デジタルでは代替できない 「紙の手帳」の教育効果


GIGAスクール構想やデジタル教科書など、急速にデジタル化が進む教育現場。一方で従来から行われている「手を動かして書く」活動も再評価されている。その代表例が「紙の手帳」だ。スマホのカレンダー機能やスケジュール管理アプリが普及する中で、紙の手帳だからこそ身に付く力とは、どのようなものなのか。紙の手帳を活用している学校や最新の研究を取材した。


手帳で自己管理する力を育てる

「提出物の締め切りも生徒が自分たちで伝え合うようになったし、忘れ物も減った。教師はいちいち確認の指示を出さなくていいので楽になったし、何より生徒が自立できている」

そう話すのは、埼玉県立伊奈学園中学校(飯田徹校長、生徒240人)の古谷和賢(かずまさ)教諭だ。学年主任の古谷教諭は、現在の3年生が1年生として入学する際に、NOLTYプランナーズが販売する中高生向けの手帳「NOLTYスコラ ライト」を導入することを決めた。

伊奈学園中の生徒の手帳活用例

その理由を古谷教諭は「端的に言えば大人に近づけたいということ。社会人になれば手帳を使うけれど、その使い方は学校では教わらない。早いうちからToDoリストの使い方など、手帳の活用を経験しておいた方がいいと思った」と説明。その効果は期待していた以上だったという。

しかし、小学校を卒業したばかりの中学1年生が手帳を使いこなすのは、そう簡単なことではない。同校では導入にあたり、同社の社員によるガイダンスを実施したり、積極的に手帳を利用している生徒の実際のページを好事例として掲示したりして、活用を促した。さらに2年生になってからは、教師が1カ月に1度、生徒の手帳を集めてコメントを書くようにした。あまり活用していない生徒には、まずは起床・就寝時刻や勉強時間に丸を付けることから始めるよう指導し、よく書いている生徒には、そのことをフィードバックして褒めるようにしたという。

現在では、生徒は手帳を常に机の上に出しながら、授業で出た課題や連絡事項のみならず、テストに向けた計画や今週の目標・振り返りまで、さまざまなことを必要に応じて書き込んでいる。

「以前は、テスト前に教師が勉強計画のためのプリントを希望者に配っていたが、今ではほとんどの生徒が自分で計画を立てられるようになった。昨年のコロナによる長期休校のときも、生徒からは『早く手帳を配ってほしい』という声が挙がったほどだ。自己管理・自己調整ができるようになり、手帳に書いたことを振り返ることでメタ認知にもなっている」と古谷教諭は生徒の成長を感じている。

実際に、今年の秋に予定している修学旅行では、生徒による実行委員会の中に手帳の活用が優れたメンバーで構成される「スケジュール管理部門」が結成され、事前学習のプランなどを自分たちで組み立てるなど、手帳で培った能力を発揮しているという。そこでは、生徒の端末からクラウド上で情報を共有しつつ、重要なことを手元の手帳にメモするといった光景も見られるそうだ。

一方で、同校では手帳一冊で全てを賄おうとは考えていない。中高生向けの手帳には、その日の感想や1週間の振り返り、教師のコメント欄などがあるものの、書き込める量は限られている。そこで、同校では手帳の導入と合わせて、「ポジティブノート」と呼ばれる、毎日、どんなことでも好きなだけ自由に書けるノートも始めることにした。「ポジティブノート」には、生徒のちょっとした悩みや夢中になっていることなどが書かれ、教師がそれに対してコメントを返している。

古谷教諭は「手帳が主体的に学ぶ態度を育てる自立のためのツールなら、ポジティブノートは教師と生徒が心を通わすためのコミュニケーションツールだ」と話し、デジタルを含め、さまざまなツールの特性を生かしたハイブリッドな活用を提案する。

高校生活を振り返る3冊の手帳

埼玉県にある私立栄北高校(小暮優治校長、生徒1136人)では、FCEエデュケーションの「フォーサイト手帳」を活用している。1年生の最初に担任から手帳の使い方について説明し、まずは毎月の行事やホームルームの連絡事項を記録するところからはじめ、徐々に週の目標や計画を立てるといった活用に発展させていくが、最終的にあくまで手帳をどのように活用するかは、生徒や担任に任せている。表紙を装飾してオリジナリティーを出す生徒もいれば、使いこなすまでに時間のかかる生徒もいて、千差万別だという。

数年前に同校で手帳の導入を決めた尾畑明教諭は「メモを取る習慣がついてくると、生徒に主体性が生まれてくる。例えば、二者面談で担任からのアドバイスを手帳にメモしている生徒は、ちゃんとそのアドバイスを受け止めて、その後の行動が変わってくる」と、効果を実感している。

ところで、単に記録やメモだけであれば、現代ではデジタル端末で写真を撮ったり、スケジュール管理アプリを使ったりする方が手軽であるようにも思える。

それについて尾畑教諭は「デジタル端末はいろいろなことができるだけに、かえって高校生にとって習慣化につながらないのではないか。カレンダー機能に予定を登録しようとしてスマホを開いたつもりが、ついついゲームをしてしまうということがその典型だ」と指摘する。

また、「手帳を使うことで計画を立てて学習する習慣がついた。受験前に手帳を振り返ることで自信を持って受験に望むことができた」という生徒も多いという。尾畑教諭は「進路に向けて自分がやってきたことを振り返るときには、デジタルで記録を検索するよりも、3年間で3冊の手帳が目の前にあった方が、実感が伴う。紙には紙の、デジタルにはデジタルの良さがあり、デジタルで全てを代替できるとは思っていない」と話す。

紙に書くひと手間が思考や発想を促す

紙の手帳による学習効果は、最新の研究でも実証されている。

言語脳科学が専門の東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉(くによし)教授の研究グループは、紙の手帳が電子機器よりもスケジュールの記憶を想起できることを明らかにした。

紙の手帳とタブレット・スマホを比較した記憶実験(酒井教授提供)

研究グループは、18~29歳の実験参加者48人を、16人ずつの「手帳群」「タブレット群」「スマホ群」に分け、それぞれ手帳、タブレット、スマホを使って、会話文を読みながらスケジュールの情報をカレンダーに書き留める課題を行わせた。その1時間後に、「レポートの早い方の締め切り日は?」といったスケジュールに関する問題(想起課題)に解答させた。

その結果、想起課題の解答の平均は3つの群の間で差が見られなかったものの、手帳群では他の群よりも短時間でスケジュールを書き留めることができていた。また、「図書館に参考文献を受け取りに行くのは何時?」といったような簡単な問題については、手帳群の正答率がタブレット群よりも高く、より正確だった。

さらに、想起問題を行っているときの実験参加者の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定したところ、言語処理に関連する運動前野外側部と下前頭回、記憶処理に関係する海馬、視覚を司る視覚野などで、特に手帳群では他の群よりも活動が上昇したことを見いだした。記銘の際に紙の手帳を使うことにより、タブレットやスマホを使うよりも豊富で深い記憶情報を確実に想起できるという結果となった。

酒井教授は「こうした記憶の蓄積にみられる差は、翌日や1週間後など、時間がたつにつれて大きくなっていく可能性がある。一見、デジタルの方が効率的で便利なように思えるが、『どこに書き込んだのか』という空間的な手掛かりを関連させて覚えたり、そこから必要な情報を思い出したりすることは、質感の情報が豊富な紙の方が有利になる」と説明する。

その上で「デジタル化によって、人間の思考プロセスを節約できる部分と、できない部分がある。物事の概念や考え方といった生きた知識を獲得し、それを基に新たな発想を得たり創造したりするためには、『紙に書く』というひと手間が実はとても大切になる」と指摘。教育の現場でも、教師の話を聞きながらメモを取ったり、板書をノートに書き写しながら考えたりすることは、デジタルには安易に置き換えられない、と警鐘を鳴らしている。

(藤井孝良)