【マラウイ編】 「アフリカの温かい心」と最終日の送別会

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心豊かな人々
「アフリカの温かい心」と呼ばれる国

マラウイは「The warm heart of Africa (アフリカの温かい心)」としばしば呼ばれる。マラウイの人々の争いを好まない穏やかな気質、どこまでも続く草原や湖の壮大な景観、カバをはじめとする美しい野生動物などを象徴している。ちなみに、マラウイとは、現地の言葉(チェワ語)で「火」や「炎」を意味し、魅力的な日の出と日没に由来している。

僕はマタピラ村で、太陽が完全に沈む直前に、太陽が緑色に一瞬輝いたように見えるグリーンフラッシュ現象に何回か立ち会うことができ、感動した。そのくらい息を呑む景観が広がっている。人柄も特徴的で、マラウイは世界で最も他人に親切な国の一つであり、アフリカ大陸で最も安全な観光地、居住地の一つでもある。同時に、マラウイは世界で最も貧しい国の一つとしても、その名が知られている。

つまるところは、「助け合いの精神」が日常にあふれている。きっとお互いに支え合って生きているからこそ、人を大事にすることを何より大切にしているのかなと思う。この国の人々の魅力だ。

嫉妬深い一面も

しかし感情にはウラがつきもの。もし、助け合うべきだと思っている対象が自分と同じ境遇や地位であるにもかかわらず、自分より優遇されていると思った時、それはひどく羨望(せんぼう)の的になるのではないだろうか。

毎朝、マタピラ小では全校集会が行われていて、その時間の中で必ず国歌を歌う。もちろんピアノやキーボードはないのでアカペラだ。児童は、歌詞や楽譜を見たことがないので全て耳コピで覚える。なんとなく聞こえたことを口ずさむので、ちょこちょこ間違える。例えば、「Bless our leader (われわれのリーダーに祝福を)~」という歌詞があるが、低学年の児童は「Bless our Lecia (われわれのリーシャに祝福を) ~」と歌ってしまう。すると、すかさず「リーシャとは誰?」というツッコミが現地教師から入る。リーシャだけ祝福を得られるなら、子どもはみんな「リーシャ」と名乗るかもしれない。リーシャがうらやましいから。

Expressive Arts (表現芸術及び情操的教育)では国歌の指導も含む関係で、僕は教材研究を現地教師と共に行うようにしていた。国歌の中盤に「Put down each and every enemy. Hunger, disease, and envy ~」という歌詞がある。特に注目したいのは「Envy (妬み) 」。これは飢餓や病気と並ぶほど意識しなければならない概念ということだ。

マラウイの人々は、一般的に実はものすごく嫉妬深い一面を併せ持つ。なかなか表に出さない感情なので分かりにくいが、内心は全く穏やかではない人が多い。なぜ「嫉妬」はこれほど根深いものとなっていったのか。マラウイの同僚に聞いても真相は謎のまま。なので、マラウイの生活を通して感じたことから少し考えた。

そもそも嫉妬は誰にでもある本能的な感情だ。だが他者と自分の価値や自身を比較したときに、その差が極めて大きい場合には嫉妬することはない。マラウイは他のアジア諸国やアフリカ諸国に比べて、貧富の差がそれほど大きくない。要は国レベルで経済的に全体が貧しい (もちろん必ずしも人々が不幸ということではない) 。

村落においては「モノやカネがない」ということを村人自身も自覚している。みな貧しく、物・金・食料には貪欲だ。誰かが優遇されていたり、多くの何かを得ていたりしたら、面白くない。さらに、村での主な娯楽の「会話」は、うわさ話を加速させる。マラウイの特に農村部の人々の嫉妬心は、呪いや罵声や嫌がらせといった負の行動として、積極的に表わされることが多い。

このような嫌がらせを受けることを極力避けようとする結果、自然と食べ物も分け合って、皆で食べる慣習ができていったのではないだろうか。アフリカの温かい心は、良好な人間関係を醸成しようとするマラウイの人々が、嫉妬されないようにするための処世術から生まれたものの一つなのかもしれない。

最終日の送別会
お昼にシマをごちそうになる

そんなことを考えつつも、片道20キロの丘や谷を越えて巡回校を訪問する道中で、村の住民から「お昼ご飯を食べていきなよ!」と主食のシマ(トウモロコシ粉を練ったもの)のお裾分けにあずかる。多い時には10回ほどお昼ご飯を食べる。声を掛けてもらえること自体、素直にうれしい。なんだか僕という一人の人間を気にしてもらえているような感覚になる。

巡回校での活動が終わるときも、必ず軽食か昼食を用意してもらっていた。毎回なので申し訳なく思い、何度も断るが、それでもシマは絶えることがなかった。地域コミュニティーとの連帯感は、こんなにも人を幸せな気持ちにさせることができるのかと実感した。

農村部の住民が同じような境遇の中、人を思いやる「のりしろ」を少し広げて生活することで、何とか一日一日を過ごしていく。この「のりしろ」がアフリカの温かい心をつくっているのも事実。僕はマタピラの生活を経て、多面的なものの見方を欠かすことはできなくなっていった。

任地最終日、学校全体行事として送別会が開催された。日本へ帰国後の就職が決まっていなかった僕に、拠点校の校長は全校児童と職員、村住民から集めた寄付金を手渡した。「日本の生活はお金がかかるから」と言って心配してくれたのだ。僕は言葉にならなかった。

この2年間あまり、彼らの気持ちに報いるだけの努めはできたのだろうか。マラウイの人々との「出会い」は、今後の人生にずっしりと重い課題を課してくれたように思う。今後の生きざまで応えていきたい。

 

(坂田真吾=さかた・しんご マラウイでのJICA海外協力隊活動を終え、現在は育児に没頭中)


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