【コロナと教育・英国編】日本人の英大学生が選んだキャリア

英国では新型コロナウイルスの感染が急拡大する中、医学生が治療の最前線に動員されるなど、大学と社会との連携が進んだ。中には帰国せず、そのまま英国でのキャリアを選んだ日本人学生も。ロンドンに居住する国際ジャーナリストの木村正人氏が、その背景を解説する。(全2回の最終回)

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「人手が足りないので医学生も手伝って」
UCL医学部5年生の貴島さん(本人提供)

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)医学部5年生、貴島萌さんが、医療・人道援助を行う国際NGO「国境なき医師団」で働きたいと思うようになったのは中学生の時だ。国際的に活動するならまず英語だと考え、高校1年の9月から親元を離れて英国のボーディング・スクール(寮制の学校)に留学した。江副記念リクルート財団学術部門49回奨学生の貴島さんは2019年から1年間、UCL日本ソサエティーの会長を務めた行動派でもある。

昨年3月、パンデミックの第1波で英国はロックダウン(都市封鎖)に追い込まれ、臨床実習は7月まで中止、オンライン講義に切り替えられた。流行がいったん落ち着いた9月から実習は再開された。

12人前後のチームに振り分けられ、「バブル(接触が許される固定メンバーの集まり)」が形成された。実習期間が6週間と長い産婦人科や小児科では3週間は実習、残り3週間は外来、オンライン講義と、クラスター発生を防ぐため一度に病棟に入る医学生数をさらに制限した。

第2波が拡大した11月、実習は再び大きな変更を余儀なくされた。外科も緊急手術以外は延期され、貴島さんが実習していたロンドンのロイヤルフリー病院ではコロナ患者用に集中治療室(ICU)の病床数が増やされた。

「人手が足りないので医学生も手伝って」と有料ボランティアの募集があり、貴島さんも12月、コロナ治療の第一線で国民医療サービス(NHS)に臨時雇用される形で働いた。大学の授業よりコロナ対応を優先してほしいという要請だった。

主な仕事は看護師のサポート。ICUの患者は気管挿管され、苦しみや痛みを感じないよう全身麻酔で眠らされていた。コロナ重症患者の死亡率を3分の1下げるステロイド系抗炎症薬デキサメタゾンも使われていた。看護サポートのシフトは6時間と12時間で患者2~3人を担当する。気管挿管された患者の体を動かすチームは別のシフトで、麻酔科の医師がリーダーになり、チームで病棟を移動して回った。

「ICUは二重扉になっており、最初の扉を入ったところで感染防護具を着け、次に☓印のシールが貼られた扉を通って入る。2つ目の扉の向こうには感染防護具なしでは入れない。最初の頃は☓印の扉の中に入っていくのに、すごく緊張した。感染防護具の付け方も教えてもらったが、現場で迷いながら、いろいろな工夫を真似して覚えた」

例えばガウンの袖の部分にハサミで小さな穴を開け、手袋をした親指を引っ掛ける。さらにその上から手袋をつけて、テープでガウンに巻き付け防備する。気管挿入されている患者からのエアロゾル発生はそれほど心配しなくてよかった。ICUでの看護は主に患者の体を拭いたり、汚物処理をしたりする。二重の手袋の上から新たに手袋をはめたり外したり、洗ったりするので、手元は頑丈にガードしておく必要があるのだ。

英国でキャリアを目指す日本人医学生

「私がチームに加わった時は専門医の先生、看護師含め他の経験豊富なスタッフが“来てくれてありがとう。分からないことは何でも聞いてくれていいから、一緒に頑張ろうね”と温かく迎えてくれた。ヒエラルキーは全く感じなかった。現場で問題があったら誰でもストップをかけられる。NHSでは、医療事故が起きる時は、誰かがおかしいと思っていたのに言い出せなかったことが多いと、長年の経験から分かってきた。その教訓から、なるべくフラットな組織作りに取り組んでいる」

英国では医学生も社会を支えるエッセンシャルワーカーとみなされ、コロナ対応に動員された。UCLの場合、勉学と身体的・精神的健康を優先、参加する場合も個人の意思が尊重され、上限は週24時間、感染予防が徹底された。

民間病院が中心の日本とは異なり、英国には原則無償で全市民に医療を提供するNHSがある。システム上、病院間の分業や協力が一元的に、柔軟かつ円滑に進めやすいという長所がある。

NHSを応援するため子供たちが寄せたカード(貴島さん提供)

「英国はみんなで困難を乗り越えようとしている印象を受ける。NHSのヒーローたちに拍手を送るキャンペーンがあったり、忙しい医者、看護師のために買い物や子供の世話を地域の有志が引き受けたりしていた。しかし日本ではコロナ感染による仕事への影響や、医療従事者やその家族への差別が報じられた。英国では感染者が累計で440万人を超えたので差別のしようがなかったのかもしれないが、日本では責任の押しつけ合いやお互いを責める風潮が強いように感じた」

英国のコロナ対策では女性研究者の活躍が目立った。製薬大手アストラゼネカと共同でコロナワクチンを開発したオックスフォード大学のセーラ・ギルバート教授、ゲノム解析で変異株をあぶり出すCOVID-19ゲノム・コンソーシアムのシャロン・ピーコック議長(微生物学)、イングランド公衆衛生庁やNHSテスト&トレース(検査・追跡)、合同バイオセキュリティーセンターを統合して発足した英保健安全保障局のトップ、ジェニー・ハリーズ氏。

英国でキャリアを目指す貴島さんは「女性のリーダーが活躍しているのを見ると、私も頑張ろうと思う。日本では医学部受験の面接で家族計画について聞かれるから、予備校で”正しい”回答の仕方を練習するという話を聞いたことがある。英国でそんなことを聞いたら、その大学は一発でアウトだ。こちらでは産休や育休を取っても戻って来られる。2年間休んでも、もう一度、訓練を受けて働くことができる」と語る。

大学を中心に広がるスタートアップ
ロンドンのスタートアップでAIの開発に取り組むデータサイエンティスト・立花さん(本人提供)

UCLの修士で機械学習を学び、昨年10月からロンドンのスタートアップ「casuaLens」でAIの開発に取り組むデータサイエンティスト、立花悠貴さんは「コロナに関する論文など、大学が率先して解決に動くフットワークの軽さに非常に驚いた。例えばオックスフォード大学のリサーチチームは、各国政府のコロナへの対応に関する大規模データを研究の一環として広く公開した」と話す。

英国でキャリアをスタートした理由について「英国の大学で勉強すれば、高い給料をもらえるのはやはり日本の大企業や外資系だ。お金を取るか、自分が研究したいテーマや働きたい分野で最先端か、最先端を目指す会社を選ぶかを考えた結果、自分はロンドンに残ることにした。日本で働いて英国に戻って来るより、英国で働いてノウハウを身に付けてから日本に行く方が魅力的かな、という打算もあった」と話す。

元京都大学特任教授の野村氏(本人提供)

UCLではスタートアップの懸賞が設けられ、無料で相談を受けられたり、スタートアップのCEO(最高経営責任者)が講演に訪れたりした。「大学在学中に起業する人もちらほらいて、スタートアップの存在は非常に身近だった」と、立花さんは大学を中心にスタートアップのエコシステムが広がる様子を解説する。

元京都大学特任教授で、同学の産官学連携本部欧州オフィス(ロンドン)代表を務めた野村俊夫氏は「今回、英国のコロナ対策がうまくいったのは、オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカの協力、つまり科学の産業化、そして科学を生かす政治の力、この二つが合体したからだろう。裏を返せば、日本はそこがうまく行っていないということだ。日本では科学が政治に利用されてしまうようなところが、まだあると思う」と指摘する。

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