【マラウイ編】 海を渡ったUNDOKAI

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校舎にアルファベット壁画
床に座って授業を受ける児童ら

マラウイのマタピラ小学校では午前7時に始業し、10時には低学年の授業が終わる。それには理由がある。低学年の教室には机も椅子もなく、児童はみんな床に座って授業を受ける。1学年約200人の児童が、まさにすし詰め状態になる。机や椅子がない方が教室に入れる人数が増える。教科書や文具を持っていない子の方が多く、教師も児童も3時間が授業をできる限界なのだ。

多くの子供が読み書きや簡単な計算すらできないまま、小学校をドロップアウトする。子供は労働力として農作業や家事に駆り出される。あるいは自ら進んで行う。家族の土地や畑を引き継ぐことが多いため、年齢にかかわらず、「学校では最低限の読み書きさえできるようになれば良し」とされてしまう。特に女子への教育は消極的で、10代での結婚や出産は珍しいことではない。マラウイの全ての小学校が同様ではないが、農村部の学校はこういう状況なのである。

このような現状の中で、学校校舎に大きなアルファベット壁画を描くことを思い付いた。デザインは教師から募集し、児童や教師と共に2カ月かけて、延べ総面積50平方メートルに及ぶ大きな壁を、鮮やかにアルファベットで彩った。遠くからもはっきり分かる文字は、子供がいつでも学べる場所をつくり出した。読み書きは学習の基本だ。しかし、それが教育の全てというわけではないかもしれない。

子供が体験できる学習活動を
真剣に壁画を描く児童

マタピラ小での実際の授業は、教師は教科書を板書し、児童はひたすらノートに写す。よくある風景だ。技能的なことを習得する科目であるExpressive Arts (表現芸術および情操的教育)においても、同じように授業が進む。初等教育修了試験科目の一つである以上、それを見据えての知識の詰め込みは否定できない。

しかしながら、児童が授業をどのように感じているのか知りたいという僕の気持ちは、日々増していった。年3回の学期末の終業式以外に、とりわけ学校行事があるわけでもないマタピラ小学校の子供は、学校教育の何に楽しみを感じているのだろうか。果たして、学習はどのように成立しているのだろうか。何か客観的な指標を使って表したくて、「形成的授業評価」を行うことにした。また、同時に現地の教師はどのような授業を行っているのか、実態を把握したいと考えた。

現地教師のExpressive Arts授業後に、児童に「成果」「意欲・関心」「学び方」「協力」の4次元から成り立つ調査票を記入し続けてもらうこと3カ月。その結果、児童の多くは授業を”楽しい”と感じている一方で、「友人との関わりがない」「何を学んだのか分かっていない」と感じていることが分かった。

その結果を基に教員たちに授業の進め方を相談してみた。すると、「実際に児童が行うアクティビティを増やしてみよう!」「最後の振り返りを念入りにしてみよう!」という声が上がり、「何か子供が体験できる学習活動のアイデアはないか?」と教員たちと議論をする機会になった。実際に体験してみる活動も、授業の中で少しずつ増えていった。客観的な情報を基にした活動は現地教師の心に届き始めた。ささいなことだが、このような小さな成功の積み重ねの日々が、何よりもやりがいになる。

そんな折、ひょんなことからマタピラ小学校で運動会を開催することが決定した。なぜ運動会か?意外かもしれないが、海外では準備や練習に特化した、自分たちでつくる行事はない。日本の“運動会”は、スポーツの対抗戦を超えた、一つのコミュニケーション活動だ。

さらに、東京五輪の招致が決まった2013年9月、最後のプレゼンテーションで安倍晋三前首相が「オリンピックの聖火が2020年に東京へやってくるころまでには、スポーツの喜びを、100を超す国々の1000万の人々へ直接届けます」と高らかに宣言。これが決定打となったともいえる。この公約のスポーツ・フォー・トゥモロー(Sport for Tomorrow)プログラムの一つの柱に、開発途上国のスポーツ環境を向上させるため、学校体育と競技スポーツ、2つの側面から支援がある。その一環で、日本的感覚の「運動会」を、マラウイでやることになったのだ。“UNDOKAI”は海を渡った。

学校教育に新たな刺激
家の手伝いが優先される

実質2週間の練習で運動会を開催するために、現地の教師や児童にかなり無理をしてもらったかもしれない。この2週間は「みんな、ごめん!」という気持ちでいっぱいだった。それでも、必ず教育的な実りはあるはずと、自分を正当化していた。

練習時間は毎日放課後の数時間で、午前中の課業が終わった学年から順次練習した。本当に娯楽が少ない農村部。ボールや縄、綱を使って身体を動かすのは楽しくて仕方がないようで、自分の学年の練習が終わっても、校庭に残って他の学年の練習を眺める子がたくさんいた。

運動会当日、司会進行も審判も全部を現地のマラウイ人が担当した。教育省の偉い人や村長、村民、多くの人たちがUNDOKAIを見に来た。マタピラ小の校長のあいさつで、いよいよ開幕した。全ての学年の競技が終わると同時に大雨が降り出し、笑顔と歓声に包まれた幸せな4時間は幕を閉じた。

最初はルールもやり方も分からなかった子供が、自分の出番を心待ちにしていた。自分の競技が終わっても、仲間の競技に熱中し声援を送っていた。スポーツをよりどころにして、人々が集う場ができた。日本の運動会は日本政府が主導してきたという歴史と背景があるが、マラウイのマタピラのUNDOKAIは日本のやり方ともまったく違う競技になっていた。それでいいのだと思う。

確かに反省点は多い。決して大成功とは言えないかもしれないが、それでいいのだ。このマタピラ小学校から始まる地域の小さなムーブメントが、マラウイのUNDOKAI、ひいては学校スポーツを形作っていくというやり方があってもいいのだ。

このUNDOKAI事業を通じ、現地の女性教師は「自分の指導で子供のパフォーマンスが日々良くなるのが実感できて、うれしかった」と振り返った。運動会種目の一つ、大縄跳びはその後もマタピラで人気の遊びとなった。この事業は学校教育に新たな刺激をもたらしたのだ。相手の歩みに合わせ、共に歩む姿勢がある限り、UNDOKAIはマラウイの人々にとって意味のある事業だったと信じている。

 

(坂田真吾=さかた・しんご マラウイでのJICA海外協力隊活動を終え、現在は育児に没頭中)


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