現実と本音だけで終わらせない #教師のバトンのつなげ方

学校現場で進むさまざまな改革事例やエピソードを教師が発信し、教職の魅力向上を狙って始まった文科省の「『#教師のバトン』プロジェクト」。スタートから3カ月がたった現在も、ツイッター上では「#教師のバトン」が付けられた投稿が続いているが、その大半は学校の厳しい実情を訴える声ばかりだ。“しんどい学校現場”を改善して教師のバトンをつなげるために、本音をさらけ出したその次のステップとして、文科省と学校現場は何を始めるべきか。当事者や関係者に取材した。


限界を迎える教師たち
スタートから3カ月が経過した今も投稿が続く「#教師のバトン」

「自分にとって教師は天職だと思っていた。子どもたちへの思いは残っているが、家族や病院から『辞めた方がいい』と言われることに対して、押し切る元気がなくなっている」

公立小学校の教員として働いていた20代女性は今、休職を余儀なくされている。原因は職場のストレスフルな環境だ。初任で配属された勤務校では、どの教師も疲弊し、上から降ってくるさまざまな仕事を押し付け合っている状態で、とても若い教師の面倒を見る余裕などなかったという。特に若手は、朝早くから校庭に白線を引いたり、校内の「自主的な」研究会を定期的に開かなければならなかったりと、「若手だから」という理由で振られる仕事に時間を奪われる。

「学校にはやらなくていい仕事が山ほどあり、それによって働けなくなる人が出ている。そしてその穴を埋める人を探している。そんな苦しい状況の中に人を集めたら地獄だ。教師が憧れる職業であるのは間違いではないが、頑張っている人がゆとりや仕事への誇りを持てない状態でアピールされる『やりがい』は偽物でしかない」とその女性は憤りを隠さずに語った。

特別支援学校に勤務する30代の女性教諭は、授業中に過呼吸に襲われた。これまでも体のだるさや胸がつかえる感覚を覚えながらも、だましだまし毎日教壇に立ち続けてきた結果、ついに体が悲鳴を上げたのだ。卒業生を送り出す立場だったが、やむなく2カ月の休暇を取り、何とか卒業式までには復帰することができた。

復帰後、医師の診断を踏まえ次年度から業務が軽減されることになった。しかし、全体の持ちコマ数は減ったものの、本来の教科の担当分を減らし、学校設定科目や免許を持たない教科も担当するという内容には、首をかしげざるを得なかったという。

「業務軽減がされた結果、やることがかえって増えてしまった。今まで教えたことのない内容ばかりで、授業準備の時間が増えている。職員室では言いたいことも言えないし、一部の教員に仕事が集中している。この学校にいたら、生きていけない気がする」とため息をこぼした。

「金八先生」にはなれない

コロナ禍に部活動改革、そして新学習指導要領の全面実施。中学校の現場は今、大きな改革の過渡期にある。

公立中学校に勤めている30代の男性教員は、ゴールデンウィークに入る直前、突然GIGAスクール構想への対応で遅くまで学校に残らなければならなくなった。教育委員会から連休中に端末を試験的に家庭に持ち帰ることが伝えられ、家庭のインターネット環境を調査する必要に迫られたのだ。「上からの方針が急に来るので、仕事の見通しが立たない。ただでさえ今年度は、教科書も新しくなって大変なのに」と疲れた表情を浮かべた。

「#教師のバトン」に対しては「文科省が現場の声に耳を傾けようとしてくれたのは大きな価値だと思う。しかし、あれだけ現場の本音が出てきて、着地点をどこに持っていこうとしているのだろうか。意見を吸い上げっぱなしで終わるのであれば、あまり期待はできないかもしれない」と複雑な思いを打ち明ける。

別の公立中学校に勤務する40代の男性教員はかつて、指導力を高く評価されたあるスポーツの顧問をしていたが、自身のけがをきっかけに、現在は授業研究に力を入れながら、部活動は文化部を担当している。

運動部の顧問をしていたとき、定期テスト前で全ての部活動が完全オフとなる日に、地域のショッピングモールに集まっている生徒の姿を見かけたことがある。駆け寄って注意をすると、「半年ぶりに友達と自由に遊べる時間なのに、どうしてこんなときにまで注意されないといけないのか」と反論されたことを、男性教員は今でも鮮明に覚えている。土日も部活動の練習や試合があると、子どもたちには友達や家族と自由に過ごせる時間さえないのだと痛感した。こんなに子どもたちの自由を奪っていいのだろうか――。部活動に対して、疑問を抱いた瞬間だった。

現在、文化部の生徒には教員の勤務時間について説明し、職員会議日を除く平日だけの活動も午後5時までに終えるようにしている。ベテランという立場から、退勤時には早く帰るように促すことも多いが、大半の同僚は部活動や生徒指導の対応などで遅くまで残っているという。

「年長の教師ほど、生徒が下校してから1時間はトラブルに備えて学校に待機するべきだと言って聞かないし、家庭のフォローももっと必要だという。でも、全ての教師が『金八先生』みたいにはなれない。今の教師は、子どもに関わるさまざまなことを背負いすぎている」と指摘する。

教師の自己肯定感と主体性をどう伸ばすか

「#教師のバトン」プロジェクトには、現場の教員や教育委員会、教育に関連する民間団体の代表などで構成される応援団がいる。その数は、プロジェクトが発足した3月26日時点で50人を超える。

その一人で、オンラインなどを活用した教員研修コンテンツを提供する「iTeachers Academy」の理事・事務局長を務める小池幸司さんは、このプロジェクトについて「まずは現場の教師の声を拾おうというコンセプトが今までになかった。教師の発信の場をつくったことに意味がある。確かに内容はネガティブなものが多いが、決して『炎上』ではないし、文科省もネガティブなものにふたをしないでいてくれている」と評価。その上で「当事者の教員が顔を出して、お互いに学校の働き方について議論していく段階に来ているのではないか」と指摘する。

「#教師のバトン」の投稿から小池さんは「教師は、給特法によって残業代がつかないことそのものに対してではなく、働きに対して正当な評価がされていないことが不満なのではないか」と感じているという。「すごく働いていても、そうでなくても給料が変わらないが、多くの教師は頑張っている。この頑張りに対して、もっといろいろな形で評価する仕組みがあってもいいのではないか」と語り、それは給与への反映や校長による評価だけでなく、他の学校の教師や社会からフィードバックされるものや、一定の権限と責任を与えるなど、さまざまなことが考えられると提案する。

校長のリーダーシップを転換させる必要性を強調する住田校長

「中教審の働き方改革特別部会の議論は何だったのか。いつまでもビルド&ビルドの発想から抜け出せず、学校現場は全く変わらないどころか、コロナ禍で一層深刻になっている。そして教員採用倍率の低下という悪循環だ。これをどう断ち切るか。このままでは子どもが巻き込まれてしまう」と、危機感を募らせるのは、応援団のメンバーで、ユニークな働き方改革を実践する横浜市立日枝小学校の住田昌治校長だ。

同小では今年度から、校長室の中に事務室が同居し、学校事務職員がファシリテーターとなって学校の課題解決のプロジェクトを回している。このように、リーダーはビジョンを示すが、意見はメンバーから引き出し、達成に向けたアプローチをメンバーに任せる「サーバントリーダーシップ」によって、メンバーは課題を自分事として捉え、主体的に行動していくようになるという。

住田校長は「年度初めの4月1日が一番重要だ。校長が教師たちにどう問いを発するか。教師は一方的に上から言われれば受け身になってしまう。だからみんなで気軽に話し合いながら、学校として何を目指していくのかを共有し、みんなでつくっていく機会を設けてみてはどうか」とアドバイス。教師や子供みんなが元気で、お互いを認め合い、持続可能な学校にするためには、「学校をコントロールし、引っ張っていく」という強い校長像を変える必要性があると強調する。

「#教師のバトン」は道半ば
「#教師のバトン」プロジェクトメンバーの金城室長(左)と、文科省総合教育政策局政策課改革企画係の小川七星(ななせ)さん

この「#教師のバトン」プロジェクトは、文科省内で部署横断型のプロジェクトチームが編成され、今年1月末に発足。現場の教員や有識者らへのヒアリングを行いながら、既存のやり方を踏襲するのではなく、SNSで現場の創意工夫や教職のやりがいを共有する空間として、キャンペーンを展開する方針が決まった。

プロジェクトメンバーの金城太一・総合教育政策局生涯学習推進課専修学校教育振興室長は、正式にスタートしてから約3カ月が過ぎた「#教師のバトン」について、「正直ここまで広がるとは予想していなかった。現場からの厳しい仕事の状況を訴える声はしっかり受け止め、働き方改革の歩みは止めない」と力を込める。

教員免許更新制の問題をはじめ、「#教師のバトン」に集まった声が、中教審や省内の議論を加速させた側面もある。

課題は次の展開だ。

現在は、記事形式で情報発信ができるSNSの「note」も併用しながら、ツイッターに寄せられた問題や関心の中から、省内で関連するテーマを検討しており、今後、例えば部活動改革に取り組んだ校長のインタビュー記事といった現場の工夫を発信したり、投稿されるキーワードの詳細な分析に着手したりしていきたいとしているが、10人程度の限られたメンバーで取り組んでいることもあり、さらなる新たな展開については、今後の検討課題だという。

学校の厳しい現状が注目されることになった「#教師のバトン」だが、本来の狙いはまだ十分に達成できているとは言えない。金城室長は、学校現場の厳しい現実を知ってもらうことは大事だとした上で、「働き方改革を文科省や教育委員会、学校現場で進めつつ、並行して現場の創意工夫を知ってもらう。教師が置かれている現状と日々の取り組みの両方を伝えていきたい」と話す。

例えば、「ちょっとした働き方改革のアイデアを提案したら、最初は管理職の説得が大変だったけれど、理解を得られて結果的にこんなふうに職場が変わった」といったような、「ラスト1マイル」を乗り越えた経験談が投稿されるようになれば、孤軍奮闘している教師は多くの仲間を得られるし、教員志望の学生に対しても、忙しい中でも工夫する現場のリアルな仕事の面白さが伝わる。金城室長は「そういう多くの先生の思いや工夫が見える化できたらと思って立ち上げたのが『#教師のバトン』だ。ぜひそういう声を共有する場にしていきたい」と思いを語った。

(藤井孝良)