【コロナ禍のプール授業】 泳がない水泳学習も登場

学校の水泳指導が行き詰っている。例年は6月頃から実施されるプール授業も、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で中止する自治体が多数ある。中には2年連続で見送るという苦渋の決断をした自治体も。教室からの移動や更衣室などの密室状態や、泳法の指導など密着する機会が多い、プール授業。一方で子供の健康や学び、安全教育の面など、中止による影響も危惧される。制限下でも水泳授業の可能性を探る識者や現場の姿を追った。


2年連続で中止の自治体も

コロナ禍で幾多の制限が課せられている、日々の授業。感染予防の観点から、これまでの運用方法を見直さざるを得ない教育活動も少なくない。多くの児童生徒が心待ちにする体育のプール授業の是非を巡っても、全国の学校現場は対応に追われている。昨年は、一斉休校明けの混乱下の影響もあり、ほとんどの学校で中止の判断が下された。

文科省は今年4月、「学校の水泳授業における感染症対策について」と題した通知を発出。その中では「児童生徒の密集・密接の場面が想定されるため、様々な感染リスクへの対策を講じる必要がある」としつつも、「児童生徒の健康と安全を第一に考えて、地域の感染状況を踏まえ、密集・密接の場面を避け」、実施を検討するよう求めた。スポーツ庁では、感染対策をとったプール授業についての動画を配信し、現場の周知に努めている。

今年度の実施を巡っては、中止にかじを切る自治体も出てきている。従来のプール授業は、複数学級が合同で取り組むため、大人数での活動が主流だった。さらに移動や更衣室内など教員の目が届きにくい場面が多く、感染対策が容易ではないことは想像に難くない。実施することで、教員へ過度な負担が掛かる可能性も否定しきれないだろう。一方で中止することで、児童生徒の学びや健康、安全教育などに弊害が生じるのではと、懸念する声も相次ぐ。

お風呂で水に慣れ親しむ

神戸市の公立小学校に籍を置くA教諭はこの日、市からプール授業を見送るように通達を受けたと肩を落とした。「感染状況を踏まえると仕方ないと思う。ただ児童は昨年に続き2年連続でプールに入れておらず、これからの水泳学習について考えると不安も感じる」と明かす。

神戸市では、昨年度もプール授業の実施を見送った。当時2年生を担任していたA教諭は、児童がコロナ禍でも水に慣れ親しむ機会を作ろうと、家庭のお風呂でできる実践を考案した。例えば指から伝う水滴を頭の上や顔に垂らし、段階的に水に慣れていく。湯舟の水に顔をつけるのがゴールだ。

「低学年なので、プールに入れない1年間で水を嫌いになってほしくないと特に注意を払った。水への抵抗感をなくし、いかに水を好きになれるかを念頭に置いて、アイデアを振り絞った」と振り返る。

しかし昨年度に続き今年度も、児童は学校のプールで学びを深めることはかなわなかった。現在5年生を担任するA教諭は、教室内で工夫しながら、水にまつわる授業を展開したいと前を向く。特に注力したテーマは「水難事故」。「水の危険性を正しく理解して、どれだけ自分事として捉えてもらえるか」と思慮する。SNSがきっかけでつながったライフセービングや専門家と意見交換しながら、コロナ禍の水泳授業をつくっていくという。

「プール授業には、水の危険性を伝える安全教育としての役割がある。例えば溺れている人を見つけても、自力で助けようとするのではなく、まず、周りに助けを求めなければいけない。児童にとって今年の夏はもちろん、それ以降、大人になってからも記憶に残り、万が一のときに活用できる知識を得られる授業をつくりたい」と話す。

「学校で水泳を学ぶ意義」とは?

実はA教諭、今年度のプール授業が実現したときのために、授業案を作成していた。それをSNSで公開し、一部で反響を呼んでいたのだ。「教員が一方的に教え、ただプールに入るだけの授業では意味がない。制限下でもせっかくやるのであれば、児童一人一人がそれぞれの課題を把握し、授業を通して解決に向けて試行錯誤できるよう工夫した」とポイントを明かす。

例えば、教室とプールのハイブリッド型で授業を展開。実践前の事前の課題把握や振り返りは教室で実施し、プールでの活動内容や活動順序も事前に児童と共有しておく。プールでは教室でできない実践だけを行い、感染予防としても、学びの質を高めるためにも成果が得られるように組み立てた。

また泳ぎの得意・不得意にとらわれず、どの児童も自分のペースでチャレンジできるゲームも取り入れた。その1つ「10ストロークゲーム」は、10回ストロークする間にどこまで泳ぎ進められるか距離を記録するもの。途中で立ち止まることもできる。

「例えば『25m泳ぎましょう』という課題を出したら、得意な子にとっては物足りないし、苦手な子にとってはしんどい。授業を通して、どの児童も自分の力を高められる、挑戦できる要素を取り入れる必要がある」と話す。

A教諭がこのような思いを抱くには、理由がある。教師と実業団に所属する現役スイマーの二足のわらじを履くため、日ごろから「学校で水泳を学ぶ意義」について考えてきたからだ。

「スイミングスクールではなく、公立学校で水泳を学ぶ意味をしっかりと児童に伝えたい。泳げるようになることだけが目的ではなく、皆が平等に、水の心地よさや水中の異空間を体感できること。そして何より、水難事故など安全教育の役割も果たしていることを、改めて実感している」と語る。

一方で、感染予防に神経を尖らせて、プール授業を実践することへの限界やプレッシャーも理解できるという。

「水泳の授業も他の学びと同じように、教師が教える形から、子供同士で学び合う形に転換していかなければならない。もし今年度実施できたとしても、このような厳しい制限の中で、求められる資質・能力が身に付く授業が実現できるかは分からなかった」と不安を口にする。

とはいえ児童は2年間、水に触れていないことになる。今年2年生の児童は、来年3年生に進級してやっと学校のプールに入ることができるのだ。

「来年度のプール授業をどう展開していくか、今から真剣に考えていかなければならない」と、A教諭は懸念する。2年間のブランクは想像以上のものだろう。それを埋めるために、来年の夏に限られた時間の中でどのような実践を重ねるべきか。試行錯誤はまだ続きそうだ。

コロナ禍で増加する水難事故
オンラインで取材に応じる松井教授

「コロナの感染リスクと水難事故で危険にさらされるリスクの両方を踏まえて、プール授業の可否を考えてほしい」と、全国の教員有志が参加する「学校水泳研究会」の代表である、鳴門教育大学大学院の松井敦典教授は、プール授業中止の影響について深刻に捉えるべきと念を押す。昨年度、多くの自治体でプール授業が中止されたことにより、水難事故が増加傾向にあると指摘する。

警察庁の発表によると、2020年7月と8月に全国で発生した水難事故は504件で、前年の同じ時期と比べ43件増えている。中学生以下の子供の事故件数(水難者が子供のみだった事故)は2件減の60件だが、コロナ禍で開放されていた海水浴場やプール施設が平時よりも少ないことを踏まえると、看過できる状況ではないことがうかがえる。

松井教授は水泳の授業について、「学年が進むに従って、系統的に学びを積み重ねながら、深めていく。一定期間の学びが欠落したまま次の学年の内容に進むことになる現状は、かなり大変だろう」と不安視する。さらに「学校で水泳を学ぶ意義として、命を守る安全教育としての役割がある。これに関しては今後、さらに深刻な影響が出るのではないか」と危機感を募らせる。

昨年11月、香川県坂出市で修学旅行中の児童や教員が乗り合わせた小型旅客船が沈没する事故が発生した。数人が軽傷を負ったものの、児童全員が落ち着いて引率者の指示に従い救命胴衣を着用し、無事救助された。松井教授によると、この学校では以前より水泳学習をはじめとした安全教育を十分に実施しており、日々の学びがこの非常事態に生かされたという。

「児童らは授業や水辺野外活動の中でライフジャケットの着用体験もしており、当日もスムーズに着用できたようだ。救助時、高齢者に順番を譲る児童がいたなど、冷静な対応ができていたと聞いている」とし、水場を巡る安全教育の重要性を改めて感じる事柄として振り返る。

新たな授業スタイルを生み出すチャンス

昨年度コロナ禍でプールの授業が中止されたことを受け、教室でできるユニークな実践を展開した学校もあった。その1つ、四国のとある小学校では、「みんなで『考える』水泳運動」をテーマに児童が教室で学びを深めた。授業では水の特性や、水泳のルールを振り返りながら、泳ぐことを論理的に理解。「水の中で命を守るため」という学校でプールに入る意義についても、児童と改めて共有した。

従来、水泳の授業といえば、プールに入り、泳ぐという実践面ばかりに注力されがちだった。しかしコロナ禍でプールの活用に制限が課せられた今、「泳ぎの仕組みに関する基礎的理論や、水に関わる文化の知的理解を促すなど、新しい授業スタイルを生み出せるチャンスでもある」と、松井教授は新たな可能性を見いだしている。

一方で、今回のコロナの影響で、学校現場からいたずらにプール授業が排除されないかとも懸念する。学校のプール運営を巡っては老朽化やコスト過大、教員による管理の負担など、さまざまな課題が指摘されており、「水泳授業に消極的な学校や自治体が、それを追認する理由として中止にかじを切っていないか、捉え直してほしい」と、プールを巡る負担とコロナ禍のプール授業の是非は、別の文脈で議論するべきだと強調する。

「水泳授業は子供の泳ぎの技能を高めるだけでなく、誰も水難事故で危険な目に遭わない、危険を切り抜けられる資質を身に付けるという目的もある。コロナ禍で児童生徒の安全教育の機会を失っていることを、学校教育の管理側は改めて認識してほしい。制限下でも可能な限りできることを探し、アイデアを出し合わなければならない」と話す。

(板井海奈)