【益子直美氏(上)】 監督が怒ってはいけないバレー大会

監督が怒ってはいけない――。そんなユニークなルールを掲げるバレーボール大会がある。主宰するのは、元バレーボール女子日本代表で、現在はスポーツキャスターをはじめ幅広い活動をしている益子直美さん。東京五輪・パラリンピックを契機に、転換期にある日本のスポーツ指導の在り方を、益子さんはどう捉えているのか。アンガーマネジメントをはじめ、「監督が怒らないためのスキル」を自ら学んだことで得た気付きについて聞いた。(全3回の1回目)

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「この大会では監督は怒ってはいけません」
――「監督が怒ってはいけない」というルールは、どのようして生まれたのですか?
インタビューに応じる益子直美さん

子供たちにバレーボールを楽しんでもらう大会をつくりたいというのが、最初の思いでした。この「益子直美カップ」は現在、小学生を対象に神奈川県藤沢市や福岡県宗像市で行われていて、活動としては7年目を迎えます。最初の大会には50チームくらいが参加していましたが、その開会式で「この大会では、監督は怒ってはいけません」といきなり宣言したことがその始まりです。参加チームの監督やスタッフにはそのときまで秘密にしていたので、案の定、驚かれました。

こんな突拍子もないルールを作ったら、2年目は参加チームが減ってしまうかもしれないと思っていましたが、その心配は杞憂(きゆう)に終わりました。子供たちが大会を心から楽しんでくれたことが大きかったのだと思います。

――指導者は、「怒ってはいけない」と急に言われて戸惑ったのではないですか?

それはもうかなり。大会中、怒っている指導者を私が見つけると、近づいていって「今、怒っていましたね」と声を掛けます。すると多くの場合は「いやいや、怒ってないですよ」と反論されます。これは、怒っていたことを否定したというより、自分が怒っていたことに気付いていないのです。

怒ったペナルティーとして×印のマスクを付ける指導者(益子さん提供)

でも、子供たちの表情を見れば、指導者の言動で萎縮させてしまっているのは明白です。大声で怒鳴る行為はもちろん、ベンチにふんぞり返ったり、いらいらと貧乏ゆすりをしたりする威圧的な態度も、注意させてもらうことがあります。

あるとき、常連チームの監督さんが自ら、「怒ってしまいそう…」と、口にテーピングを付けてきました。「今日は絶対に怒らないぞ」と、本人も楽しんでいるんですね。それがきっかけで、今では怒ってしまった監督は、そのセットの間、「×印」の書かれたマスクをして落ち着いてもらうことにしています。

そうしているうちに、指導者の方から「怒らない代わりに、どう声を掛ければいいのですか?」と質問されるようになりました。ところが、今度は私がその答えに窮してしまったのです。そうしたスキルは、現役時代も含めて、これまで全く知る機会がありませんでした。

自ら学び始めることで得た気付き
――「怒らない指導」のスキルを、アスリートだった益子さんも知らなかったのですか?

そうなのです。だから私自身が学ばないといけないと思って、まずは怒りの感情をコントロールする技術である「アンガーマネジメント」のセミナーに参加しました。そうしたら、これこそスポーツに絶対必要だと痛感しまして、自らもアンガーマネジメントのセミナーを開くことができるファシリテーターの資格を取得しました。

また、大事な試合や練習の前に、指導者が選手をやる気にさせる言葉掛け、「ペップトーク」についても、セミナーを受けました。私自身は現役時代、試合前は「ミスはするな」「これをしては駄目だ」などの否定的な言葉ばかりを受け取っていて、あまり褒められた経験がありませんでした。そして、かえってそれが失敗を招いていたのではないかということに気付かされました。

さらに今度は、おべっかではなく、効果的に人を褒める術を学ぼうと「ほめ達!」という民間の検定資格にも挑戦しました。それから、どうモチベーションを上げるか、メンタルを整えるかという、スポーツメンタルコーチも学びました。

――そうした学びが、現役時代に受けた指導を振り返る機会にもなったんですね。

実を言うと私、現役時代はバレーボールをやめたくて仕方なかったのです。

さまざまな学びが、現役時代を振り返るきっかけにもなったと語る益子さん

「気合を入れろ。根性出せ」などと言われて、反射的に「はい!」と返事はしていましたが、実際にはどうすれば気合が入るのか、言葉の意味が分かっていませんでした。生活面も含めて禁止事項が多く、指導は高圧的。高校を卒業してイトーヨーカドーでプレーするようになって、「君はどんな選手になりたいのか?」と聞かれたときに答えられなかったんですよね。今までそんなこと考えたことがなくて、「いっそのことあなたが決めてください」と思っていたのです。

つまり、自分自身で考える機会を奪われ続けてきた。選手がただ指導者の言う通りにするだけの操り人形になると、怒られなければ隠れて練習をサボるようになります。そこに主体性はありません。それではスポーツ選手として駄目なんです。

以前、怒る指導をするコーチに「今はスポーツも科学的になってきている」と話すと、そのコーチは「怒って追い込んで追い込んで、そこから這い上がってきたのが真の根性だ」と答えました。きっとコーチ自身が、過酷な状況を乗り越えることで成功体験をしてきたから、そう信じて疑わないのだと思います。でも、その陰では何人もの選手が脱落し、「根性なし」のレッテルを貼られてやめていったわけです。

私自身、メンタルは決して強くありませんでした。理不尽な指導に耐えることだけでは、メンタルは強くなりません。それよりも自分で目標を立てて、継続して取り組んでいくことの方が、よほど大切です。そのことをやっとこの歳になって知りました。いやぁ、学びは大切ですね。

(藤井孝良)

【プロフィール】

益子直美(ますこ・なおみ) 1966年、東京都生まれ。共栄学園高校入学後、1984年の「全日本バレーボール高等学校選手権大会」(春高バレー)に出場し準優勝。その後、高校生ながらバレーボール女子日本代表に選出される。高校卒業後はイトーヨーカドーに入社して活躍するも、25歳の若さで現役を引退。スポーツキャスターとしての活動と並行して主宰してきた小学生バレーボール大会「益子直美カップ」をきっかけに、今年4月に一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を設立。代表理事に就任した。

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