【山田勝治氏】 人とつながり、社会を生き抜く術を伝える

コロナ禍で深刻化する経済格差。反貧困学習などユニークな取り組みで脚光を浴びる大阪府立西成高校の生徒たちにも、その波が押し寄せている。同校の山田勝治校長は「いくら学校でセーフティーネットをつくっても、その先に待っている社会があまりにも冷たすぎる」と悔しさをにじませる。社会の在り方が変わらなければいけないと警告し続ける山田校長と共に、子供たちに必要な支援と学校教育のこれからを考える。(全3回の最終回)

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コロナ禍に苦しむ高校生
――コロナ禍の影響はいかがですか。

本校でもすでにPCR検査の陽性者が出ており、今年度は4月に入ってから4回も臨時休校になっています。そのため、新年度から5月上旬までで、通常通り授業できたのは、たった10日ほどです。そんな状況ですので、特に入学したての1年生を中心に課題を感じています。

コロナがまん延してからの約1年半で、家庭の経済格差が確実に広がっているように思います。本校の保護者の多くはシングルで生計を立てており、コロナ禍で最も直撃を受けたサービス業などに従事する非正規雇用者が多いです。生徒の中にはアルバイトで自分の学費や生活費を賄っている子もおり、影響は免れません。

就職して巣立った卒業生たちも、コロナ禍で多くの子が苦しんでいます。本校は都市部にあるので、高卒で就職する子の多くが飲食業界に入ります。コロナの感染が拡大する中、入社後の4月からさっそく自宅待機となり、どんどんその期間が延びて、最終的に退職を勧告されるケースもありました。

――これからの「社会を生き抜く力」とは、どのようなものだと思いますか。

山田校長(本人提供)

「生き抜く」というと、自分一人で頑張るといった自助努力のような印象があります。しかし、社会を生きていくためには、人とつながることが何より大切なように思います。

本校の生徒や保護者を含め、貧困でセーフティーネットを必要とする人たちの多くが、十分な人間関係を持っていません。いわゆる、関係の貧困です。誰にも相談できない状況、相談するという選択肢すら思いつかない状況にあります。

だから生徒たちには、人とつながることの大切さを知ってほしいし、学校教育の中でそのための手段を示していかなければなりません。例えば、他人とつながるためには本を読んだり、ネットで検索したりと、情報を収集する力が求められます。さらには、そうやって集めた情報が正しいかどうかを判断する力や編集する力も必要でしょう。

高校3年間で、何とか人とつながる力の基盤を生徒たちに身に付けてほしいと思っています。

「子供の貧困」という表現は嫌い
――子供の貧困は社会的にも大きな問題として捉えられています。

実を言うと、私は「子供の貧困」という表現が好きではありません。「子供の貧困」は、「子供には責任がないから、ケアしましょう」という意味合いで使われることが多いように思います。一方で「大人の貧困」と言わないのは、大人の場合は自己責任と捉えられているからではないでしょうか。「子供の貧困」と耳にするたびに、「大人の貧困は自己責任だ」という社会の本音が見え隠れしているように思えます。

大人の貧困の下に置かれている子供だけを救うなんて、どう考えても不可能です。高校卒業後すぐに親元を離れる子供は全国的に見ても少数ですが、本校の生徒の中には一定数います。彼らは深い事情を抱えており、生きていくためには親元を離れざるを得ないのです。子供の貧困だけを救うとなると、そうやって親子を分断させて支援するしかありません。

果たして、それでいいのでしょうか。違いますよね。まず保護者が救われる社会政策があって、それと並行する形で教育における子供の格差是正を進めなければなりません。

学校がどれだけ頑張ったとしても、社会が変わってくれなければ、私たちがつくるセーフティーネットも意味をなさないと思うのです。

支援策のアップデートを
――学校にできることはあるけれど、学校だけでは完結しないということでしょうか。

はい。国が打ち立てる子供への貧困支援策の多くが、学習支援に偏っていることにも疑問を持っています。勉強が苦手な子だって一定数いるのに、勉強が得意な子しか救わないなんて、まったくおかしな話です。

もちろん、努力して勉強をしている子は評価されるべきですが、一方で学力に価値を置く生き方を選んでいない子もいます。学力が高ければ、社会で生きていけるのかといえば、おしなべてそうではありません。

勉強して良い大学を出たら、貧困は解消されるのでしょうか。確かに良い大学を出て、良い企業に就職して、十分な給料をもらい、家庭を維持する……、そうやって豊かな生活を送ってきた層もいるかもしれませんが、果たしてそれはいつの時代の話でしょうか。

今の時代背景や社会情勢に合わせて、子供たちへの支援施策もアップデートする必要があると感じます。

――どのような支援体制が整備されると、子供の生活は守られると思いますか。

本格的な貧困に陥る前の支援、予防支援を充実させるべきだと思います。

例えば、生活困窮者自立支援法で、生活に困窮した人が駆け込める窓口が各市町村にあります。

しかし、困窮している高校生が駆け込んだとしても、なかなか取り合ってもらえません。実際に、事情があって家庭を出なければいけない、でも資金がなくて八方ふさがりの状態なのに、何も支援してもらえず追い返された生徒を何人も見てきました。

もし、そのタイミングで一定の保障をしてもらえれば、その子は自立できて、その後の生活を何とか上向きにすることだってできます。でも、現状はどうにも立ち行かなくなるまで、支援をしてくれないのです。

私たち教員は、学校でできることは一生懸命やります。生徒が通いやすい学校づくり、満足してもらえるカリキュラムの作成など、子どもの権利条約をベースにした学校運営を続けていきます。でも、その先に待っている社会があまりにも冷たすぎる。学校を出た彼らがつまずかないような条件整備が、社会の中に必要不可欠です。

子供不在の学校教育を語らない
――最後に、学校や教師の役割をどう思われているか、教えてください。

難しい質問ですが、社会における公正性を底支えするのが、教育であり、学校、教員の役目だと思います。

勉強ができる、できないではなく、人にはそれぞれ多様な生き方があります。私たち教員は大卒という道を選び、教職に就きました。一方で本校の生徒のように、高校卒業後に社会に出る道を選ぶ人もいます。そうした人たちが描く人生を私たち教員は知らないわけですから、「大卒でないと将来困る」といった偏った価値観を押し付けてはいけません。

授業を通して、自らの将来や人生についても考えを深める生徒たち(山田校長提供)

想像力を働かせて、自分の知らない道を選ぶ人をリスペクトする姿勢こそが、教員には必要だと思います。

今、学校現場だけでなく、社会全体で「教育はこうあるべきだ」という議論が行われています。政治家は票集めのために、安易に教育政策をいじろうとしています。しかし、そうした議論において、本来中心にいるべき児童生徒がいません。

学校は、そうした理不尽な議論の材料にされることなく、国際水準に照らし合わせた子供のための施設でなければなりません。

「学校は駄目だよね」「今の教育はおかしいよね」と、さまざまなところでよく耳にします。こうした議論の「学校」や「教育」が何を指すのか、私たち教員は見定めていかなければなりません。そして、その議論の真ん中に、ちゃんと当事者である子供がいるかどうか、見極めなければいけません。

何より、今、目の前にいる児童生徒に何ができるか、今の法律や制度の中で学校教育が最大限できることは何なのかを、学校の責任者として常に突き詰めていかなければならないと感じています。

児童生徒の幸せは、有名大学に入ることだけではありません。一人一人違うオリジナルの幸せをどう支えていけるのか、あるいは何が幸せか分からない児童生徒に「こんな幸せがあるよ」と示していけるのか。それが学校の役割であり、教員の役割でしょう。私たち教員は「子供の幸せづくり」という重要な使命を担っているのです。

(板井海奈)

【プロフィール】

山田勝治(やまだ・かつじ) 1957年、大阪府西成区生まれ。1990年から2004年までの15年間、「成人識字」教室の運営に関わる。05年、西成高校に教頭として赴任、09年から13年3月まで同校校長を務めた後、異動。17年、同校校長として再赴任。「基礎教育保障学会」所属。著作に『格差をこえる学校づくり 関西の挑戦 阪大リーブル』(志水宏吉編、大阪大学出版会)内の第2部『「先端でもあり、途上でもある」ー高校版「UD化」計画ー』、『わたしたち(西成)は二度「消費」された』(ヒューマンライツ2019年9月号)など。

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