にすることを目標にしています。

これまで本校には、1年次に「カナダ短期留学」があったのですが、3年間全体のカリキュラムで見たときに、その前後の学びや進路指導が薄いなと感じていました。この短期留学後、生徒たちは特別進学コース、国際教養コース、情報ビジネスコースに分かれるのですが、各コースでの進路サポートは、インターンシップや進路ガイダンスといったものしかありませんでした。

そのため、学校と地域が連携して、生徒自身が主体になって地域を創生し、大人を動かす学習が必要なのではないかと考えたのです。看護医療、農業、観光、防災などのテーマの中から、生徒がやりたいものを自分で選び、町を発展させるためにどうすればいいかをとことん考える。そんな探究学習が子供たちの能力を引き出すのではないかと考えました。

ただ、そうした実践を個々の教員にだけ任せていてはいけません。そこで、整備してもらったICTも活用しながら、地域の方々や最先端を行く専門家とつながって展開していく「鹿追創生アカデミア構想」を打ち出したのです。

(藤井孝良)

【プロフィール】

俵谷俊彦(たわらや・としひこ) 北海道鹿追高校校長。専門は英語。2015年に北海道奥尻高校に教頭として赴任し、同校存続に向けて、奥尻島外からの受験生を呼び込むための教育改革「まなびじま奥尻プロジェクト」を展開して注目される。座右の銘は「不をとらえ先端を目指せ 人の喜び、のち、真の喜び」。

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