【山田勝治氏】 西成高校を再生させた反貧困学習

 

ネットカフェ難民、日雇い労働者、シングルマザー……。大阪府立西成高校の「反貧困学習」では毎回、生徒たちが日々の暮らしと切り離せないテーマに向き合う。かつては教育困難校と呼ばれ、不当な差別や経済的な困窮に苦しみ、荒れていた生徒たち。「格差の連鎖を断つ」と打ち出した改革が功を奏し、学校全体が少しずつ変わっていった。そのきっかけは「教員の想像力」だと、同校の山田勝治校長は語る。教頭時代も含め同校で計12年間、生徒の困難と対峙してきた山田校長に、改革の軌跡を聞いた。(全3回の1回目)

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「反貧困学習」が生徒を引きつける理由
――反貧困学習など、生徒の日常生活や進路に関わるユニークな教育が大きな注目を浴びました。こうした取り組みを始める上で、課題がありましたか。
山田校長(本人提供)

反貧困学習は15年前、厳しい生活背景で荒れる生徒たちの姿を見て、本校の肥下彰男教諭が中心となって始めました。当初は「生徒が貧困であることを前提に学習を展開している」と批判されないか、「西成高校の生徒は貧乏だから、こんな学習をしているのか」と差別を助長しないかなど、懸念点も数多くありました。

しかし、私たちの憂慮は、あっという間に吹き飛びました。ネットカフェ難民、シングルマザー、日雇い労働者……、反貧困学習で触れるトピックは、どれも生徒の生活と密接に関わっており、教員の想像以上に熱心に学ぶ生徒たちの姿がありました。特にこの学習を通して、自分のことを語りたがらなかった生徒たちが、自らの家庭や生活状況について語り始めたのです。

決まった教材はなく、知識を教えればいい授業ではないので、課題は尽きません。特に赴任してきたばかりの教員に、この学習の狙いや意義、手法を理解してもらうことには、毎年のように苦労しています。

反貧困学習では、「この答えはAです」と正解を知ることが目的ではなく、答えを導く過程で「これはAなのか、Bなのか」と生徒自身が自分の生活や社会情勢に思いを巡らせる作業が、何より大切です。

例えば、非正規雇用者の不当な雇い止め問題。中小企業が雇い止めする場合、事業主も会社の資金繰りなどに苦しみ、追い込まれているケースがよくあります。一方で、雇い止めされた労働者は、もっと苦しい状況に置かれています。単に知識を得るだけではなく、現実社会の中のそれぞれの立場の苦しさを知った上で、どうするべきなのかを議論することが肝要です。そうした活動を通じて、生徒たちは自分の考えを整理しつつ、対処法を学んでいきます。

――大学を卒業したての教員やアルバイト経験がない教員が、社会の実情に関わる授業をつくるのは難しいのではないでしょうか。

その通りです。そのために本校では、教員研修を充実させ、新任の先生方にも段階的に理解してもらえるように進めています。教員に向けてよく話しているのは、「なぜ、西成高校で反貧困学習をするのか」「目の前の生徒は、家に帰るとどんな暮らしをしているのか」と、常に想像を巡らせてほしいということです。

なぜ、この子の制服は汚れているのだろうか。どうして、この子は毎日遅刻してくるのだろうか。なぜ、彼はアルバイトをして毎月3万円も親に渡しているのだろうか。どうして、あの子は朝からアイスクリームを食べているのか。

生徒たちの一つ一つの言動や様子について、想像することから教員の仕事は始まるのです。

真冬の朝にアイスを頬張る生徒
――朝からアイスクリームとは、どのような事情があるのでしょうか。

本校には、真冬の寒い時期でも、朝からアイスクリームを食べている生徒がいます。

それは、アイスクリームが空腹を満たすために、手っ取り早い食べ物だからです。100円くらいと安価ですし、食べると血糖値がすぐに上がり、満足感を得る上でコスパが良いのです。

教員になる人は、子供時代、先生にも気に入られ、学校でいい思いをしてきた、いわゆる「優等生タイプ」が大多数ではないでしょうか。だからどうしても自分の高校時代に当てはめて、偏った経験則で生徒を評価してしまいがちです。教員はそうした先入観を捨て、目の前の児童生徒に寄り添い、彼らの生活をリアルに想像しなければならないと思います。

でも、多くの教員は、そうした術を学ぶ機会がありません。そのため、教員研修では西成という地域が抱える問題や生徒たちの置かれている厳しい環境に、じかに触れる機会を数多く設けています。生徒と共に学ぶことも多く、彼らの熱心な姿から教員が学びを得ることも大いにあります。

――具体的にはどのような研修をしているのでしょうか。

例えば、日雇い労働者や路上生活者が多く暮らすエリアに、フィールドワークに行きます。路上生活者を支援しているNPO団体と連携して、実際に路上生活をしていた当事者からお話を聞いています。どんな生い立ちで、何がきっかけで路上生活に陥ったのか。路上での暮らしはどのようなものなのか。生々しい体験談も多く、何度聞いてもドキッとする瞬間があります。

自身の生活や環境と向き合いながら授業に取り組む生徒ら(山田校長提供)

特に、生徒と当事者の境遇がリンクしたときは、何とも言い難い気持ちになります。「親に捨てられた」「児童養護施設に入っていた」と当事者が語り始めると、生徒は身を乗り出して食い入るように聞きます。「つまらない」なんて言う生徒は一人もいません。「この人は、将来の自分かもしれない」と感じるからです。生徒一人一人が自分事として耳を傾ける姿は、後ろから見ているだけでもその熱量に圧倒されます。

生徒たちの変容を目の当たりにし、教員も少しずつ本校の校風や独自の学習方針を受け入れていきます。

――反貧困学習を通じ、生徒は改めて自分の困難な状況を突き付けられます。精神的なケアが必要になるケースはないのでしょうか。

うちの生徒の多くは、メンタルが強いんですよ。大半は最近になって困難な状況に陥ったのではなく、生まれた頃からそうした状況下で何とか生き抜いてきた子たちです。

例えば、一緒に住むきょうだいが親から虐待を受け、命を落としかけた経験のある生徒もいます。そんなとてつもない逆境に、ここまで耐えて踏ん張ってきた生徒たちです。むしろ私たちが、彼らから学ばなければならないことが山ほどあります。

30回の遅刻でも褒めたい
――生徒との関わりで心掛けていることはありますか。

とにかく、認めることです。

生徒たちはちゃんと自分で考えているし、建設的な意見も持っています。でも、これまでの間ずっと「〇〇しなさい」「〇〇ができていない」と、大人から否定的な言葉を浴びせ続けられてきました。特に本校の生徒は、小中学校で失敗や挫折を味わってきた子が多く、そのたびに大人たちから否定され、傷ついています。

ですから、うちの学校では否定しないでおこうと決めています。生徒が「〇〇したい」と言えば、まずは「それ、いいね」と肯定するようにしています。

例えば、連日遅刻を繰り返し、その数が30回に上った生徒と、校長室で話をしたことがあります。遅刻する理由について話しているとき、私は「中学校の頃はどうだったの?」と尋ねてみました。すると、「すいぶん減りました」と言います。「じゃあ、この30回という数字は、褒めた方がいいんだね?」と、私は返しました。

生徒それぞれに違った環境や個性があり、成長の物差しも違います。まずは目の前の生徒の成長を認めなければ、信頼関係は築けないように思います。

初任時代の生徒への差別が原点
――山田校長は、なぜ教師を志したのですか。

高校時代の歴史の先生の授業が面白かったので、私もこんな授業をしたいなという軽い気持ちで志しました。ただ若かったので、学生時代は小説家や新聞記者などに憧れた時期もありましたね。しかし最終的に、教員を選びました。

今の教育観の原点には、初任で赴任した府立高校の生徒たちとの出会いがあります。

私が教員になった80年代当時は、部落差別の問題が今よりも根深く、学校でも人権教育が盛んに行われていました。私は、赴任校の「部落研究会」の顧問に任命されました。そこで生徒たちが、社会から不当に差別を受けている姿を目の当たりにしたのです。

ある日、同和地区に住む生徒のもとに匿名の手紙が届きました。新聞や雑誌の文字を切り貼りした脅迫文のような形式で、卑劣極まりない侮辱の言葉が記されていました。送り付けられた女子生徒は「先生、これ見てよ。笑うやろ」と、その手紙を私に見せてくれました。でも、表情は少しも笑っていなかった。その夜、彼女は失踪したのです。

そのことをきっかけに、彼女の友人たちは「これは絶対に許せない。社会に訴えよう」と立ち上がりました。学校でも人権学習に一層力を入れるようになりましたし、生徒たちは学校が始まる前の早朝から校門でビラ配りをしました。生徒と共にそんな時間を過ごしながら、単に知識をつけるだけの教師では駄目だと、だんだん気付き始めました。

それ以降も、厳しい家庭環境の子や理不尽な社会の犠牲者となっている子と出会うたびに、「教育で何かできることがあるはずだ」と考えるようになりました。

それから何十年もたちましたが、あの時、手紙を手にした女子生徒の顔がどうしても忘れられません。今思えば、それが私の教育の原点なのでしょう。

(板井海奈)

【プロフィール】

山田勝治(やまだ・かつじ) 1957年、大阪府西成区生まれ。1990年から2004年までの15年間、「成人識字」教室の運営に関わる。05年、西成高校に教頭として赴任、09年から13年3月まで同校校長を務めた後、異動。17年、同校校長として再赴任。「基礎教育保障学会」所属。著作に『格差をこえる学校づくり 関西の挑戦 阪大リーブル』(志水宏吉編、大阪大学出版会)内の第2部『「先端でもあり、途上でもある」ー高校版「UD化」計画ー』、『わたしたち(西成)は二度「消費」された』(ヒューマンライツ2019年9月号)など。

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