【流動型『学び合い』】 丸一日、時間割も子供に任せる

丸一日、時間割さえも子供たちに任せる――。果たしてそんなことが可能なのか、多くの教育関係者が驚くような実践に取り組んできたのが、この4月から活躍の場を会津若松ザベリオ学園へと移した高橋尚幸教諭だ。昨年度まで福島県と宮城県の公立小学校で教壇に立ち、約12年間、上越教育大学教職大学院の西川純教授が提唱する『学び合い』(編集部注 『学び合い』は西川教授が提唱する授業法で、二重かぎかっこも含めた用語として使用されており、以降も『学び合い』と表記します)に取り組んできた。多くの教員がぶつかる「子供たちに任せる」という壁を、高橋教諭がどう乗り越えてきたのかに迫った。(全3回の1回目)

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子供たちに任せる
――丸一日、時間割まで子供に任せる流動型『学び合い』は、こんなふうに始まるのですね。

そうですね。すぐにグループをつくる子もいれば、一人で考える子もいます。ざわざわしているのは最初の数分で、子供たちはそれぞれ自分のやることを決めて、行動を起こします。

――ここまで子供たちに任せて、学びが成り立つとは驚きました。

もちろん、最初から丸一日を子供たちに任せる流動型の『学び合い』ができるわけではありません。

『学び合い』は、いわゆる一斉授業のように、教員が教えたいことを教えたいように教えるのとは違います。課題の設定は教員が行いますが、「教える」ことは可能な限り少なくして、子供たちがお互いに教え合いながら目標を達成していくような学びです。

私は2010年度から毎年度、『学び合い』を取り入れてきましたが、どのクラスでも最初は1時間に1課題を出すところからスタートしました。そこから、複数の課題を2〜3時間で行うような『学び合い』に発展し、さらには1単元分の課題を全て最初に提示するような単元『学び合い』もできるようになっていきます。

最終的には、時間割さえも流動的になって、「複数の時間で国語や算数、理科、社会、実技教科の何を、どこで、誰と学習してもいいよ」と伝え、丸一日を子供たちに任せるような流動的『学び合い』に自然と発展していくケースもありました。

――少しずつ子供たちに任せる時間を長くしていったのですね。子供たちに任せるというのは、教員としては勇気がいることのように思います。

子供たちがお互いに教え合う『学び合い』に取り組んできた高橋教諭

「学び」の在り方は元来、子供によってバラバラなものです。最近は、「みんな一律の学びはしんどい」という認識が広がってきて、授業中に「誰と相談してもいいよ」というような、子供同士が自由に対話をする授業実践も、数多く語られるようになってきました。私が取り組んでいる『学び合い』に限らず、例えば「単元内自由進度学習」などの授業も市民権を得てきましたし、教員側のアレルギー反応も少なくなってきたと感じています。

ただ、「子供たちに任せる」ことは、ほとんどの教員にとって最初はとても怖いものでしょう。「自由にやっていいよと言ったものの、子供たちは本当に学べているのかな」とか、「あちこちに行って、戻って来なくなったらどうしよう」とか、「教員の言うことを聞かなくなってしまうのではないか」とか、いろいろな怖さがあると思います。

では、何があれば任せても大丈夫なのかというと、それは「子供と子供のつながり」だと私は思っています。何をすればいいか困っている子に「一緒にやろうよ」と声を掛けてくれる子がいるかどうか、収拾がつかなくなったときに「ちょっと戻っておいでよ」と全体に呼び掛けてくれる子がいるかどうかです。

教員は何をどこまで手放せるのか
――そうした「子供と子供のつながり」は、『学び合い』の中でどのように育まれていくのでしょうか。

最初は1時間に1課題出すことから始める

私は『学び合い』を行うとき、最初に授業の目標と活動内容を書いた「学習進行表」を配布し、子供たちはそれを基に学んでいます。例えば、1時間に1課題を出す算数の『学び合い』では、「教科書◯ページのAのやり方とBのやり方の両方について、3人以上に説明できる」というように、具体的な課題を出すとともに、なるべく多くの友達と関われるようにしています。

そこから徐々に、子供たちは長い時間の中で課題に取り組めるようになっていきます。それはつまり、「子供たちが流動的な関係の中で学べるようになってきている」という証拠でもあります。

「流動的な関係」とは、いわゆる仲良しグループだけでなく、誰とでも学び合えるような関係性のことです。グループで学ぶこともあれば、「ちょっと一人で考えてくる」と個別に学んだり、それまでと違うグループに交ざって学んだりするようなこともあります。そうした学びを通じ、クラスの中で多様なつながりができるようになっていくのです。

――そうなれば、子供たちに任せることができるようになるのですね。

子供たちが主体的に学ぶために、教員は何をどこまで手放せるのか

クラスの中には、放っておいても勉強する子もいるでしょう。でも、そうした「勉強」というのは、その子の中にすでにあるものだと思うんです。一人で「勉強」できる子が、一人で新しい学びに取り組んでいけるかというと、それは難しいというのが私の実感です。だからこそ、「子供と子供のつながり」が必要なのです。

『学び合い』に取り組むようになって10年以上、私は子供たちが学ぶときに「何をどこまで手放せるのか」、そして「何を手放してはいけないのか」ということをずっと考えてきました。私たち教員が子供たちをロボットのように操るような授業ではなく、子供たちが主体的に学ぶためには何が必要で、何がいらないのか。

そして、たどり着いた一つの答えが、流動型『学び合い』という実践でした。「ここまで手放していいんだ」ということが分かったのです。

(松井聡美)

【プロフィール】

高橋尚幸(たかはし・なおゆき) 1977年、福島県生まれ。福島県と宮城県の公立小学校教諭として教壇に立った後、2021年4月より会津若松ザベリオ学園小学校教諭。2010年頃から『学び合い』の理論に基づいた授業に取り組む。福島県沿岸部の小学校に勤務時代、授業中に東日本大震災に遭遇。それ以降、年月がたつにつれて学校現場の課題の深刻さは増していると感じている。教育実践グループ「みゆき会」所属。第29回東書教育賞優秀賞受賞。著書に『時間割まで子供が決める!流動型『学び合い』の授業づくり』(小学館)。

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