免許更新制見直しを中原淳教授に聞く(上) 学校改革のステップ

教員免許更新制の存廃を巡る中央教育審議会(中教審)の議論が熱を帯びてきた。文科省は改革案のたたき台として「教師と任命権者等との『対話』や研修の奨励が確実に行われるための制度的な措置」の導入を「中核的な仕組み」として提案。取りまとめ役の主査は「こういったことができれば、免許更新制はなくてもいいのではないか」と指摘し、更新制廃止の道筋を示唆するところまで踏み込んでいる。こうした議論の中、中原淳・立教大教授は「学校現場における教員の『心理的安全性とウェルビーイングの確保』が改革の第一歩」と指摘し、対話の重要性を印象付けた。教員制度改革に対する考え方と、実際に学校現場で改革を進めるステップについて、本紙オピニオン・解説欄のメンバーでもある中原教授に聞いた。2回に分けて掲載する。

(聞き手・教育新聞編集委員 佐野領)

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もはや学校は職場として「選ばれていない」
--教員免許更新制は学校現場の教員たちから評判が悪く、萩生田光一文科相も見直しを明言しています。一方、中教審は今年2月、見直しに当たっては「教師の資質能力の確保」「教師や管理職等の負担の軽減」「教師の確保を妨げないこと」の3条件を満たすことが必要だとの見解を示しています。そうした中、教員制度改革を巡る議論のスタートとなった4月27日の中教審合同会合で「教員の職場に心理的安全性を確保することがレベル1になる」と、対話の重要性を指摘されました。複数の文科省幹部に聞いたところ、「こうした考え方が突破口になるのではないか」などと刺激を受けた様子でした。その後、文科省は5月24日の中教審会合で「対話制度」の導入を提案しています。まずは教員制度改革の考え方について、改めて聞かせてください。

中原淳・立教大教授(以下、中原教授) 中教審で発言した骨子はこれです。

《教員制度改革に関する中教審での中原教授の発言骨子》
0.「増やす改革」の前に「減らす改革」をなすべき
  • 労働環境の改善、長時間労働是正は一丁目一番地
  • 学習資源(学ぶためのリソース)をまずは確保する
  • このままでは採用の悪影響、早期離職はさらに進行する
  • 採用にあたっては、もう学校は職場として「選ばれていない」
  • 「選んでいる」ようで「選ばれている」時代にすでに突入している
1.心理的安全性
  • 安心・安全に働く職場風土の樹立
  • 発言できない会議、言いたいことが言い合えない雰囲気の是正
  • 職場の同調圧力
  • 場合によっては、職員室の組織開発が必要
2.職場は「人材育成」の中心
  • 現場における挑戦と振り返りが「成長」につながる
  • 10年に1度の研修で能力開発はできない=そこに能力開発を求めるのなら教員免許更新制は機能しない
  • 管理職・リーダー職との「1on1」なども検討対象のひとつ
3.教員のウェルビーイング(Well-Being:幸福)実現が一丁目一番地
  • 教員のウェルビーイングは子供のウェルビーイングにつながる

最初の「増やす改革」の前に「減らす改革」は、これまでの学校現場の改革はやったらいいことをどんどん積み上げていく改革だったけれども、それはもう限界にきているということです。

なぜ、これまで「増やす改革」ができたのかが非常に大事です。普通の働く人であれば、長時間労働は法律で決められていて、それ以上はできないようになっている。でも、教員の場合には、(給特法によって)その上限規定が適用されない。だから、どんどん盛っていっても「あとは先生たち、頑張ってください」で、なんとかなっていました。

日本の教師は極めて優秀です。真剣で真面目な教師が多いので、子供のためにやったらいいことは、無限に出せます。しかも、このやったらいいことは、一度始めてしまった場合、良くてやっているのだから、後から取り下げにくい。そうすると、どんどんリソースがなくなってきます。

そうした「増やす改革」はもう限界にきているので、「減らす改革」をやっていかなければなりません。正直に言うと、今までは先生たちの真面目さと勤勉さ、そして頑張りに甘えてきたのだと思います。教員の長時間労働は、民間企業だったら、労働基準監督署に摘発されるレベルではないでしょうか。

もう一つは、今から5、6年前に、2030年には600万人超の人手が不足すると言われるようになり、民間企業では人手不足問題が経営課題の1番目か2番目に上がる時期が来たということです。この人手不足問題では「もうこれからの時代は、企業が社員を選んでいるようでいて、実は企業が社員に選ばれているんだ」ということがよく言われます。

例えば、就職面接では、企業が新入社員を選んでいるように見えるけれども、働き手が600万人足りないというレベルになってくると、企業は「社員から選ばれている」という認識で採用を行い、人材を育成しなければならない。

その点、学校は企業よりも、もっとまずい状態です。もちろん採用の面接や試験もありますが、もうすでに学校は教員たちから「選ばれている側」なのです。それどころか、「もはや学校は職場として選ばれなくなってきている」。これを現実として受け入れなければならない。ここが全ての議論の出発点だと思います。

--教師の人材確保は、教員免許更新制の見直しを含め、今回の教員制度改革の大きな課題です。

中原教授 人材を確保するには、基本は三つしかありません。一つ目は、入り口を増やすことですが、この人手不足の時代には難しい。

二つ目は出口を減らすこと。つまり、辞める人を減らすことです。なぜ教員を辞めるかといえば、ストレスや過剰労働がある一方で、成長の実感とか、やりがいを感じられなかった、ということでしょう。これをまず止めるしかない。

三つ目は、現役教員たちの生産性を上げることになりますが、これはおそらく難しい。もともと教員は頑張りまくっているから、これ以上、生産性は上がらないでしょう。

教員免許更新制だって、こんなに選ばれてない職業なのに、なぜ続けているのか私には分からない。選ばれてないときに、ハードルを上げてどうするのか。人材マネジメントの立場からすると、「それじゃあ、組織が持たなくなりますよ」という話です。

人材育成の中心は職場にある
--「増やす改革」の限界と、職場として学校が選ばれなくなってきている現実を直視することを前提に、改革の第一歩として挙げたのが、学校現場の「心理的安全性の確保」でした。

中原教授 最初に「心理的安全性の確保」を挙げたのは、先生方が働きがいを感じて、やりがいのある組織を作っていくということが、究極として3番目のウェルビーイング(一人一人の多様な幸せと社会全体の幸せ)につながることだと考えるからです。

ウェルビーイングは、単に「先生を幸せにしろ」という意味ではありません。成長時間や働きがいを感じたりできる労働環境であることが、極めて重要です。民間企業であれば、従業員のウェルビーイングは必ず顧客につながる。だから、従業員の職務満足度を上げることは、結局、エンドユーザーを守ることになる。先生のウェルビーイングは、児童生徒のウェルビーイングに必ず波及するということです。

ウェルビーイングを上げていくために、大きな要因は2つあります。それが骨子で示した1の「心理的安全性」と、2の「職場は育成の中心」です。

まず1は、その組織が健全であること、ヘルシーであること。組織が健康というのは、例えば、リスクを取って発言したり、提案したり、行動したときに、自分の身が脅かされない、ということです。職員会議をはじめ、学校という組織が本当にヘルシーなのか、もう1回確認した方がいいのではないでしょうか。

これは、ぬるま湯のような仲良しの職場を作れと言っているのではありません。心理的安全性の確保とは、例えばリスクを取る、新しい提案をする、何かを率先垂範する、そういうときに後ろから刺されないということです。そういう組織を作っていかないと、誰も行動しなくなる。これがウェルビーイングにすごく関係してくると思います。

--2番目に挙げた「職場は育成の中心」とは、どういうことでしょうか。

中原教授 これが一番大事なところで、成長実感を持つということです。自分が仕事の中で成長している、仕事の中で一回り大きくなっている、誰かに貢献している。そういう実感が持てないと、やっぱりウェルビーイングは上がらないんですね。

企業の人材開発では、ちょうど20年ぐらい前に「人材開発の中心はどこか」という議論があって、それが大きく変わった。昔は研修やワークショップのように、仕事の現場から離れた場所で行うものが、成長の現場だと考えられていましたが、20年ぐらい前に、成長の現場は職場だという考え方に転換されました。

これは当たり前なんです。つまり、職場で仕事をこなしていって、それを振り返るときに、成長の実感は高まる。だから、職場で振り返りを行いながら成長を実感できる機会を作らなければならないね、と考えられるようになりました。

これを「経験学習」と言います。この経験学習を回すために、2000年代に制度が作られていき、管理職やリーダー職との「1on1(ワン・オン・ワン)」、振り返りのミーティングとして結実していますね。管理職は忙しいですから、管理スパン(管理しなければならない人数)が多いならば、7人をめどにリーダー職とメンバーの先生がチームを組むのはどうでしょうか。

こういった考え方で能力を高め、教員が成長実感を持つようにしなければならない。「職場は育成の中心」と言ったのは、そういう意味です。

--いまの教員の人材育成とはだいぶ違うようです。

中原教授 教員免許更新制で10年に1度の研修をやっても、いまのように変化が激しいときに、能力開発なんてできるわけがありません。教員免許更新制が能力開発や成長実感を積むための制度なら、いまの制度は手段と目的が合っていません。変化が激しいときには、やっぱり日々の振り返りをやって、日々の行動の中に学びが伴うようにしなければならないと思います。

なぜ企業が「1on1」を導入することになったかといえば、これを育成の中心に据えることもありますが、一番の理由は変化が激しいときに、半期に一度の期初期末の面談ではもたないからですよ。

--学校現場によっては、いまも1年間のPDCAサイクルを回すことを重視しています。

中原教授 1年に一度の振り返りでは、もたなくなっているように思います。以前に調査したことがありますが、期初に握られた目的は、期末になったとき、部下は10%ぐらいしか覚えていません。教員たちを責めるつもりではなく、期初期末の面談は、そういうものなんだと思います。

だから日々の振り返りをいかに作るかということが、とても大事になってきた。そのために企業は、隔週や1カ月に1回、1回15分から30分くらい、管理職・リーダー職と「1on1」で面談する時間を作って、若い人の離職率を下げたり、成長実感を高めたりしようとしているわけです。

こうしたことをやるには、ただでさえ忙しいのに、さらに時間がかかる。だから、中教審で申し上げたのは、学習資源を確保することがまず必要だということです。何かを変えていくときに、人は資源が必要です。変革のための資源と言ってもいい。そういう余剰資源のことをスラック(Slack)と言いますが、これがなければ、いくら声を掛けても変われない。だから最初に、本質的に必要ではないものは減らさなければいけない、と言いました。「減らす改革」は、変わるために必要なのだと思います。

「免許更新制の廃止」を改革のメッセージに
 --こういう改革を学校現場で実現するためには、どういうステップで進めていくことが現実的でしょうか。

中原教授 改革とは「心理戦」です。どこであろうと、改革するときには抵抗が出ます。心理的な反発を招きかねないので、すごく慎重にやる必要があると思いますね。国が制度を変えると言っても、それについていくための学習資源がなければ駄目です。

もう一つは気持ちですよね。「心理的資本」と言います。気持ちがついてこないものには、やっぱり変われないでしょう。

だから、まずやるべきことだと思うのは、最初に「今回いろいろな教師像を考える上で、『増やす改革』と『減らす改革』を同時にやっていきます。同時にやるけれども、最初は減らします」と大々的に宣言することだと思います。

なぜ、これまで「増やす改革」ばかりやってきたのでしょうか。「増やす改革」をやってもよいのですが、やるのなら、そのためのリソースを外から取ってくるべきです。それがもってこられないならば、やるべきことを選定することです。

まずは、現場に対する明確なメッセージとして、まず教員免許更新制は廃止するべきだと思います。

ただ、間違ってはいけないのは、教員免許更新制を廃止するからといって、学ばなくていいということではない。学ぶために教員免許更新制をやめる。それをまず言うべきだと思います。

あとは絶対に長時間労働の是正です。

--教員の長時間労働は積年の課題です。改善の道筋をどう考えますか。

中原教授 長時間労働を是正する方法は、3つくらいしかありません。

一つは、始点と終点、つまり時間の境界を意識させること。これが1丁目1番地です。

これは外科手術のように、ちょっとハードな政策です。例えば、PCのシャットダウンとか、消灯とか、始業時間・終業時間の管理とか、ここからここまでが就業時間だという時間の境界をつけてあげることです。

学校の長時間労働の是正が進まないのは、労働時間が見える化されていないからです。見えないものは、管理できない。「ノーメジャー・ノーコントロール」です。だから、時間の境界を強制的に意識させないと、絶対進まない。

それを終えると、始点と終点ができます。でも、それだけでは仕事量は減っていませんよね。そのままでは、サービス残業、ないしは、休日出勤になるに決まっています。

だから次は、いま何時間働いているかをデータで見える化しながら、それを保護者や教員にフィードバックして、何を見直すかを話し合うことです。これが二つ目です。こちらは生活改善に近いもので、どちらかというと漢方薬のような治療かもしれません。

この2つをまずやっていくことです。

--保護者については、いわゆるモンスターペアレントではなくても、週末や夜でも通報があれば、対応せざるを得ないのが現状だと思います。サービス残業にならないようにするためは、学校現場だけでなく、保護者の理解も必要ですね。

中原教授 その問題は、もう長きにわたって、土曜日に電話しても教員は対応するべきだ、と学習してしまった結果です。

逆に、地域にその対応を頼み、保護者の理解をいただくのであれば、「学校の中でやるべきことをやって見直した結果、ここまでは減らせたけれども、これ以上は厳しいです」ということをはっきり言っていくべきです。学校を改革しないで先に地域にお願いしてしまうと、今まであったものがなくなるサービス低下と受け取られて、理解が得られない。順番は、学校の改革をまずやるべきではないでしょうか。

ヒントになるのは、コロナ禍において、できなくなったことの中で、できなくてもそれほど困っていないものが結構あるのではないか、ということです。民間企業はまさに今、コロナ禍をいい機会だと捉えて、なくてもいい会議などをあぶり出しています。

--コロナ禍の学校現場でも、例えば、教室の消毒は教員の仕事ではないとして、保護者も含めて地域の人が協力するとか、一定のお金をそこに出すといった対応も出ています。コミュニティ・スクールでは、「先生は消毒ではなく、子供たちに集中してほしい」という動きもあると聞きます。

中原教授 今は、チャンスですよ。それがコロナ禍だけの遺産にならないようにしてほしい。先生がやらなくてもいいものを少しずつアウトソーシングする。なくても回るものは、一定の話し合いを経て、やめるということです。

最後の三つ目は、生産性を上げるです。これはもう、ICT活用しかない。先生方にこれ以上働け、というのは絶対に言ってはいけないことです。GIGAスクール構想で1人1台の端末が配られたのであれば、それを使いながらICT活用を進めないと、きっと生産性は上がらない。

生産性を上げるために、定説になっているのは、二つしかありません。一つはイノベーションで、ICT活用を進めて働き方そのものを革新していくことです。もう一つは、先生の能力を上げることだけれども、それには時間がかかります。手っ取り早く実現するならば、環境整備かと思います。

学校現場を改革していくためには、こうしたことをまず第一にやるべきです。本気度を見せないと、もうこれ以上は変わらないと思います。

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