北欧の教育最前線 デンマークの男性保育者

保育現場は女性が圧倒的に多い。日本では男性保育士は5%に満たない。欧州諸国でも、保育者のジェンダーバランスには大きな偏りがある。ノルウェーやデンマークは世界で最もジェンダーの偏りが少ないが、それでも男性保育者は1割程度だ。欧州諸国では1980年代から90年代に保育ネットワークの活動が脚光を浴び、男性保育者の存在は徐々に受け入れられ、その存在が随分と自然に受け入れられるようになった。男性保育者の立場から、日本とデンマークで考えたことを書いてみたい。

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性別にとらわれない保育活動

デンマークでは、子供一人一人の異なる想いや表現を「個性」と捉え、「個を尊重した保育」が目指されている。子供たちのさまざまな想いを受け止める保育者は、多様であるほど望ましいと考えられており、性別や宗教、人種、職業経験などの背景が異なる保育者が必要だと主張されている。こうした文脈の中に、男性保育者も位置付けられる。

筆者がデンマークの保育現場で働いていた際には、性別にとらわれず、日々のあらゆる活動に取り組む保育者の姿を目にした。職員の3割が男性という、デンマークの中でも特に男性比率の高い保育施設に勤務していたときには、自らの性別を意識した保育を行う必要性が徐々に薄れていく感覚を味わった。

男性保育者たちが園庭で子供たちと遊ぶ様子

ある日、長期休暇の時期で子供の数が少なく、複数の女性保育者が休暇を取っていたため、男性保育者が大半を占めていた日があった。昼休みに、筆者を含む男性保育者4人と施設長が一緒にコーヒーを飲んでいると、施設長が「今日はどうだった?」と尋ねてきた。一人が「今日は自分のクラス全員のオムツを替えたよ!」と誇らしげに話し、施設長が「よくやった!」と激励する様子を見て、全員でほほ笑んだことを今でも鮮明に覚えている。

普段は活発に動く子供たちと関わるために、屋外に出たり、プレールームで体を動かしたりすることの多い男性保育者が、動きの少ない乳幼児のオムツ替えをクラス全員分することはめったにない。しかし、オムツ替えは女性の仕事という意識を持たずに、彼らはあらゆる仕事を専門職の仕事の一つとして意識し、日々取り組んでいた。

またある日、園庭で子供が地面にあおむけになりながら飛行機を眺めている姿があった。それを見た女性保育者が、急に地面にあおむけに寝転がって子供と一緒に空を見上げ、そのまま一緒に地面を転がりだすという場面もあった。男性も女性も、子供に合わせて体を動かして保育をしていた。

ある男性保育者は、女性のみの保育環境では引き出せない子供の想いや視点を引き出すことに自身の役割があることを前提としながらも、あくまで子供からの働き掛けが出発点で、それに応じて個々の子供に応じた関わりをすることを第一に心掛けている、と語った。

実際には、男性保育者が子供たちとサッカーをする動的な活動場面や、女性保育者がパズルや絵画の援助を行う静的な活動場面が多く見られたが、それはあくまで「子供の視点」に立ち、子供の声に耳を傾けた結果の形なのだ。

矛盾から脱却する鍵

ハンス先生(右)のような保育者になることが理想と話すケネット先生(左)、中央は筆者

日本の幼稚園で勤務していた頃は「男性だからできること」を探し、無意識のうちに「性別」にとらわれながら保育を行っていたが、こうした光景を毎日のように目にする中で、いつの間にか「性別」を意識せずに、子供の個々の想いや表現に寄り添うことに目を向けた保育を日々考えるようになっていた。

男性保育者は少数であるが故に、「男性」という性別が強調され、「男性だからダイナミックな遊びができる」「身体的な活動が得意」といったような、性別役割分業観に基づいた期待が大きくなりがちだ。こうした状況では、動的な活動は男性、静的な活動は女性というように、性別によって保育者の活動の幅が制限され、無意識のうちに子供の中にジェンダーを再生産することにつながりかねない。従来の性別役割分業観から脱却するための存在になり得るはずの男性保育者が、実際にはジェンダーを再生産している状況は、大きな矛盾を生んでいると言える。

一方、デンマークでは子供の「個を尊重する保育」を基盤とすることで、性別によって制限されない保育の可能性を担保し、多様な子供の想いに応えながら日々、子供に寄り添う光景が広がっていた。男性保育者の位置付けや役割を「個を尊重する保育」という文脈で理解することは、日本の男性保育者が抱えるジレンマから脱却する一つの鍵となるのではないだろうか。

 

(上田星=うえだ・せい 関西学院大学大学院教育学研究科博士後期課程。専門は比較教育学、幼児教育史)

 


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